加速
小刻みなエンジンの振動が、シートを通して背中に伝わってくる。
アクセルを踏み込むたび、低く唸る排気音が車内に響き、ガラスを震わせながら耳に届く。その音が、妙に心地よかった。
車高の低い車は、自然と目線まで低くする。
路面がいつもより近く感じられ、身体まで地面に沈み込んでいくようで、少しばかり緊張する。けれど、車はそんなこちらの気持ちなどお構いなしに、静かに動き出す。
エンジンの鼓動が少しずつ力を増し、車体が滑るように前へ進んでいく。
その滑らかな加速に、最初の緊張はいつの間にか消えていた。
カーステレオからは90年代の音楽が流れている。
バックミラーの中で、街の灯りがひとつ、またひとつと遠ざかっていく。
懐かしいメロディーと、後ろへ流れていく夜景。
その二つが不思議なほどよく調和していた。
時間も、景色も、そして私たちの気持ちも、少しずつ前へ進んでいるような気がした。
横顔が好きだ。
前を向いているかと思えば、時折、視線がふっと横に流れる。
ウインカーの小さな音。
ハンドルを切る指先。
何気ない一つひとつの仕草が、その横顔に現れている。
私は、どうやら運転している横顔に弱いらしい。
こんなことを本人に知られたら、きっと少し恥ずかしい。
赤信号。
車が止まる。
会話も止まる。
沈黙というものは、相手によってずいぶん居心地が違う。
この人との沈黙は、少しも苦にならなかった。
ギアを握る手があった。
その上に、そっと自分の手を重ねてみる。
拒まれることもなく、むしろ包み返されるように、いつの間にか私の手がギアを握っていた。
そして、その上からもう一方の手が重なる。
次の瞬間、ギアが一段シフトする。
揺れるシフトレバー。
手の甲に触れるセーターの柔らかな起毛。
ほんのわずかな接触なのに、妙に意識してしまう。
同じものに触れ、同じ動きをして、同じ方向へ進んでいく。
たったそれだけのことが、それ以上にうれしかった。
狭い空間。
窓の外に広がる綺麗な光。
懐かしい音楽。
そして、少し弾んだ私の心。
助手席という場所には、運転席では知り得ない、特別な楽しみがあるらしい。
その夜、私はその醍醐味を知ってしまった。
RPMが上がる、ハートビートも上がる。
どうやら私の心のほうも、シフトアップが必要だ。
ただ、困ったことに、こちらにはブレーキの踏み方が、まだよくわからない。




