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恋愛

加速

作者: 三田智
掲載日:2026/11/02

小刻みなエンジンの振動が、シートを通して背中に伝わってくる。


アクセルを踏み込むたび、低く唸る排気音が車内に響き、ガラスを震わせながら耳に届く。その音が、妙に心地よかった。


車高の低い車は、自然と目線まで低くする。

路面がいつもより近く感じられ、身体まで地面に沈み込んでいくようで、少しばかり緊張する。けれど、車はそんなこちらの気持ちなどお構いなしに、静かに動き出す。


エンジンの鼓動が少しずつ力を増し、車体が滑るように前へ進んでいく。

その滑らかな加速に、最初の緊張はいつの間にか消えていた。


カーステレオからは90年代の音楽が流れている。


バックミラーの中で、街の灯りがひとつ、またひとつと遠ざかっていく。

懐かしいメロディーと、後ろへ流れていく夜景。

その二つが不思議なほどよく調和していた。


時間も、景色も、そして私たちの気持ちも、少しずつ前へ進んでいるような気がした。


横顔が好きだ。


前を向いているかと思えば、時折、視線がふっと横に流れる。

ウインカーの小さな音。

ハンドルを切る指先。

何気ない一つひとつの仕草が、その横顔に現れている。


私は、どうやら運転している横顔に弱いらしい。

こんなことを本人に知られたら、きっと少し恥ずかしい。


赤信号。


車が止まる。

会話も止まる。


沈黙というものは、相手によってずいぶん居心地が違う。

この人との沈黙は、少しも苦にならなかった。


ギアを握る手があった。

その上に、そっと自分の手を重ねてみる。


拒まれることもなく、むしろ包み返されるように、いつの間にか私の手がギアを握っていた。

そして、その上からもう一方の手が重なる。


次の瞬間、ギアが一段シフトする。


揺れるシフトレバー。

手の甲に触れるセーターの柔らかな起毛。

ほんのわずかな接触なのに、妙に意識してしまう。


同じものに触れ、同じ動きをして、同じ方向へ進んでいく。

たったそれだけのことが、それ以上にうれしかった。


狭い空間。

窓の外に広がる綺麗な光。

懐かしい音楽。

そして、少し弾んだ私の心。


助手席という場所には、運転席では知り得ない、特別な楽しみがあるらしい。


その夜、私はその醍醐味を知ってしまった。


RPMが上がる、ハートビートも上がる。

どうやら私の心のほうも、シフトアップが必要だ。


ただ、困ったことに、こちらにはブレーキの踏み方が、まだよくわからない。

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