第1話「世界(ここ)は広く感じる」
1999年 7月 24日
グレイがマフィアから逃げ回っていたその同じ日、ある極秘の研究所施設にて、すべてを吹き飛ばすような大爆発が巻き起こっていた。
激しく立ちのぼる炎と、視界を覆い尽くす黒煙。
避難指示のサイレンが鳴り響く中、一人の白衣の男が、顔にドス黒い血管を浮き出させて怒り狂っていた。
「誰だ! ミスでここまで致命的な失敗をしでかした奴は! そこまで低レベルな無能が我が研究所にいたのか! 恥さらしもいいところだ!そうだ!次はそいつを被験者にしよう!」
そこへ、一人の助手が血相を変えて駆け込んできた。
「シ、シンバー博士! 爆発の原因は事故ではありません……あの少年少女達です!」
その言葉を聞いた瞬間、博士の怒っていた顔がピタリと止まり、下卑たニヤケ顔へと変わった。
「……ほう? ということは、私の研究が……ついに成功したというのだね!?」
「はい、おそらく! 被験者の一人が能力を暴走させ、自らの能力で『バイク』を作り出して脱走した模様です!」
博士は両手を天に突き上げ、歓喜のあまり涙を流した。
「素晴らしい! ついに、ついに私は成し遂げたぞ! ………おい、すぐに実験だ! 早くあの子達を、私の愛おしい愛おしい最高傑作たちを実験室へ─NO.1は能力は念力だったかな嫌いなものは私で……NO.2はたしか──」
「博士、落ち着いてください!」
助手は崩落しかけた天井を見上げながら叫んだ。
「実験データも設備も、すべて燃え尽きています! ここはもう持ちません、早く逃げましょう! それを伝えに来たのです!」
「おっと、そうだったな。あまりの歓喜に、少し冷静さを欠いていたよ。……ふむ、ここを脱出したら、欧米諸国の連中に気づかれず、すぐに日本政府の連中に連絡を入れなくてはな」
助手は小さくため息をつきながら、爆発の衝撃で崩れ行く廊下を走り出す。
「博士、その前にバイクを作った個体を捕まえ直さなくていいのですか?」
「ああ、それもそうだな!」
博士の高笑いが、炎の爆音に揉み消されていく。
『少しだけなら傷をつけても構わない。とにかく生かして連れ戻せ』
それが、追跡を命じられた研究所職員と警察官たちに下された、唯一の絶対命令だった。
赤いサイレンを狂ったように鳴らすパトカーの群れが、夜のハイウェイで一台の少女を追い詰めていく。
追われているその最中、ハンドルを握る少女は、恐怖ではなく別の感情に打ち震えていた。
──ようやく、外に出られた。これからの、私の人生に……!
少女は、施設の中で密かに鍛え上げていた運転技術を駆使し、猛スピードで警察車両を振り切ろうとする。しかし、上空からは巨大なサーチライトを浴びせるヘリコプターまで現れた。
これ以上は直線では振り切れない──そう判断した少女は、一瞬だけバイクを急停止させた。
迫り来る追っ手を前に、少女は静かに息を吸い込み、右手の前に小さな円を描く。
「ふぅ……」
吐き出されたのは、夜の闇よりも深い、漆黒の煙だった。
その黒い息は意志を持つ生き物のように膨れ上がり、上空のヘリコプターを丸ごと飲み込んでいく。周囲の暗い夜の光景と混ざり合い、視界を完全に奪う濃厚な煙幕。
やがて煙が風に流されて晴れる頃には、そこにはもう、少女の姿もバイクの影も消え去っていた。
追っ手を完全に撒いた後も、少女はひたすらバイクを走らせ続けていた。自分の身元が割れることなく、静かに、楽しく暮らせる場所を探すために。
少女に名前は無かった。
あるのは、その白い肌に刻印された『NO.37』という識別番号だけ。
少女は物心ついた時から、あの冷たい無機質な施設で育った。
「凄い能力だ!」「君には素晴らしい才能がある」
昔から、白い服を着た大人たちにはそうもてはやされてきた。けれど、その言葉の代償かは知らないが、実験台に横たわるたび、身体を突き刺す痛みだけが増していった。
──痛い…ねぇなんでこんなこと…するの……?
激痛に耐えかねて涙が溢れながら実験中にそう問いかけても、研究員たちは「今日は細胞組織の完全再生までに2分51秒か……」と呟くだけで、彼女の質問など一切耳に入っていないようだった。彼らが気にするのは、いつでも研究の結果だけ。
シンバー博士だけは、いつも「よく頑張ったねぇ」と笑って頭を撫でてくれたが、その目は一切笑っておらず、まるでゴミを見るような冷徹な光を宿していることを、少女はちゃんと知っていた。
そんな生活の中で、少女は何度も「死にたい」と思い、実際に何度も死のうとした。
しかし、皮肉にも彼女の身体に宿った『能力』が、それを決して許さなかった。
自らの首を切り裂こうとしたナイフは、勝手に噴き出した煙に阻まれて止まった。
自分の能力が、憎くてたまらなかった。
死ぬことさえ自由にできない『NO.37』の心は、施設内で行っていた勉強も手がつかないほどだった。
そんな彼女を見かねてか、施設側は何冊かの本を買い与えた。
その本こそが、少女の孤独な心を癒やす唯一の救いとなった。本は、退屈な白い箱庭に閉じ込められていた彼女に、外にある広く美しい世界を教えてくれたのだ。
──ここは、私には狭すぎる。もっともっと、広い世界が見たい……!
ページをめくるたびに、その想いは激しく、強くなっていった。
それから、少女は密かに脱走計画を練り始めた。
本の中で特に目を惹かれた「バイク」という乗り物。それを自分の能力である煙によって実体化させ、そして乗る練習、何度も転倒したがめげなかった。バイクを作り出し乗れるようになっていった。
そして数年後、ついに手はずは整った。
一番の切れ者であるシンバー博士が、他の被験者の部屋へ赴いている時間。部屋に助手たちだけになる瞬間を狙い、少女は練り上げた煙で彼らを一瞬にして昏睡させた。倒れた助手のポケットから鍵を盗み出し、施設の外へと脱出。同時に、訓練通りに愛車となる漆黒のバイクを具現化させた。
施設での日々は地獄だったが、それでもここで育ったのだという、奇妙な感傷が胸をよぎる。
少女は最後に、小さく呟いた。
「ありがとう。それじゃあ、バイバイ」
アクセルを激しく回し、疾走する。
直後、施設は内部からの大爆発によって、頭部から音を立てて崩落していった。炎の光に照らされる中、彼女と同じように施設を這い出してきた実験体の子供たちが、ぞろぞろと夜の街へ散っていくのが見えた。
自分は爆発なんてさせていない──倒壊していく施設に一瞬だけ驚いたが、少女はすぐに前を向き、アクセルをさらに踏み込んだ。
──もう、気にする必要なんてない。二度と、あの場所に帰ることはないのだから
道路に出て走り続ける。
初めて聞く、鼓膜を突き刺すようなクラクションの音。ハッと我に返った時には、目の前に巨大な車の鉄塊が迫っていた。
「ひゃっ……!?」
少女は本能的にハンドルを切り、ギリギリのところで激突を回避する。心臓がバクバクと音を立てていたが、恐怖よりも「本で見た車!本物の!」という感動が勝っていた。
バイクを走らせていると、少女はようやく近くの街に着いたことを安堵した。──遠くに巨大な塔が見え近づくと「あっ!?通天閣だ!!!」本で何度見たその塔は想像の3倍いや7倍は大きかった。
夜だというのに、そこには大勢の人だかりがあり、街はけばけばしい光で溢れていた。少女はその光景に大興奮した。
本で見て憧れていた「自動販売機」を見つけ、嬉しさのあまりバイクを止めてペタペタと触ってみる。けれど、通りかかる大人たちが、不審者を見るような冷たい視線を向けてくることに気づき、少女は気まずそうにすぐ手を離した。
やっぱり、私の居場所はここにも──。
少し寂しくなった少女は、再びバイクに跨り、あてもなく夜の街を走り出した。
その直後、今度は背後から「警察」のサイレンが鳴り響き、そこには研究所職員の姿も、少女は急いで気持ち切り替えバイクで街を駆け抜ける。繁華街を抜け、また煙で逃げようとするが対策のため暗視ゴーグルらしきものを全員つけているため撒くことができない。
──逃げ惑う繁華街の闇の中、突如、彼女の真上からひとりの少年が降ってきた。
「えっ!?」
地面に激突する寸前の少年を見捨てることなどできず、少女は咄嗟に『煙』を伸ばして彼を受け止める。そのまま荷物のように降ろそうとしたが、背後にはすでに追っ手が迫っていた。
「もう、タイミングがないっ……! このまま突っ切る!」
少女は少年を抱えたままアクセルを回し、気づけば彼をバイクの後部座席に座らせたまま、夜の街へと疾走していた。
「…………!?」
少年──グレイは、さっきまでアスファルトの地面が迫っていたはずの視界が、猛スピードで流れる道路に変わっていることに唖然とし、言葉を失っていた。
少女は前を向いたまま、後ろを振り返らずに声をかける。
「起きた? じゃあ降りてくれない?」
「え……? いや、今降りたら死ぬけど……!?」
「え!? おいおい嘘つくなよ… 本では走ったまま降りても怪我してなかったぜ?」
命がけの逃走劇の中でのあまりに突飛な返答に、グレイは恐怖を通り越して思わず吹き出しそうになった。
「で、話変わるけどこの状況は何なんだよ!?」
「道路」
「いや、それは見ればわかる! なんで後ろからパトカーが来てるんだ!? あと俺、ビルの屋上から落ちて死んだはずだよな!?」
少女はグレイを「めんどくさいなぁ…」とでも言うようにため息をついた。
「私が助けたの。そして私は国にとって大事な被験者。以上! Are you ok?」
「NOだ。全くわからん!」
グレイが叫んだその時、もの凄く遠くに、巨大な建物のシルエットが見えた。少女の目が輝く。
「あっそ、じゃあ後で……あれは廃工場!? 初めて見た! あそこで話そうよ!」
──廃工場を見るだけであんなに興奮するなんて、いったいどこのお嬢様だ……?
グレイの疑問を置き去りにしたまま、少女はさらに能力を爆発させる。
漆黒の煙がバイクの排気口に吸い込まれ、即席の『超ターボエンジン』へと姿を変えた。限界を超えて膨れ上がるエネルギー。
「君、私に必死で掴まっててね飛ばすよっ!」
バイクは前輪を持ち上げ、まるで夜空を飛ぶかのような激しい加速を見せた。キィィィィンという鼓膜を突き刺すような爆音。その反動によって一瞬で煙が晴れた時、そこにはもう、少女と少年の姿は影も形もなかった。
チッ!と研究所職員の一人は舌打ちをし、電話をかける。「あーもしもし私だが?」「こちら追跡班です。報告ですがまた、少女の能力によって巻かれましたバイクを能力で素早く、改造ターボを作り出したのでしょう」シンバー博士は電話ごしでも分かるくらい、嬉しさによる高笑いが響いてくる。「さて本題ですが。少女の逃げた居場所を教えてくれませんかね」
「あーうんその件だねうん分かってるよ、教えて上げる。」
位置情報を教え電話を切るとシンバー博士は思いふけっていた。
──はぁ…Numbersたちみーんな固まってて困っちゃうよ、今探してる子たしかNO.37だったか、彼女は健気だったなぁ、本のことを夢みる可愛い子だったな…でも、どんなに遠くへ行こうと君達はまだ僕の鳥籠だよ、さぁずっとその鳥籠で踊り狂ってくれ
研究によって進化していく者達、そして自分が作り出せたことの激しいほどの高揚感で満ちていた。




