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転生冒険者の理想のハーレムパーティー

作者: 空間
掲載日:2026/04/01

よろしくお願いします。


転生冒険者の理想のハーレムパーティー


 俺の名はヘリオ。転生者だ。

 異世界に転生した俺は農家の四男坊として生まれた。それも隣の家との距離が3kmくらいあるド田舎だ。最初こそ牧歌的な景色も悪くないなぁ……なんて思っていたけど、ハイハイしてた赤ん坊が立ち上がれるようになったら、朝から晩まで農業の手伝いに駆り出された。異世界に転生したって言うのに毎日飽きもせず農業、農業、農業、農業。俺の求めていた異世界生活と違う!

 異世界特有のチート能力や魔法とかでパーッとなんでも効率化! みんなからの注目の的になって尊敬される! ……みたいなのを期待してたんだけどなぁ。まさか転生したって言うのにチート能力の一つも持たされないなんて。おまけに田舎過ぎて同世代いないし。人生そううまくはいかないもんだ。

 寂れた田舎で家業を手伝うだけで一生を終えるなんて真っ平ごめんな俺は家を飛び出した。冒険者ギルドのある町まで来て、冒険者となったのだ。

 冒険者ギルドに入るには入団試験があるのかと思っていたが、入会料を払って渡された紙に名前、生年月日、出身地を記入するだけ。たったの五分で俺は冒険者になった。町に来るまでに三日もかかったのに。冒険者登録の受付に一時間も待ったのに。こんな、あっさり。

 色々腑に落ちないが、そんなことはどうでも良い。冒険者として名を上げれば金も地位も名誉も手に入る。おまけに女性にモテモテ! そう、女性にモテモテ!

 以前、村にふらりと立ち寄った吟遊詩人が田舎者が冒険者となり、危険なモンスターをバッサバッサと薙ぎ倒し、女性にモテモテになる話を歌っていた。俺がそうなる日も近いぜ!

 そして今日は待ちに待った俺の冒険者デビュー! 俺の伝説の始まりだ! 冒険者街道を突き進み、理想のハーレムパーティーを作るのだ!

 ギルドの方針により初心者は一人で依頼を受けられない。どうやら駆け出し冒険者の死亡率を上げないための制度らしく、ギルドごとにこうした教育制度を設けているそうだ。俺を含む初心者四人と引率一人の五人パーティーを組むことになった。一人では心細かったからありがたい話だ。

 引率役の女性が「注目!」と言いながら、パンッと手を叩く。


「みんな集まったね! あたしは武闘家のエスタ!

今回は引率だからモンスターに手出しはしないよ! その代わり冒険のコツならなんでも教えるから、遠慮せずにドンドン聞いて!」


 エスタさんは大きな声でハキハキと喋る。武闘家らしい引き締まった体に、腕にはゴツい手甲を嵌めている。髪を引っ詰めにして、いかにも出来る女と言った感じだ。頼りになる。


「じゃあ、まずは自己紹介! 君からね!」

「うっす! 俺はヘリオって言います! 俺の住んでたところには冒険者がいなかったので、自分達でモンスターを退治してました! 武器は剣と盾です! よろしくおねしゃーす!」


 エスタさんに声をかけられて俺は自己紹介と挨拶を済ませる。こういうのは勢いだ。

 それに気を良くしたエスタさんに背中をバシバシ叩かれる。


「元気があって大変よろしい! 次、きみね!」

「は、はい……。魔法使いのクロエです。本日はよろしくお願いしますぅ……」


 俺の隣にいた少女が緊張で体を震わせながらお辞儀をする。

 魔法使いのトレードマークであるとんがり帽子を頭に被り、手には杖を持っている。挨拶の際にずり落ちた帽子を直す仕草が小柄な身長も相待って小動物のようだ。俺より歳が下だが、魔法学校の卒業生で火水風土、四属性の魔法を使えるらしい。小さいのに偉いなぁ。


「次はわたくしですね。わたくしはオーレリアと言います。この子はホワイトドラゴンのコルル。見ての通り、テイマーです。皆様、よろしくお願いしますね〜」


 肩に乗せた白い毛で覆われたドラゴンを撫でながらおっとりとした口調で喋る。オーレリアさんは金色の髪からとんがった耳を覗かせ、身長は170cm半ばの俺とほぼ変わらない。あれが噂に聞くエルフという種族か。本物は初めて見た。普段は人里離れた森の奥に住んでるらしいけど、噂通りの美人だ。おまけに胸もデカい。

 やばい! 冒険者になって早々に武闘派姉御肌、妹系魔法使い、おっとり巨乳エルフの三拍子が揃うなんて! 最高だ! 転生冒険者の理想のハーレムパーティー完、だよ!


「最後は僕だね」


 白い服を着た男がスッと一歩前に出てくる。

 そうだ。初心者は四人いたんだった。


「僕はリュシアン。ヒーラーさ。回復は任せて欲しい」


 男。ヒーラー。以上。


「ヘリオくん、よろしく」

「おお」


 リュシアンが俺に微笑みかけてくる。

 絵に描いたような爽やかイケメン。ムカつく。


「もう依頼は決まってる? あたしが見繕ってこようか?」

「あ、もう決まってます」


 俺は一枚の紙切れをエスタさんに見せる。

 町の外にある洞窟に住み着いた数匹のゴブリンを討伐する簡単な依頼だ。


「いきなり洞窟は大変じゃない?」

「初心者向けの依頼、これしかなかったんすよ」

「ありゃりゃ、ならしょうがないねー!」


 一瞬、エスタさんの表情が曇った気がするが、変わらず明るい顔だ。俺の気のせいだったようだ。

 ギルドを出て街の外に移動した俺たちは、エスタさんの指示に従い、洞窟内へと入っていく。少し進んだだけで中は真っ暗だ。

 湿った地面に転けそうになったクロエをリュシアンが支える。


「きゃっ!」

「おっと危ない。足元気をつけて」

「は、はい! ありがとうございますっ、リュシアンさん」

「同じパーティーなんだから、このくらい当然さ」


 リュシアンがウェーブのかかった髪をかき上げて微笑む。それにクロエはぽぽぽっと頬を染めた。

 リュシアン、キザな野郎だ。それになんだその格好。いかにも高級品ですと言わんばかりの細やかな刺繍が施された服に指輪やピアスをチャラチャラ付けやがって。お前、絶対いいとこのボンボンだろ。

 お前さえいなければ今頃ハーレムパーティーだったのに。ムカつくぜ。


「ギャギャギャギャッ!」


 俺が心の中でリュシアンへの怨嗟の声を吐き散らしていると、洞窟の奥からゴブリンが現れた。なんとも耳障りな鳴き声だ。棍棒を振り回しながらこちらに向かってくる。

 エスタさんは手を出さないと言った通り、後ろで静観している。

 俺は剣士だ。みんなの前に出て戦う役目。俺は突っ込んできたゴブリンに剣を振るう。


「はあっ!」

「ギャギャッ!」


 ゴブリンは後ろに飛んで俺の攻撃を軽々と回避した。

 洞窟内は狭いし、暗くて視界も悪い。思うように剣を触れない。身長が子供くらいしかないゴブリンの方が戦いやすいのだ。それに夜目も効く。


「悪い空振った! 援護を頼む!」

「は、はい! ──悪しき者を切り刻む烈風よ、今ここに。『セクトゥム・ヴェントゥス・プロケッローシュズッ』!!」


 呪文の最後でクロエは盛大に舌を噛んだ。

 次の瞬間、ゴブリンに向かって放たれた風の刃が派手な音を響かせながら暴発した。

 

「どわーー!」


 当然、前衛の俺も巻き込まれる。目の前で起こった爆発の衝撃に飛ばされて、地面に背中から叩きつけられた。


「きゃー! ごめんなさい!」


 クロエは顔を真っ青にして平謝り。

 俺と同じく飛ばされたゴブリンは、天井から垂れ下がった尖った岩に突き刺さっていた。さりげなくワンキルしてやがる。恐ろしい。


「あの、ヘリオさん、本当にごめんなさい! 私の使う魔法は呪文を正確に発音しないと爆発してしまうんです!」

「だ、大丈夫、大丈夫! 初めてだし仕方ないって! 気落ちせずにいこうぜ!」

「そうそう、初心者がやりがちなミス! 洞窟は暗くて狭いから仲間との距離感に気を付けてね!」


 目に涙を浮かべて謝るクロエの姿は見てるこっちが申し訳なくなる。見かねたエスタさんも気にするな、とクロエの肩を優しく叩く。

 俺のダメージはリュシアンがササッと回復してくれた。こいつ、気も効くのかよ。ムカつくな。


「あら〜、先ほどの爆発でゴブリンが集まってきてしまったようです〜」


 緊張感に欠けるオーレリアさんの言葉通り、ゴブリン達がこちらに向かって来ていた。

 失敗を挽回しようと、意気込んだクロエが再び魔法を唱える。


「『セクトゥム・ヴェントゥス・プロゲロ』」


 ドカーン!


「ギャギャー!」

「ぐあー!」


 呪文詠唱、失敗。


「『セクトゥム・ヴェントゥム』」


 ドカーン!!


「ンギャギャッー!!」

「どあああーー!!」


 失敗。


「『セクトゥスス』」


 ドカーン!!!


「グギャギャアーーー!!!」

「うぎゃあああーーー!!!」


 失敗。


「『セクトゥ……」

「ゴブリンいない! もういないよぉ!!!」


 呪文を唱えようとしていたクロエに待ったをかける。そんな俺からはぷすぷすと黒い煙が上がっていた。全身焦げ臭い。


「いくらなんでも誤発多くない? しかも全部俺に当たってんだけど!?」


 俺がいかに温厚な男だとしても、ヘリオの顔も三度までだ。四回当たってるけど。

 あとゴブリンは皆、天井の尖った岩にぶっ刺さっている。おっかねぇ。この魔法、風の刃を生み出す魔法じゃなくてゴブリンを磔にする魔法なんじゃねえの?


「ちちち違うんです! 別に狙ってやってるわけじゃなくて! ヘリオさんにばかり当たってるのは、多分、この中で一番幸運値が低いからで…」

「俺の幸運値ってゴブリン以下なの……?」


 衝撃の事実。

 まあ、俺って転生したのにチート能力も持てないような男ですけど。


「それにしたって失敗し過ぎじゃない!? 成功率どうなってんだよ」

「えっと……このくらい、ですぅ……」


 クロエは視線を彷徨わせた後、おずおずと指を三本立てる。


「三回に一回か……」

「三十回に一回です……」

「使える魔法、実質火属性一択じゃねぇか!!」


 どうなってんだよ。滑舌悪過ぎだろ。

 呪文唱える前に早口言葉の練習しろよ。


「つーか、その状態でどうやって魔法学校卒業したの? 賄賂?」

「友達に幸運値を上げる魔法をかけてもらって…」

「ズルなことには代わりねぇじゃん!!!!」

「重ねがけで幸運値を最大まで上げてもらって、呪文を成功させました」

「どんだけだよ!!! そんなにしなきゃ成功しねぇなら、その友達も一緒に連れてこいよ!」

「ええと、その子は宮廷魔法使いにスカウトされまして……現在は王宮で働いてます」

「約束されし出世コース!」


 ポンコツだけ残して行くな、馬鹿野郎が!

 餌を与えたなら最後まで面倒みろや!


「くそ、とんでもねぇ奴を野に放ちやがって……」

「こらこら、そのくらいにしときなー?」


 エスタさんが怒りの収まらない俺を諌めると、半泣きになってるクロエを慰める。


「クロエちゃんも頑張ってんだからさー。初めての冒険だからいつも以上に肩に力が入ってるんだよ。ね?」

「うぅ……エスタしゃん……」


 エスタさんがよしよしとクロエの頭を撫でる。

 ちくしょう! 慰められたいのは爆発に四回も巻き込まれたこっちだよ!


「クロエちゃんはもっと短くて唱えやすい魔法を使おっか」

「すみません……。今のが一番唱えやすい魔法なんです……」

「んん、そっか〜。じゃあ、補助魔法は使える? 味方の攻撃力を上げたり、速度を上げたり。味方を強くして戦いやすくするの」

「すみません……。どうやら私、攻撃魔法以外は習得出来ないみたいなんです……」

「そっか〜〜〜〜」


 魔法使いのくせに脳筋すぎる。

 額に手を当てて悩んだ末にすんっと真顔になったエスタさんはクロエの肩に手を置く。


「魔法の爆発で洞窟が倒壊すると危ないから、今回は見学で」


 クロエに戦力外通告がなされた。


 ◇


「一人減るけど、この後どうする? 地上に戻る? 依頼は失敗になっちゃうけど」


 エスタさんに尋ねられる。隣ではクロエがしょぼんと肩を落としていた。

 一名戦力外になったが、剣士、テイマー、ヒーラーが揃ってる。

 元よりこの依頼は初心者向けのもの。洞窟に住み着いたゴブリンのレベルはさほど高くなく、数もせいぜい十匹そこらだ。すでにクロエが四匹倒した。残りは俺たちでなんとかなるだろう。

 あと俺は街に来るまでの交通費と防具と剣に所持金をほぼ全て使い切ってしまったので、なんとしてでも成功させないと一文無しになってしまう。


「いえ、このまま進みます」

「無理そうなら早めにね! パーティーが壊滅してからだと遅いから!」

「はい!」


 洞窟の奥へと進んでいくと天井が低くなって来た。通路が二股に分かれている。


「どっちだ?」

「こちらのようですよ〜」


 オーレリアさんが片方の道を指差す。

 その頭の下でファーのように首に巻き付いたコルルがクァ、と鳴く。


「モンスターは人間より感覚が鋭敏ですから〜。それに、コルルはホワイトドラゴン……雪山に生息するドラゴンなので獲物を探す能力に秀でているんですよ〜」

「さすがドラゴンテイマー! ドラゴンの生態に詳しいっすね!」

「このくらいは当然です〜」


 オーレリアさんは頰に手を当てうふふと笑う。

 ドラゴンと言えば伝説のモンスター。それをテイムしてる人なんて滅多にいない。俺は我慢できずに色々質問する。


「ドラゴンの世話ってどんな感じなんですか? 大変ですか?」

「ドラゴンはどの子も知能が高くていい子ばかりですよ〜。一番大変なのは食費でしょうか。ドラゴンは眠ることで体力の消費を抑えますが、それでも一度の食事に羊や馬が一頭は必要ですので〜」

「オーレリアさんが冒険者になったのはそれが理由ですか?」

「そうなんですよ〜。……あら、お喋りはここまでのようです」


 見張りのゴブリンだ。

 俺たちは気付かれないように岩陰に身を潜めた。

 ここで騒がれると他の仲間が集まってきてしまう。俺は背後からこっそり距離を詰め、一撃喰らわせる。


「おらぁ!」

「グギャッ!」


 ゴブリンは生意気にも防具を着けていた。一撃で仕留められない。俺はゴブリンの反撃を剣で受け止める。


「オーレリアさん頼みます!」

「うふふ、任されました〜。コルル、お願いね」

「クルァー!」


 オーレリアさんの指示でコルルが飛び出し、ぱかりと口を開く。ドラゴンの『ブレス』だ。

 体は小さくとも、種族はドラゴン。とんでもない威力のはず!

 ドラゴンのブレスをこんな間近で見られる日が来ようとは。俺は胸を躍らせながら、吹き飛ばされないように、ぐっと重心を落とす。


「クルルァーー!!!」


 ホワイトドラゴン、コルルの『ブレス』!

 辺りにふわ〜とヒンヤリした空気が辺りに広がる。


「クルルルァァーーーーー!!!!!」


 ヒンヤリした空気に粉雪が混じる。

 小さな氷の結晶はすぐに溶けて消えていく。


「クルァ」


 コルルは今日はこれくらいで勘弁してやるか、と満足気に鼻を鳴らすと、オーレリアさんの元へ戻って行った。


「は?」

「ギャギャ?」


 これにはゴブリンも目を点にしている。


「ちょっとぉー! オーレリアさん! そいつのブレス弱過ぎじゃないっすか!?」

「コルルはまだ子供ですから〜。一人前、いえ一竜前のブレスを使えるようになるまで、あと三百年はくらいでしょうか。生き物の成長は早いですね〜」

「エルフの時間感覚で喋んないでもらえます!?」


 ドラゴンは長寿な生き物だ。成長もそれだけ時間がかかる。

 人間のテイマーでドラゴンを使役する者は少ないと聞くが、そりゃそうだ。人間より長生きする生き物は飼えん。


「戦えるやつ出してもらえますか!?」

「あら、ごめんなさいね〜。他の子はどの子も家より大きくて、こんな狭いところで召喚したら洞窟ごと崩れてしまうの〜」

「なんかこのパーティー、洞窟壊す奴多くない!?」


 パーティー五人のうち、三人が戦力外。

 結局、俺一人でゴブリンを倒した。


「ハァ……ハァ……、五人もいるのに、動いてるの実質俺だけじゃん……」

「お疲れ様。体力、回復しておくね。あと、よければ水も飲んで」


 リュシアンに水筒を渡される。

 俺はたまらず水をガブガブ飲む。ただの水なのに、人生の中で一、二を争う旨さだった。


「助かったぜリュシアン。それに道中の回復魔法もありがとな」

「いいよ、このくらい。むしろ、感謝するのは僕の方さ。先陣切って戦ってくれてありがとう、ヘリオくん」


 お前……めっちゃいい奴じゃん。

 イケメンだからって目の敵にして悪かった。

 回復魔法よりもリュシアンの心遣いが一番沁みた。



 ここに見張りがいたと言うことは、洞窟の最深部は目前だ。そこにいるゴブリンの親玉を倒せば依頼は達成!

 本日最後の戦いに挑もうとしたその時……。

 

「もう嫌ぁぁぁぁ!!!!」


 エスタさんが膝から崩れ落ちた。


「うわあああん! 暗い狭い暗い狭い暗い狭い暗い狭い暗い狭い!! もう耐えられない!!! 早くここから出して!!!!」


 ぎゃんぎゃん泣き喚きながら手足をバタバタさせる。手甲が地面にぶつかるたびにガチンガチン音を鳴らす。


「なんだぁ……?」


 突如豹変した先輩に俺たちは呆然と立ち尽くすしかない。


「エスタさん、暗いところと狭いところが駄目みたいですね」


 クロエがポツリとこぼす。

 そういや依頼内容を見てた時ちょっと顔を顰めてたような……。あれは暗所恐怖症で閉所恐怖症だったからか。そういうのは先に申告してくれ。洞窟内に入ってからだと対処の仕様がない。


「お父様ごめんなさいお父様……反省したからぁ、ここから出してよぉぉ!!!!!」


 うずくまったエスタさんが髪を振り乱して啜り泣く。開けてはいけない記憶の蓋を開けてしまったようだ。

 ……これ、まずくない?


「あらあらあら、まあまあまあ! どうしたの〜? 真っ暗で怖くなっちゃった? もう大丈夫よ〜、ママが来ましたからねぇ〜」

「ママ……? ママなの?」

「はぁい。エスタちゃんのママでちゅよ〜」


 オーレリアさんがエスタさんの頭をよしよしと撫でる。エスタさんの半身を起こし、自身の胸にもたれさせる一連の流れが手慣れ過ぎていて、ちょっと怖かった。だが、頼りになる。もはや後光がさして見えるほどだ。


「よかった! たまたまパーティーにママがいて助かったぜ!」

「こんな適任者がいることあるんだねー」


 ははは、とリュシアンと共に乾いた笑みを浮かべる。

 俺もパーティーメンバーに母性を持て余したエルフと暗所閉所への恐怖心から幼児退行する先輩冒険者が揃っていたことに驚きを禁じ得ないよ。


「ゴブリン倒したらすぐ帰れますからね〜」

「やーーーだーーー!!!!! エスタは今、帰るの!!!」

「あらあら、困ったわね〜」


 幼児退行したエスタさんは全身で拒絶を示す。ビチビチと跳ねる姿は魚ようだ。その姿には頼れる先輩の面影は影も形もない。


「我慢できる子には、ママのおっぱいちゅうちゅうさせてあげますからね〜」

「ちゅうちゅう」


 エスタさんがオーレリアさんの豊かな胸を凝視する。俺も目が離せない。


「それとも、今の方がいいかしら〜?」


 オーレリアさんが自身の服に指を引っ掛ける。

 俺の目の前で、とんでもないことが起ころうとしている!

 エルフからすれば二十歳そこらの人間なんて赤ん坊と変わらないのかもしれないけど。いいのか!?


「駄目ですよ!!!」


 授乳プレイに待ったをかけたのはクロエだ。


「エスタさんは恐怖でちょっとおかしくなってるだけなんですから! 変なことさせようとしないでください!」

「やぁ! まんま!」


 クロエがオーレリアさんからエスタさんを引き剥がそうとするが、エスタさんは嫌々と首を振りながらオーレリアさんにしがみつく。

 それにオーレリアさんは満更でもないようで、あらあら〜と笑っている。

 転生冒険者の理想のハーレムパーティー〜俺抜き〜が繰り広げられている。俺も混ぜてくれぇい……!


「ママのために争わないで〜。ママのおっぱいは二つあるのですから、片方はクロエちゃんの分ですよ〜」

「なんでそうなるんですか! 第一、母乳は乳児以外には有害です! 飲んだらお腹を壊します!」


 へぇ〜、そうなんだ。俺も気をつけよ。

 しっかし、酔拳の使い手になった武闘家、魔法ギャンブル娘、ドラゴンの餌を買いに来たエルフと、なんで女三人で飲む、打つ、買うの三拍子が揃ってんだよ。

 でも、エスタさんがこうなってしまったのは俺がこの依頼を選んだことが原因だし、なんとかしなくては。先輩の醜態もこれ以上見てられないしな。


「なぁ、リュシアン。この人、どうにか出来ない? せめて泣き止ませたいんだけど……」

「う〜ん、そうだね……。魔法で明るい気持ちにすることなら出来なくもない、かな」

「おおっ! それなら恐怖心が和らぐかもな!」


 リュシアンはギャン泣きするエスタさんの額に手をかざす。呪文を唱えると、手のひらから出た光がエスタさんを包む。


「これで少しはマシになるはずだよ」


 リュシアンの言葉通り、効果はすぐに表れた。ぐずっていたエスタさんはピタリと泣き止む。その代わり、魔法の効果は俺の想像していたものとは少し違った。

 

「うぃ〜〜ヒック、あんた達ぃ、なにみてんらよ」


 エスタさんは赤ら顔に、ヒックヒックとしゃっくりを繰り返す。

 絵に描いたような酔っ払いだ。完全に出来上がっている。頭をぐらぐら揺らしながら、千鳥足で右に左にふらつく姿は危なっかしい。


「酩酊させる魔法か?」

「単なる暗示だよ、暗示。あの人、もの凄く催眠術が効きやすいんだと思う。……ここまで効きやすい人はなかなかお目にかかれないよ」


 リュシアンが困った様子で前髪をいじる。

 効きが良過ぎてあんなことになってんのか。色々大丈夫か、あの人……。


「うぉらあ、ゴブリンだろ〜が、なんだろ〜が、エスタ様がぶちのめしたげる! かかってきなさぁ〜い!」


 シュッシュっと拳を突き出す。

 この酔っ払い、自分が引率役なこと忘れちゃってるよ。


「どんな奴もぉ〜、一撃でボカーンよ、ボカーン!」

「ちょっ、危ねぇ」


 エスタさんは利き腕をやんちゃな子供のようにぐるぐる回す。レベル差を考えてくれよ。うっかり一発でも食らおうものなら、ノックアウトすること請け合いだ。


「ボカーン!」


 ボカァァァァーーーン!!!!

 振り抜いた拳から放たれた風圧で壁が吹っ飛んだ。


「あああああ!?」


 ガラガラと岩壁が崩れて、中にいたゴブリンとばっちり目が合う。

 あ、まずい。


「ギャギャギャギャーー!」


 状況を察したゴブリン達が一斉に武器を構えた。その数、二十匹ほど。道中に倒したのも含めて、依頼書に記載されていた数の倍以上だ。依頼料を安くするためにゴブリンの数を減らして申告しやがったな。

 ここは洞窟の最深部。ゴブリンの本拠地だ。自分達を討伐しに来た人間に侵入されたとあれば殺気立つと言うもの。ゴブリン達は目を血走らせ、襲いかかってくる。


「リュシアンは回復に専念してくれ! クロエはリュシアンを守れ! オーレリアさんはエスタさんを頼みます!」

「任せてくれ!」

「わ、わかりました!」

「はぁ〜い」


 ヒーラーはパーティーの生命線だ。後衛に攻撃が向かわないように俺が頑張らないと。


「くらえ!」

「グギャッ」


 すぐ目の前にいたゴブリンを剣で薙ぎ払う。

 馬鹿みたいな連戦のおかげで一撃で倒せるようになっている。


「ギャギャ!」

「ぐうっ!」


 手前のゴブリンを倒したと思ったら、奥からゴブリンが隙をついて棍棒で殴ってきた。多勢に無勢とはこのことだ。

 痛みで動きの止まった俺にゴブリンが棍棒を振りかぶる。


「『セクトゥム・ヴェントゥス・プロケッローサス』!!」


 風の刃がゴブリンを真っ二つにした。


「やった! 言えましたぁ!」


 後方を振り返ればクロエがぴょんぴょん跳ねている。噛まずに呪文を唱えられたようだ。

 通り過ぎていった五枚の風の刃はミキサーのように回転しながら周囲のゴブリンを巻き込んで切り刻んでいく。

 一気に五キル!? 成功するととんでもねぇな、この魔法。噛んで失敗するくらいでちょうどいいかも。


「──大いなる光よ、彼の者の傷を癒せ……『サナティオ・ルーメン』!」


 光に包まれ、すうっと痛みが引いていく。

 今日何度目かの回復だ。


「大丈夫。どんな怪我も治して見せるよ」

「頼りになるぜ」


 今日会ったばかりだけど、俺たちだって負けてない。俺は残りのゴブリンを倒しに駆け出した。


「クアァー!」


 意気揚々と戦闘に戻った俺にホワイトドラゴンが並走してきた。


「は? コルル?」

「クルァ」

「うぃ〜、トカゲちゃん待て待てー!」


 酔っ払いがコルルを追いかけて来た。

 何してんだこの人。


「エスタちゃん、コルルはあっちよ〜。あんよが上手♪ あんよが上手♪」


 オーレリアさんが言葉に合わせて手を叩いて囃す。シリアスムードで戦ってた俺たちの努力を一瞬で無に還すな。

 こんな醜態を晒しているが、エスタさんはベテラン冒険者。千鳥足による予測困難な動きでゴブリンを一撃で沈めていく。


「よくできました〜♪ 頑張りましたね〜。よしよし」

「まんまー!」


 エスタさんが両手を広げたオーレリアさんにぎゅうっと抱き付く。完全にママだと刷り込まれている。

 ふざけているけど強い! 酔っ払いにゴブリン達は戸惑っている。その隙をついて俺とクロエで仕留める。


「グオオオーー!」


 唸り声と共に巨大なゴブリンが表れた。

 俺と比べても二回りはある巨体に斧と棍棒が合体したような得物を持つその姿は、ゴブリンというよりトロールと言った方がしっくりくる。

 あれが群れのボスか。やっぱこの依頼、駆け出し冒険者が受けていいやつじゃねえよ。帰ったら絶対依頼主に文句言ってやる!!


「こいつを倒せば任務完了だ! みんな気合い入れていくぞ!」

『おおー!』


 息ぴったり。こういうの、理想のパーティーって感じだ!


「コルル、お願いねぇ〜!」

「クルルァ〜!」


 コルルがボスゴブリンの顔の周りを高速で飛び回り、目に向かってブレスを吐く。


「おら!!」


 ボスゴブリンが怯んだところを攻撃する。

 こいつ鎧でも着てんのかってくらい腹の肉がぶ厚い! ふざけた太鼓腹しやがって。斬撃が全然効かない。


「グオオオオオオ!!!」


 顔を上げた時にはすでにボスゴブリンが斧を振り下ろしていた。

 でかい図体の割に意外と俊敏だった。逃げる余裕はない。

 俺は振り下ろされた斧を剣でなんとか受け止める。

 クソ重てぇ!! 全身から汗が噴き出し、筋肉と骨がミシミシと悲鳴をあげる。まともに受けたら駄目なやつだわこれ!

 クソッタレ! 農作業で鍛えた足腰舐めんな!


「『セクトゥム・ヴェントゥス・プリョ』あっ、ごめんなさい! また噛みましたー!」


 クロエはそう言いながらボスゴブリンの頭を的確に当てていた。

 爆発でボスゴブリンがたたらを踏んだ隙に俺は下がる。


「アハハ〜! そぉれぇ〜い!」


 緩い掛け声とは裏腹に、重い一撃がボスゴブリンの横っ腹にめり込む。

 これにはボスゴブリンもうめく。

 よし! この隙に!


「クロエ! さっきの魔法もう一回だ!」

「でもわたし……また失敗するかも……」

「それでいいんだ! 頼む! 俺に向かって撃て!!」


 俺の言ってることは無茶苦茶だが、奴を倒すにはこれしかない。

 俺は、俺の意思で村を出て冒険者になった。俺の勝手をしている以上、リスクを負うのは俺だ。このメンバーの中で誰よりも身を張る覚悟があるぜ。理不尽なのはごめんだけど。


「はい!!」


 迷いが吹っ切れたクロエは力強く頷く。

 道中結構酷い目にあわされたけど、俺たちはパーティーなんだ。協力し合わないとな。


「『セクトゥム・ヴェントゥス・プロケッローシュシュ』!!」


 やはり神がかった噛みっぷりだ。クロエの作り出した風の刃は爆発を起こす。

 ここは、ついさっきまでゴブリン達と戦っていた場所だ。なら当然そこらじゅうに落ちている。ゴブリン達が装備していた武器や防具……盾だって。


「いっけえええええええ!!!!」


 盾で爆風に乗って飛ぶ。

 何度も爆発を受けたからな。飛ぶ方向くらいはわかるぜ。この爆発はゴブリンを天井まで飛ばす。ゴブリンより重い俺は天井までは行かないけど、ボスゴブリンの頭上までは飛んだ。


「これで、最後ォ!!!!」


 空中で一回転しながら、渾身の力で剣を振りかぶる。

 俺の放った一撃はゴブリンの脳天をかち割った。


「あ? 飛んだ後のこと考えてなかったぁぁぁ」


 俺は真っ逆さまに落ちる。

 人間って頭が一番重いから、転落すると頭から落ちるんだな。嫌な知識が増えたぜ。


「クルルァー!」


 間一髪のところでコルルに襟を掴まれた。

 そのままゆっくり地面におろされる。


「コルル〜!!」


 命の恩竜だ〜!

 小さいのに意外と力があるんだな。あとでジャーキーでもやろう。


「ヘリオくん!!」


 リュシアンが血相を変えて駆け寄ってくる。イケメンが台無しじゃねーか。まあでも、スカしてる時よりこっちのが取っ付きやすくていいわ。


「君って……無茶するね」

「お前が治してくれんだろ?」


 二人して笑い合う。

 これにて依頼、完了!!

 洞窟に住み着いたゴブリンは全て倒した。

 ボロボロになった俺はリュシアンの肩を借りて帰路に着いた。



 転生冒険者の理想のパーティー!

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