第9話 戦略的潜入(タクティカル・インフィルトレーション)
夜のとばりが下りた。
私は厚化粧を施し、別人へと変貌を遂げる。
まさか、この異世界で私の「コスプレ技術」が火を噴くことになるとは。
(実は陰キャの傍ら、こっそり活動していた弱小コスプレイヤーだったのだ。
衣装自作派の執念を舐めないでほしい)。
潜入ルートは、例の「鼻くそスイッチ」で開く隠し通路だ。
物陰に潜んでいると、地下の扉へと吸い込まれていく怪しい人影を確認した。
私は無謀を承知で、その背後へ音もなく滑り込む。
地下空間は、地上とは打って変わって冷たく、鋭利な空気が張り詰めていた。
人混みに紛れて受付をスルーしようとした、その時だ。
「……招待状は? お名前は?」 受付係の鋭い視線が私を射抜く。
私は、とぼけた顔で戦略的はぐらかしを試みた。
「あ、いえ。先ほど友人が提示しまして……」
「おい。彼女は『コールラビ』だ。私の連れだよ」
後ろから声をかけてきたのは、黒ずくめのアスパラガス曹長だった。
……いや、その佇まいは、さっきまでの曹長とは明らかに違う。
「これは、ルタバガ委員長! 失礼いたしました!」 受付係が平謝りし、道を開ける。
「コールラビ、さっそく行こうか。……ところで、
あの『顔面丸つぶれ』はどうした?」 曹長――もとい、ルタバガ委員長が耳元で囁く。
「地上に、文字通り『留守番』として残しています」 私が答えると、
彼の眼差しが一気に険しさを増した。
中央ホールには、ニンジンギルドの巨大な紋章が掲げられていた。
大きな円卓に、各国の野菜貴族たちが着席していく。ついに、闇の会議が幕を開けた。
「我々は、この世界から『美しくないもの』を排除するという理念で活動している。
醜い根菜類に死を! 美しい根菜類に光を!」
キャロット子爵が声を上げると、ホール全体が狂信的な唱和に包まれた。
「醜い根菜類に死を! 美しい根菜類に光を!」
「本日の議題は、あの忌々しき芋一族の勢力拡大だ。
早急に撲滅しなければ、この世があの醜い奴らに支配される。
例の『魔導書』も、まだイモ男爵家の地下牢に眠っているというではないか。
……どういうことだ、子爵?」
意地悪そうな玉ねぎ頭の『ルッコラ紳士』が、キャロット子爵を問い詰める。
「すでに間者は放っております。ですが、魔導書の所在は未だ……」
美しくほっそりした軍師『コウライニンジン』が、冷汗を拭いながら答えた。
「『ピーラー暗殺部隊』を派遣しては? 男爵を捕縛し、
ありかを吐き出させるなど容易いはずだ」 ルッコラ紳士が強硬な提案を投げかけた。
その名が出た瞬間、会場に戦慄が走る。
「ピーラー暗殺部隊。一度狙われれば最後、
薄皮一枚残さず剥ぎ取られるという最強の処刑集団だ」
ルタバガ委員長――いやアスパラガス曹長が耳元でささやいた。
背筋がぞっとしたのは言うまでもない。
「……いや。その捕縛作戦は、すでに何度か実行している」 子爵が忌々しそうにため息をついた。
「だが奴は、ことごとく攻撃をすり抜ける。
……なんなら、狙われていることにすら気づいていないのだ」
(……知っている。あの男、ただの天然の回避盾(回避タンク)なんだよな)
「では、あの『乙女の血』はどうした?」
ルッコラ紳士が畳みかける。
「それは、ルタバガ委員長に任せてある」
子爵が薄笑いを浮かべ、隣の男に視線を送った。
「ああ。任せてくれ」
酒杯を傾けながら、ルタバガ委員長――アスパラガス曹長が不敵に答える。
その時だった。広間に一人の女性が進み出た。
「ご安心ください、皆様。私は彼女の小間使いとしてお世話をしてまいりました。
……彼女の『弱点』は、すでにこの掌の中にありますわ。フフ……」
声の主は、今朝、化粧水を持ってきたあの新顔の小間使いだった。
私は、ドレスの隠しポケットの「つまようじ」を強く握りしめる。
私は、煮崩れない。
……たとえ、ピーラーで剥かれそうになっても。
(痛いだろうなぁ・・・・)




