第8話 戦略的隠密(タクティカル・ステルス)
「ニンジンギルドは、根菜の純血主義者たちが集う闇の社交場だよ。
僕も噂でしか聞いたことはなかったけれど……まさか実在したなんて。
しかも、このインカノメザメ侯爵の屋敷という、
いわば『芋の総本山』にアジトがあったなんてね」
イモ男爵は、まだパックの残骸が張り付いた顔で、絞り出すように言った。
その声は微かに震えている。
「そんなに危険な組織なの?」
珍しく真剣な彼の眼差しに、私はわずかな寒気を覚えた。
「イモ一族を撲滅するために活動している秘密結社さ。
……あそこへ足を踏み入れれば、命の保証はないだろうね」
(なるほど。要するに芋派に対する過激な反体制派組織というわけか。
オタク界隈における『きのこたけのこ戦争』のガチ勢のようなものだ。
あちらはネット上の舌戦で済むが、こちらは物理的に皮を剥ぎに来るらしい)
「私は今夜、その秘密結社に潜入するつもりだ。
君たちの警護はできなくなるが、
代わりに『野菜戦士』を配備した。
何かあれば彼らを頼ってほしい」
アスパラガス曹長が、事務的なトーンで告げた。
だが、私は引き下がらなかった。
「でも、あの怪しい小間使いの顔を見たのは私とイモ男爵だけです。
私も同行させてもらえませんか?」
「いや、君はやめたほうがいい。……僕が行こう」
イモ男爵の、彼らしからぬ男らしい言動に私は少々驚いた。
しかし、曹長は冷淡に首を振った。
「招待状は一枚だけだ。それに君たちに万が一のことがあれば、
護衛隊長のキタアカリ伯爵に私の首が物理的に飛ばされてしまうよ」
曹長は苦笑いしながら、しかし拒絶を許さない真剣さで言い放った。
「……わかりました」 私はあっさりと引き下がった。
イモ男爵を危険にさらしたくない、というのは建前だ。
本音を言えば、招待状がないなら「こっそり潜入」すればいいだけの話である。
(よろしい、ならば隠密だ。
私の存在感の薄さは、夏のコミケの待機列で前後を屈強なオヤジに挟まれても、
スタッフにすらカウントされないレベル。
この『戦略的擬態』、ここで発揮せずしていつ発揮するのか)
「アスパラガス曹長、承知しました。
貴殿が潜入している間、このマロンは、僕が守ります!」
輝く笑顔で言い切るイモ男爵に、私は内心で盛大にずっこけた。
(いや、守られる立場なのはお前の方だろう。
これまでの言動から察するに、残念ながら一ミリも頼れないんだよな……)
アスパラガス曹長は、男爵の決死の眼差しを華麗にスルーして言い残した。
「成果があれば、また君たちに報告するよ。……では、ご安全に」
曹長は背を向け、闇に消えていった。
まさか、この「戦略的陰キャ」が単独で潜入しようとしていると
は夢にも思っていないだろう。
私はドレスの裾をたくし上げ、隠しポケットを確認した。
「魔法の味醂」、
そして「予備のつまようじ(物理兵器)」。
私は、煮崩れない。
……たとえ地下室の暗い土にまみれても。




