第2話 戦略的味付け(タクティカル・味醂)
ここは一人鍋ではない。
そう認識した直後、私は思考を「生存」から「観察」へと切り替えた。
イモ男爵の命令で私は「花嫁修業」なるものをすることになった。
教育係は執事のタロイモ氏だった。
レッスンの第一科目は
男爵家に代々伝わる狂気の舞踏「芋掘り踊り」だ。
両足をバタバタさせながら
両手を上げて三角をつくって回るという激しい踊りだ。
レッスン中。
考案者の正気を疑うような奇行を強いられる私に、冷えた水のような声が届いた。
「……やめておいたほうがいいわ。足首が惜しければ」
振り返ると、極限まで装飾を削ぎ落としたドレスを着た女性が立っていた。
キタアカリ伯爵。彼女はイモ男爵のおさななじみらしい。
この芋の伏魔殿において、唯一「毒されていない」顔をした特異点。
「マロンお嬢様。ご愁傷さま」
「……経験談ですか?」
「ええ。三回ほど、やったわ」
この女、数字を盛らないタイプだ。
情報源としての信頼性は極めて高い。
フロアの中央では、男爵が「芋は愛だ! 情熱がなければ味が染みん!」と絶叫している。
「彼、あなたに正論を言わせる気はないわよ」
「理解される気も、なさそうですね」
私が即答すると、彼女はわずかに目を見開いた。
「話が早いわね。マッシュされる前に自覚があるのは良いことよ。
忠告しておくわ。この屋敷では、“偶然”がよく起きるの。
・・・・階段の段差、不適温の飲み物。あなたも気をつけて。」
「成功率が低い理由は、環境要因の欠陥ですか? それともターゲットの生存本能?」
私の問いに、キタアカリ嬢は喉の奥で深く笑った。
「……あなた、面白いわね。ただのデンプンの塊かと思ったけれど」
彼女は耳元で囁いた。
「安心して。私はあなたを『レシピ』には入れないわ」
「助かります。背景の通行人Aとして扱っていただければ、非常に動きやすくなりますので」
格上の味方を確保。戦略的勝利だ。
絡み合う思惑の出汁の中で、
私は私として、煮崩れずに生き残ることを決意した。




