第1話 戦略的陰キャ(タクティカル・パッシブ)
私は山田ゆり、高校三年生。
スクールカーストという名の生態系ピラミッドにおいて、
最下層に擬態する――いわゆる「陰キャラ」だ。
だが、勘違いしないでほしい。
私はただ卑屈に泥を啜っているわけではない。
無駄な摩擦を避け、最小限の労力で最大効率の平穏を勝ち取る。
それが、私の掲げる――
『戦略的陰キャ(タクティカル・パッシブ)』としての生存戦術である。
趣味への情熱だけは全一を自負している。
夏冬のコミケは皆勤賞。自室の戦利品は地層を成し、もはや考古学の領域だ。
「君は、誰かのヒーローだ」
献血ポスターの甘い言霊を、私はわりと素直に信じている。
善行を積みたいわけじゃない。
「自分の血が、見知らぬ誰かの生命維持装置になる」という設定が、
物語の主人公っぽくて気持ちいい。ただ、それだけだ。
事件は、ある夏コミの日に起きた。
お目当ての壁サークルマロン★キラキラ同盟さんの列は絶望的な長蛇。
私の戦術眼は「即時撤退」を提案した。
そのとき、バンダナを巻いた爽やかな青年が「これ、余分に買ったのでどうぞ」と
新刊を差し出してきた。
――戦略的センサーが、彼の笑顔の裏にある「計算」を秒速で検知する。
ほほう、私をナンパするとはいい度胸だ。
あえてひかかってやろうじゃないか。
案の定、お礼を言うなり彼は私をカフェへ誘った。
ナンパ……いや、宗教勧誘だった。
「生き物を大切にする心、感動しました。
実は来週、地球の平和を守る『聖なる星』という集まりが――」
私は「あ、今すぐ血を抜かなきゃいけないバイオリズムなので」と意味不明な供述を残し、
逃げるように献血バスへ飛び込んだ。 順番が回り、太い注射針が腕を貫く。
【400ml、採取完了。貴方の献身は『特別な出汁』として変換されました】
そんな幻聴と共に、猛烈な睡魔が襲ってきた。
目を覚ますと、そこは中二病の妄想を具現化したような豪奢な屋敷だった。
「マロンお嬢様、本日はイモ男爵との初対面の日ですよ」
……マロン? 私のハンドルネームをなぜ知っている。
鏡の中の私は、重厚なレースを纏った美少女だった。
だが、状況をプロファイリングする時間はなかった。
現れた「イモ男爵」は、神様の作画ミスとしか思えない顔面だった。
ぷちっとした鼻、つぶらすぎる瞳。
各パーツがふくよかな顔面の上で行儀よく正座している。
「ようこそ。君は僕の妻になれて、本当によかったねぇぇえ」
湿ったキスが手に落とされる。
背中に激痛に近い悪寒が走った。
しかも彼の下腹部からは、安っぽいゴム紐が「ぴろん」と飛び出している。
(笑ってはいけない異世界転生……!)
私は戦略的陰キャの誇りにかけ、ポーカーフェイスを維持した。
だが、男爵は言った。 「君の顔は平凡だ。僕に釣り合うには、教育が必要だね」
どの面が言うのか。 そのとき、視界の端に半透明のログが流れた。
【警告:味の染み込みが不足しています。
このままでは『煮崩れ(キャラロスト)』します】
乙女ゲーじゃない。
ここは、泥にまみれた芋たちが互いの領分を削り合う
――ただの、芋の煮っ転がしだった。
私は、煮崩れない。




