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第1話:社畜、断罪(の理由が分からない)

過労死した社畜OLが、断罪直後の悪役令嬢に転生したら? 悲劇のヒロインにはならず、持前の「業務遂行能力」で理不尽な状況を打破していく物語です。


楽しんでいただければ幸いです。

「――ロザリア・ヴェルデ! 貴様の悪行も、もはや見過ごせん!!」


 鼓膜を直接殴りつけられたような怒声。

 それが、水底に沈んでいた意識を無理やり引きずり上げた。


 うるさい。

 泥のように重く濁った思考に、唯一浮かんだ感想はそれだけだった。


(……うるさい。まだ、始業時間じゃない……)


(昨日は……データを徹夜でまとめて、仮眠室の硬いベッドで……)


(いや、違う。会社を出て、横断歩道で……眩しい、ライトが……)


 けたたましく鳴り響くアラームを止めようと、慣性で手を彷徨わせる。

 だが、指先に触れたのは冷たいスマホの感触ではなかった。


 滑らかで、柔らかく、しかし妙に硬質で。

 そして――温かい。


(……枕? いや、人間の、肌……?)


 鉛を詰めたように重い瞼を、無理やりこじ開ける。

 視界に飛び込んできたのは、無数の光点。

 目の眩むようなシャンデリアが、その一つ一つの輝きで、私の網膜を容赦なく焼いた。


 光だけではない。

 痛いほどの視線。

 好奇、侮蔑、嘲笑。あらゆる種類の悪意が、肌を刺す針となって私に降り注いでいる。


「ひっ……!」


 すぐ耳元で、絞り上げるような小さな悲鳴。

 見れば、私の手――私のものであるはずの手が――見も知らぬ可憐な少女の肩を、馴れ馴れしく抱き寄せていた。

 少女は血の気を失った顔で、小動物のように震えている。


「なっ……!?」


 意味が分からない。

 熱湯に触れたかのように、反射的に手を引っこめた。


 なんだ、これは。


 私は、佐藤葵さとう あおい

 二十八歳、営業事務。彼氏いない歴=年齢。

 昨夜も――いや、今朝と言うべきか。終わらない激務に思考を麻痺させ、会社とアパートを往復するだけの灰色の日々。鉄の塊を引きずるような足取りで横断歩道を渡っていたはずだ。

 そこへ、居眠り運転のトラックが突っ込んできて――


「言い逃れはできまい、ロザリア!」


 再び、張り裂けんばかりの大声が思考を遮断する。

 声の主は、私の正面に立っていた。


 色素の薄い金髪、空を閉じ込めたような碧眼。

 少女漫画の挿絵から抜け出したような非現実的な美丈夫が、その完璧な顔を怒りに歪ませ、汚物でも見るかのように私を睨み据えている。


(……ロザリア? 誰。その名前)


「この私という婚約者がいながら、夜な夜な男を連れ込み! あまつさえ、女にまで手を出すとは! この国の公爵令嬢が、なんと破廉恥な!」


(……婚約者? 男? 女に、手を出す?)


 単語が音として耳を通過していくだけで、意味を結ばない。

 疲弊しきった脳は、情報の処理を拒否していた。


 混乱する私を、その「王子様」はビシリと指差した。


「今宵、この王家のパーティにおいてさえ、私の学友であるクラリッサ嬢を無理やり誘惑しようとするなど……その淫蕩な本性、我慢の限界だ!」


(……ゆうわく? いんとう? 私が?)


 あり得ない。

 佐藤葵(28)は、過労とストレスで性欲どころか食欲すら枯渇しきっていた干物女だ。

 そもそも、目の前の怯える少女(クラリッサ?)も、この怒り狂う王子様も、一切、欠片ほどの面識もない。


(夢だ。これは、過労死した私が見ている、とんでもなく悪趣味で、解像度の高すぎる夢だ)


 そう結論付け、意識を閉じようとした瞬間。

 王子様は、決定的な言葉を冷たく叩きつけた。


「貴様のような女を、王妃として迎えるわけにはいかない! ロザリア・ヴェルデ! 貴様との婚約を、今この場を以て破棄する!!」


 シン、と。

 まるで音という音がこの世界から消え去ったかのように、会場が静まり返る。

 その絶対的な静寂の中で、私はようやく一つの、恐ろしい事実に気づいた。


(……ロザリア・ヴェルデ? もしかして、私の、こと?)


 恐る恐る、自分の胸元に視線を落とす。

 そこにあったのは、着古した安物のリクルートスーツではない。

 胸元が肌蹴んばかりに大きく開き、高価そうな宝石が惜しげもなく縫い付けられた、深紅の、派手なドレスだった。


(え……何、この、状況……)


 婚約破棄? 悪行? 淫乱令嬢?

 何一つ、ピンとこない。


 ただ一つ確かなのは、私が「佐藤葵」ではなく、この「ロザリア・ヴェルデ」とかいう、まったく知らない女になってしまったらしい、ということだけ。


(……いや、状況整理は後。まずは、この理不尽極まりないクレームに対応しないと……)


 二十八年間の社畜生活で染み付いた思考が、絶望よりも先に顔を出す。

 しかし、その思考を続ける猶予すら、私には与えられなかった。

お読みいただきありがとうございます!


いきなりの断罪イベントですが、主人公(中身)にとっては「納期前の仕様変更」くらいの感覚のようです。 次回、さらに過酷な状況(勘当・追放)が待っていますが、彼女はどう「処理」するのか。


もし「続きが気になる!」「主人公のメンタル強いな」と思っていただけましたら、 ページ下部の【ブックマーク登録】や【評価(☆☆☆☆☆)】をしていただけると、執筆の励みになります!


よろしくお願いいたします。

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