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フォーネウス・ローグ ―その復讐は、贖罪たり得るか―  作者: 愛沢 諒
第零章 心火篇

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第二話「侵幻」

 ラクアが生まれて、半年が経ったある朝。


 髪がほとんど生え揃い、体も少し大きくなったラクアは、食卓で子供用の椅子に座って、離乳食を食べていた。


 メリダ特製の細かく刻まれた野菜のはいった温かいお粥に舌鼓を打ちながら、ラクアは幸福な気分に包まれていた。


 お粥が入った食器の横には、一月から十二月までの月日が書かれたカレンダーが置かれていて、この世界も地球と同様に暦があることを示している。


 ラクアは子供用のスプーンを口へと運んでいると、ふと視線を感じる。 


 隣の席に目をやると、メリダが満足そうな笑顔をラクアに向けていた。


「ラクアは運動家なんだから、たくさん栄養をとらなきゃね!」


 ラクアはその言葉に応えるように、おかわりを要求した。


 ラクアは既にハイハイをマスターしており、家中を自由に動き回わる生活を送っていた。


 そのせいで、両親の前から姿を消すこともしばしばあったが、食事の時間になると必ず戻ってくるため、大きく心配されることはなかった。


 食事が終わると、ラクアは食後の睡眠を行うべく、居間のソファに寝転がった。


 ラクアのすぐ横には、ジークが座っており、新聞を広げている。


 ラクアは字が読めないので、新聞の内容が気になって仕方なかった。


 すると、ジークが王龍庁がどうの政略がどうのといった独り言を並べだした。


――王龍庁……たしかこの世界の主要統治機関だったか……

 

 ジークの隣で欠伸をしていると、メリダが外に干してあったであろう洗濯物をもって居間に入ってきた。

 

「もう春ね。暖かくなってきているわ。

ネフタリアのほうはまだ寒いみたいだけど……やっぱりヘルバに住んで正解だったわ」


 そう言いながら、メリダは洗濯籠から衣服を取り出し、畳み始めた。


 ラクアたちが住むガーランド大陸はネフタリア王国、ヘルバ王国、ブロンズ王国、シルヴァ王国という四つの王国と、その中心に位置する都市アランベールで構成されている。


 そして、ラクアが暮らしているのは、その四王国の中で最も治安が良く、人口の少ないヘルバ王国だった。


 なかなか寝付くことが出来ずにいたラクアは、洗濯物を畳むメリダのそばまで行き、メリダの膝の上に頭を乗せてくつろいだ。


 困った様な笑顔を浮かべながら、メリダは愛おしそうな目でラクアの頭を撫でた。


「そういえばあなた、ラクアの呪疹病の予防接種ってそろそろだっけ?」


 その言葉に、ラクアは悪寒を覚える。


――チューシャ、ヤダ、ゼッタイ


 ラクアは飛び起き、一目散に逃げ出した。


 居間の扉が開いていたので、そこから逃走を試みる。


「あら、逃げちゃったわ」


 ラクアの背後から、メリダが不思議そうな声を上げる。


「ねぇあなた、やっぱりあの子、私達の言葉がわかるんじゃない?」


その言葉に、ラクアの心臓の鼓動が跳ねる。


「君もそう思うかい?僕も以前、ラクアが探し物を一緒に探してくれた時からずっと疑っていたんだが…」


――いっけね…ちょっとあからさますぎたか…

 

 扉の外から二人の会話を聞いていたラクアは、一人反省した。


 その後、しばらくするとジークは外へ出かけた。


 農作業を生業としているジークは、朝から家を出て、夜に帰宅することが多かった。


 その間に、メリダは魔法を駆使して家事を済ませる。

食器を洗ったり、室温を調節したり。

メリダはそういった時、いつも無言で魔法を使っていた。


 ラクアは最初、無言で魔法を使うメリダに驚いたが、実際に出会う大人の多くが無言で魔法を使っていた。

 

 とはいっても、ラクアは一度も家の外に出たことがなかったため、両親以外の大人と接する機会はほとんどなかった。

 

 そのため、実際に見たことがあるのは、家に上がってきた役所の人や工事業者といった限られた人々だけだ。


 そういった大人達を見るたびにラクアは、いつも見ている親バカ二人とは違い、仕事を淡々とこなす大人を見て、自分の両親はどこか子供のみたいだと思ったこともあった。


 というのも、ジークは二十四歳、メリダは二十一歳といった若夫婦だが、二人は結婚してからもう四年も経過していたのだ。


 にも関わらず、付き合いたてのカップルのような二人を見て、ラクアは少し不安を覚えたこともある。


 なかでも呆れたのが、ラクアの髪が黒かったことに関する話題をジークが出した時だ。


 どちらの髪色も受け継いでいないというのに、ジークはメリダが浮気をしたなんていう事を一言も言わず、逆にメリダも浮気をしていないと言う釈明を一言も口にしなかった。


 二人の信頼関係は、絶対的なものだったのだ。

 

 結局、ラクアの髪は、突然変異によるものだとして、二人は納得したのだった。



 ジークが仕事に行き、メリダが家事を始めたので、退屈になったラクアは、寝室に篭り、言葉の発音を練習して過ごした。


 その日の夜、ジークは一冊の分厚い本を持って帰宅した。


そのことにメリダは真っ先につっこんだ。


「『世界大魔法地誌』?

どうしたの?そのおっきい本。」


「ラクアは言葉を理解できるかもしれないだろ?だったら、こういうのを読み聞かせてやるのもありかと思って」


――いや、普通絵本とかだろ……

零歳児にそんな教科書みたいな本読ませんなよ


 心の中で盛大にツッコミを入れるラクアとは裏腹に、浮かれた様子のジークとメリダは楽しそうにページをめくり始めた。


――やっぱズレてる……この夫婦……


 ラクアは大きなため息を吐き、ひと足先に寝室へと向かうのだった。

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