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フォーネウス・ローグ ―その復讐は、贖罪たり得るか―  作者: 愛沢 諒
第二章「学園入学篇」

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第十五話「立志」

 城下町タルタリアの一角にある、薄暗い居酒屋。

そのカウンター席に、二人の男が並んで座っていた。


 一人は毛皮の上着に赤いバンダナで、いかにも山賊のような風体。


 対してもう一人は、フード付きの黒いマントを深く被り、顔の大半を影に沈めている。


 場違いなほど対照的な二人だった。


 バンダナの男は、口の端を吊り上げた。


「以上が、俺の集めた情報だ」


「流石だな。助かる」


 マントの男は視線を落としたまま、淡々とメモ帳に筆を走らせる。


「それにしても……女の情報を俺に探らせるとはな。

旦那も隅に置けねぇ」


「勘違いするな。そんなことへの興味は毛頭ない」


 低く、温度のない声だった。


 短く言い切ると、マントの男は懐から小袋を取り出し、無造作にカウンターへ置いた。


 ずしり、と重い音が鳴る。


 袋の口から覗くのは、ぎっしりと詰まった金貨と銀貨だった。


「約束の報酬だ」


「……へへ、確かに」


 バンダナの男は袋を掴み、素早く懐へと押し込む。


「また頼む」


 それだけ言い残し、マントの男は立ち上がった。

振り返ることなく、そのまま扉へ向かう。


 背中が出口へと消えかけた、その時。


「今後ともご贔屓に――」


 バンダナの男は、にやりと笑った。


「シャーデットの旦那」



---



 闇に包まれたシトローンの街を、黒いマントの男が歩いていた。


 灯りの届かない路地を選ぶように、静かに、迷いなく進んでいく。


 男は歩みを止めぬまま、マントの襟に手をかけた。

次の瞬間、それを滑らせるように脱ぎ捨てる。


 闇の中に、その素顔が浮かび上がった。


 整った顔立ち。

光を拒むような黒髪は右目を覆い隠し、覗く左の瞳には感情の色がない。


 ラクア・シャーデット。

十五歳になった彼は、かつての面影は残しながらも、その姿は幼さを微塵も感じさせなかった。

 

 背丈はすでに大人と遜色なく、纏う空気は年齢とは不釣り合いなほどに冷えきっている。


 ラクアは住宅街へと足を踏み入れた。


 規則正しく並ぶ家々の中の一軒。

どこにでもある、ごく平凡な家の前で足を止める。


 躊躇なく扉を開け、中へ入る。


 室内には灯りが点いていた。

整えられた空間は、生活の気配を確かに残している。


 ラクアは無言のまま廊下を進み、居間の扉に手をかける。


 そして、何の迷いもなく、それを開けた。


 居間もまた、整然とした空間だった。

食卓やソファといった、ごくありふれた家具が、無駄なく並んでいる。


「ただいま」


 ラクアの抑揚のない低い声が、静かな室内に落ちる。


 ソファに腰掛けていた男が、ゆっくりと振り返った。


 ファウロ・グローバー。

口元には無精髭が伸び、やつれた頬には深いほうれい線が刻まれている。

茶色の長髪を後ろで束ねたその姿は、どこか疲れを隠しきれていなかった。


「今日も遅かったな」


 短く言い、ファウロは立ち上がってキッチンへ向かう。


「少しは休んだらどうだ。

ここ最近、まともに寝てないだろ」


 ラクアは無言で手を洗いながら、視線を向けないまま答えた。


「そんな暇ないよ。もうすぐ、あらかた道筋が決まりそうなんだ」


 ファウロは食器棚からマグカップを二つ取り出し、陶器の壺からコーヒーの粉をすくい入れる。


 水魔術で水を満たすと、すぐに湯気が立ち上った。


 出来上がったそれを食卓へ運ぶ。


 すでに席についていたラクアは、小さく礼を言ってカップを受け取り、静かに口をつけた。


 向かいに腰を下ろしたファウロは、しばし黙ってラクアを見つめる。


 やがて、低く口を開いた。


「お前が何を企んでいるか、大体の想像はつく。

そして、俺はそれについて口を出す気は無い」


 ファウロはコーヒーを一口飲み、ラクアの目をまっすぐ見据えた。


「だが忘れるな。俺はお前の保護者で、味方だ。

何かあった時は抱え込まずに、俺に吐き出せ」


 ファウロはそう言うと、ラクアの黒髪をくしゃっと撫で、わずかに微笑んだ。


「多少大人びたようだが、俺にとっちゃお前はまだガキのままだ」


 ラクアは何も言わずに、カップに手をつける。


 やがてそれを飲み干し、静かにテーブルへ置いた。


「……ごちそうさま」


 ラクアは立ち上がった。


「少し休むよ。あんたの言う通りに」


 ラクアはそう言って、無表情のまま部屋を後にした。


 ラクアはそのまま、まっすぐ自室へと向かった。

部屋に入ると、そこは殺伐とした空間だった。


 ベッドと机だけを見れば、どこにでもある子供部屋。

 

 だが、その印象は一瞬で覆される。


 机の正面の壁。

そこ一面に、無数の便箋が貼り付けられていた。


 便箋にはびっしりと文字が書かれている。

人名、地名、日付、関係性。

それらが線で結ばれ、重なり、絡み合っていた。


 家族を失って七年間。

ラクアはリーファによる訓練の合間に街で働き、作った金で情報を集めていた。


――俺の家族を殺した人物に近づくために、七年掛けて集めた情報をもとに導き出した答え……

それは、アークディア魔法学園への入学だ


 ラクアは椅子に腰を下ろし、引き出しから便箋と羽ペンを取り出す。


 新たな一枚に、静かに文字を刻んでいく。


――アークディアに入学し、優秀な成績を収め、名を挙げることが、王龍庁に近づき、家族の敵を討つ一番の近道になる


  書き終えると、燭台の火を指で摘むようにして消した。


 暗闇の中、わずかに残る熱で蝋を溶かし、便箋を壁へと貼り付ける。

それは、これまでの情報の中に、静かに組み込まれていった。


――進むべき道は決まった


 ラクアは、壁一面の情報を見上げる。

無数の線の先にある、ただ一つの目的。


――もう、振り返ることは無い


 光の消えた部屋の中で、ラクアの瞳だけが微かに光を宿していた。



 二ヶ月後。

アークディア魔法学園の入学試験を二日後に控えた夜。


 ラクアはリーファとともに、タルタリアにある居酒屋のカウンター席に腰掛けていた。


 リーファの美貌は相変わらずで、歳月の流れを感じさせない。

その姿に、ラクアは時折、本当に同じ時間を生きているのかと疑いたくなるほどだった。


「すまないな。こちらの都合に合わせてもらって」


「いえ、俺もこの店はよく利用しますから」


 ラクアはそう言って、水の入ったグラスを静かに傾けた。


「それはよかった。今日は私の奢りだ。堅苦しい話は抜きにして、ゆっくり語り合おうじゃないか」


 リーファは柔らかく微笑んだ。


 それからしばらくの間、二人は過去の出来事を語り合った。

訓練の日々の苦労や、何気ないやり取り。

思い出話は尽きることなく続き、運ばれてくる料理に、ラクアは自然と手を伸ばしていた。


 やがて一時間ほどが過ぎ、満腹とともに話題もひと段落つく。

二人は勘定を済ませ、店の外へ出た。


 夜気はひんやりとして、肌を撫でる風が心地よい。

ラクアがコートを羽織っていると、不意にリーファが口を開いた。


「いよいよだな、アークディアの入学試験」


 静かな声だった。


「十二年間、お前に私の持つ技術はほぼすべて教えた。そしてお前は、それに応えるだけの力を手に入れた」


 リーファはラクアの目をまっすぐ見つめる。


「その力をどう使うかは、お前の自由だ」


 わずかに微笑み、言葉を続ける。


「……十二年間、よくついて来てくれた。

実に楽しい時間だった」


 ラクアはまっすぐリーファを見据えた。


「こちらこそ。

先生に出会えなければ、俺はここにいませんでした」


 声は静かだったが、その奥に確かな熱が宿っている。


「家族とともに命を落としていたか……あるいは、それより早く、どこかで無惨に死んでいたと思います」


 ラクアは一歩前に出て、深く頭を下げた。


「今まで、本当にありがとうございました」


 短い沈黙が落ちる。


 ラクアが顔を上げると、リーファはゆっくりと右手を差し出した。


「今度会う時は、酒でも飲もう」


 その言葉に、ラクアの胸の奥が熱を帯びる。


 そして何も言わず、その手を強く握り返した。


 固く結ばれたその握手には、十二年という歳月が積み重ねてきたものが、確かに宿っていた。

 


---



 翌日、ラクアは荷物の整理を始めていた。


 必需品や魔法器具、衣服や本などを、トランクに詰め込む。


 トランク自体も魔法器具で、どれだけ入れても圧迫されない優れものだった。


 ラクアは最後に、家族の形見を一つずつ丁寧にしまっていった。

ジークが使っていたマフラーに、リーアの髪飾り(遺体の発見場所に落ちていた)などだ。


 それから、一通の封筒を手に取った。

小綺麗な文字で、宛先が書かれている。

『二十歳になったラクアへ』


 メリダが残した手紙だった。


 まだ二十歳になっていないラクアは、これまで何度もこの封筒を開けるべきか迷ってきた。

だが結局、そのたびに手を止めてきたのだ。


――俺はずっと何を迷っているんだ?

もしかしたらこの手紙に、復讐のヒントがあるかもしれないじゃないか


 わずかな逡巡の後、ラクアは封を切った。


 中の手紙を取り出し、静かに目を通す。


―――――――――――――――――――――――


 ラクアへ


 この手紙を書いている今、あなたはまだ六歳です。

二十歳になったあなたは元気に過ごしているのかしら。


 あなたは他の子供たちより優秀な分、一人で抱え込んで、たくさん無茶をする子です。

だから私に何かあった時に、あなたを支えられるように、手紙を残すことにしました。

この世界、いつどんなことが起きるかわからないものね。


 あなたに一つ、伝えなきゃいけないことがあるの。

私は、人の心を読める神傑者。

五歳以上の人間の考えていることを知ることが出来るの。


 だから私とお父さんは、あなたがこの世界に来る前、とっても苦しい事を乗り越えて来た事を知っています。

そして知った上で、あなたのことを心の底から愛しています。


 私達は頼りない親だったかも知れないけれど、これからもずっと、あなたの味方です。


 振り返らずに前に進むことがあなたの良さなのだから。

どうか後悔の無いよう、精一杯生きてください。


               お母さんより

―――――――――――――――――――――――


 ラクアは言葉を失った。


 今まで隠し通してきた自分の秘密が、メリダには筒抜けであったこと。

前世の記憶がある自分を、変わらず愛してくれたことに、驚きとも、困惑ともつかない感情が、ラクアの中で静かに広がっていった。


――ずっと……待ってくれていたんだな。

俺自身の口から語られるその時を


 ラクアは手紙を封筒に収める。


 次の瞬間、手紙は一瞬にして炎に包まれた。

ラクアが炎魔術を使い、手紙を燃やしたのだ。


――でもこの手紙は、この世界に存在してはいけない


 ラクアの目には、煌々と燃える炎が映っていた。



 その後、ラクアはカルケルへと出向き、墓地を訪れた。

ラクアが佇む前には、五つの墓石が並んでいる。


 ラクアは手を合わせ、目を閉じた。


――父さん、母さん。

前世の記憶がある俺を、愛してくれてありがとう。

リーア、ロイン、ルージュ。

こんな俺を慕ってくれてありがとう。

俺はこの家に生まれて、本当に幸せだった


 ラクアは目を開き、静かに顔を上げた。


 その瞳に迷いはなく、ただ一つの決意だけがそこにあった。


「始めるよ。

これから俺がすること、見守っていてくれ」


 彼は踵を返し、振り返ることなく墓地を後にした。

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