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フォーネウス・ローグ ―その復讐は、贖罪たり得るか―  作者: 愛沢 諒
第零章 心火篇

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第十話「光剣」

 ルーマスの森事件から五日後。

ラクアはリーファと共に、平原へと向かっていた。

今まで何度も通ってきた道を、商店街で合流したリーファと進む。


 道すがら、ラクアはリーファという人物について、本人から詳しい話を聞かされた。


 リーファ・セリウス。

彼女は、世界にわずか三人しか存在しない剣士の頂点、”剣帝“の一人であった。


 剣帝はそれぞれ、ガーランド大陸に存在する四つの王国の内、シルバ王国を除く三王国を守護する存在である。


 リーファが守護しているのは、ヘルバ王国。

あの日、彼女がルーマスの森へ駆けつけたのは、その管轄内で異変が起きたからだったのだ。


 自分が弟子入りした人物が、世界の均衡を担う存在だったと知り、ラクアは言葉を失ったまま、ただ彼女の背中を見つめて歩き続けた。


 平原に辿り着くと、リーファは足を止め、ラクアに振り返って言った。


「まずは君の力がどれほどのものか見てみたい。君が出せる最高威力の攻撃を、私に向けて放ってくれ」


 ラクアはその言葉に、どこか既視感を覚えながらも極視眼(ジェノス)を開眼、迷いなく魔源子を手のひらへと集中させた。


 身体中から湧き上がる力を、一本の流れとして押し出す。


「『強風(ウィンディアード)』!!」


 唸り声を上げた暴風が、大地を削りながら一直線にリーファへと突き進む。


――よし、手応え有り…!!


 だが、強風がリーファの間合いに踏み込んだ、その刹那。


 一瞬、視界を裂くような光が走った。


 次の瞬間、暴風は正確に、そして無慈悲に、真っ二つに断たれていた。


 リーファは変わらず、剣を腰に収めたまま直立している。


 ラクアは息を呑んだ。


 抜剣から斬撃、帯刀までのリーファの動きが、ラクアの目には何一つ映らなかったのだ。


「……いい風魔術じゃないか。

君のような年齢の子供が、これほどの威力を持つ魔法を放つ場面を、私は見たことがない」


 そう前置きしながらも、リーファの声に称賛の色は薄い。


「だが、これでは強者には通用しない。

 速度が遅く、動きも読みやすい。

 何より、放つまでのためが長すぎる」


 淡々と突きつけられた言葉に、ラクアの胸が締め付けられる。

無意識に湧いていた慢心が静かに、しかし確実に剥がされていった。


「それに君は、生まれ持った能力をうまく扱えていない」


「生まれ持った能力? 一体どんな……」


 ラクアが問い返すと、リーファはためらいなくラクアを指さした。


「私が見逃すと思ったか? その右目だ。君はどうやら、特殊な力を持って生まれた人間、"神傑者"らしい」


 その言葉に、ラクアの胸に小さな違和感が生じた。


――俺が持つ力は、生まれつきのものじゃない。

じゃあ……俺は一体、何者なんだ?


 ラクアはその疑問を、正直に打ち明けた。

三歳の頃、桜色の髪の女から力を授けられたこと。

そして、自身が持つ三つの能力の詳細を、すべて語った。


「後天的な神傑者、か……聞いたことがないな……」


 一拍の沈黙の後、ラクアは不安を隠せずに尋ねた。


「先生……俺は、人間じゃなくなってしまったんでしょうか」


 その言葉に、リーファはわずかに表情を緩め、ラクアの頭に軽く手を置いた。


「君以上に人間らしい人物は、そういないよ」

 

 そして、さらりと続ける。


「それに私自身も、君と同じ神傑者だ」


 次の瞬間、ラクアの目の前を舞い落ちていた木の葉が、音もなく真っ二つに切り裂かれた。


「私が我流で編み出した剣式、“光魔流”は、この異能があってこそ成立している。そして君の異能も、剣術に応用できる可能性がある」


 リーファは一拍置いて、結論を告げた。


「だからまずは、君に剣を教える」


 そうして、リーファによる剣術の基礎説明が始まった。


「まず最初に説明しておこう。

 剣士とは、どういった存在か」


 そう言うとリーファは、腰に帯びていた黄金の剣を静かに抜く。


「剣士とは、“剣式”を用いて戦う者のことだ」


 次の瞬間、剣身が激しく燃え上がった。

炎は刃を侵食することなく、まるで意思を持つかのように絡みつく。


「剣式とは、剣に魔法を纏わせて戦う技法だ。

 基本的には六大魔術を使用する。それぞれに明確な強みがあり、それに応じた奥義が存在する」


 燃え盛っていた炎が消え、今度は剣がバチバチと帯電し始める、


「多くの剣士は、複数の剣式を浅く学び、状況に応じて使い分ける。それ自体は、間違いではない。

だがこれだけは断言できる。一つの剣式を極めた者の方が、大成しやすい」


 リーファの視線が、真っ直ぐラクアを射抜く。


「迷信だと言われることも多い。だが事実として、剣帝は皆、一つの剣式を極めている」


 そう言い切ると、リーファは剣を構えたまま、空中へと手を伸ばした。

どこからともなく質素な鉄の剣を取り出すと、それをラクアへと無言で突き出した。


「君は放出系の魔法は、まだ風しか扱えないようだから、風魔流から始めるとしよう」


 ラクアは差し出された剣を、両手で受け取った。


 その瞬間だった。


 ラクアは、鼓動が、異様なほど大きく耳の奥で鳴り響くのを感じた。

脈拍は一気に跳ね上がり、肺が内側から締め付けられる。


「はっ……はぁ……っ」


 呼吸が浅く、速くなる。

視界が揺れ、指先から力が抜けた。

金属音を立てて、剣が地面に落ちる。


 膝が折れ、ラクアはそのまま地面へと崩れ落ちた。

頭の内側で、何かが暴れ回っているような感覚がする。


「………………」


 顔色を失っていくラクアを、リーファはただ黙って見つめていた。


「あ、あぁぁっ……!!」


 激痛と共に、記憶がノイズのように脳裏へ雪崩れ込む。


 血に濡れたナイフ。

 虚ろな目をした、前世の両親。

 腹を貫かれた瞬間の、息が止まるほどの激痛。


 吐き気と眩暈に意識を引き裂かれ、そのまま力が抜けていく。


 闇が、全てを覆った。



 ふいに頬を撫でるやわらかな春風。

その感触で、ラクアは目を覚ました。


 体には、リーファが身につけていたマントが掛けられている。


「……目覚めたか」


 リーファは、すぐ隣に腰を下ろしていた。

表情は、いつも通り読み取れない。


「“バンシーの夜鳴き”と呼ばれる症状だ。

あるきっかけで忌まわしい記憶が蘇り、激しいパニックを起こす」


 ラクアは、ぼんやりとその言葉を聞いていた。


――PTSD……心的外傷によるストレス障害、か


 リーファはマントをラクアから受け取りながら、落ち着いた声で語りかける。


「悪かった。つい先日、友を切り裂かれた者に、刃を持たせるべきではなかったな」


「……いえ。俺の責任です。お気になさらず」


 ラクアは立ち上がり、地面に落ちた鉄剣を見つめた。

刃は陽光を受け、無機質にぎらついている。

 

「だが、これではっきりした」


 リーファの声が、容赦なく告げる。


「お前は剣士に向いていない。お前に残された道は二つだ。私に教わり、魔術師として進むか、あるいは別の武器を選び、独学で力を得るかだ」


 その問いは、ラクアにとって驚くほど明確で、迷う理由は、最初から存在しなかった。


「お願いします。俺を魔術師に育ててください」


 その瞬間、ラクアの進む道は定まった。

魔術師として生きるという選択が、確かに開かれたのだ。


---


 リーファによる訓練が始まってから、三年。


 平原には、金属同士が叩きつけられるような、甲高い音が絶え間なく鳴り響いている。


 その音の正体は、ラクア・シャーデットが放つ魔術と、それを迎え撃つ師、リーファの剣が衝突することで生まれていた。


「『風刃(ウィンド・スラッシュ)』!!」


 ラクアが放った風の斬撃は、ことごとく剣閃によって断ち切られ、霧散する。

一撃ごとに、実力差だけが冷酷に突きつけられた。


 ラクアは六歳になっていた。

 

 その三年間、リーファは一切の妥協を許さず、ラクアを鍛え続けた。


 毎朝、夜明け前から平原まで走り込み、その後、昼まで筋力と体幹を徹底的に鍛え上げる。


 正午になると、一度家へ戻って食事をとり、再び平原へ走り、午後から夕暮れまで、ラクアは魔法と魔術の基礎を叩き込まれた。


 六大魔術、その全てを理論と感覚の両面から理解させられる。

そして理解する暇も与えられぬまま、基礎魔術の反復へと放り込まれた。


 その功績もあり、ラクアは三年で六大魔術の内の三つ、炎魔術、水魔術、風魔術をマスターしたのだった。


「遅いぞ、ラクア!! 魔源子操作は感覚的に行え!!」


「はい、先生!『火炎(イグニアス)』!!」


 ラクアの叫びと同時に、手のひらから火炎が放たれ、一直線にリーファへと迫る。


 だがリーファは、野生動物のように低く、そして素早く身を沈めてそれを回避した。


 リーファはそのまま狂犬のごとく間合いを詰め、剣を持たない方の拳でラクアを殴り飛ばす。


「……がっ!!」


 地面を転がったラクアは、すぐに起き上がろうとして動きを止めた。

目の前に黄金に輝く剣が、静かに突きつけられていたのだ。


「そこまでだ」


 リーファはそう告げると剣を収め、ラクアへと手を差し伸べる。


 ラクアはその手を取り、立ち上がった。


「魔術はまだ荒削りだが、習得した三つの六大魔術の扱いは、すでに問題ないだろう」


 その言葉に、ラクアの顔がぱっと輝いた。

 

「明日は休みにしよう。

 家族との時間も、大切にすることだ」


 布で汗を拭っていたラクアは、思いがけない言葉に一瞬きょとんとしたものの、すぐに了承した。


 ラクアはリーファと共に平原を後にし、カルケルへと歩みを進める。


 カルケルに到着し、商店街を進んでいると、ラクアに向かって威勢のいい声が飛んできた。


「おーい、ラクア! 今日も特訓か!!」


 声の主は露店の店主だった。

手には布製の袋を抱えており、中には立派な野菜がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。


「今日もこれ、持っていきな!!」


 袋を差し出され、ラクアは苦笑しながら答えた。


「ありがたいですが、さすがに毎日タダでもらうのは申し訳ないですよ……」


「水くせぇこと言うな! お前のおかげで俺たちは商売できてるんだ!」


 そう言って、店主は半ば強引に袋を押し付けてくる。


 ラクアは礼を言い、その場を後にした。


「やはり、荷車でも持ってきたほうがいいんじゃないか?」


 リーファの言葉に、ラクアは笑って返す。


「嫌ですよ。こっちからねだってるみたいじゃないですか。それに、このくらい一人で運べます」


 その言葉を聞いたリーファは、苦笑しながら言った。


「“今は”だろ?」


 その言葉を体現するかのように、商店街を抜ける頃には、二人は抱えきれないほどの荷物を持たされていた。


 果物、魚、乾物など、すべて露店の店主たちから受け取ったものだ。


「すみません……先生にまで持たせてしまって」


「構わん。いい鍛錬になりそうだ」


 困ったように眉を下げるラクアの耳に、くすくすと笑い声が届いた。


 視線を向けると、近所の婦人たちが揃ってこちらを見ている。


 だがその眼差しは、三年前に向けられていた冷たいものとは違っていた。


「今日も特訓ですの?」

「偉いわねぇ、うちの子よりずっと小さいのに」

「手伝いましょうか?」


 ラクアは丁寧に断り、リーファと共に家路につく。


 ルーマスの森事件を経て、最も大きく変わったのは、ラクアに向けられる街の人々の態度だった。


 ラクアが救ったカールの命令により、ブロンズ王国からカルケルへ多額の支援金が届けられ、街は長い不景気を脱した。


 新聞はその出来事を大々的に取り上げ、ラクアは疫病神から一夜にして“街の英雄”へと変わったのだ。


 もはや、ラクアに冷たい視線を向ける者はいなかった。


 家に着くと、ラクアはリーファと別れ、家へ入った。


 靴を揃えていると、背後から小さな足音がラクアの耳に入った。


 振り返ると、白い髪の小さな少女が立っていた。

少女は青い大きな瞳を持ち、編み込まれた髪は、後ろでまとめられている。


「兄さん、お帰りなさい!!」


「ただいま、リーア。ちゃんといい子にしてたか?」


「今日ね、お母さんに褒められたの! 一人でお花にお水あげられたんだよ!」


 妹のリーアは三歳という年齢で、かなり流暢に言葉を話せていた。


 容姿も整っており、ラクアはまるで、メリダをそのまま小さくしたかのようだと思っていた。


 両親は「兄に似て優秀だ」と騒いでいたが、転生者であるラクアからすれば、本物の天才を見せつけられているようで、当初はわずかな嫉妬を覚えたこともあった。


 だが、謙虚で人懐こく、愛嬌の塊のようなリーアを、ラクアが嫌いになれるはずもなかった。


 そしていつの間にか、リーアは家族全員の心を、すっかり虜にしていたのだった。


 そのリーアの自慢話に耳を傾けていると、メリダがタオルを手に玄関へ顔を出した。


 一ヶ月前に双子を身籠ったメリダの腹は、ずいぶんと大きくなり、歩く足取りも以前より慎重になっている。


「こらこらリーア。お兄ちゃんは訓練帰りで疲れているんだから、早く中に入れてあげなさい」


 穏やかな声でそう言いながら、メリダは微笑ましそうにリーアをたしなめた。


「母さんこそ、その体なんだから無理しちゃだめだよ。」


 ラクアはそう言ってタオルを受け取り、汗を拭う。

そしてそのまま、慣れた足取りで浴室へと向かった。



 ラクアの帰宅から一時間後、ジークも仕事を終えて戻り、家族そろっての夕食が始まった。


 リーアがまだ幼かった頃、家にはもう一人、ファウロが同居していた。

だがリーアが二歳になるのと同時に、彼は自ら家を出ていった。


 別れは驚くほどあっさりしたもので、新居もシトローンにあるため、年が明ければ顔を出す程度には、今もシャーデット家と縁が続いている。


 食卓は、おしゃべりなリーアを中心に、終始にぎやかだった。


 ラクアは料理を口に運びながら、ふと思いついたように口を開く。


「そういえば、明日先生から休みをもらったんだ。せっかくだし、どこか出かけない?」


 その一言で、メリダの隣に座るリーアの顔がぱっと輝いた。


「ねぇお父さん! おでかけしよ!!」


 だが、その言葉に応えたのはジークではなかった。


「ごめんなさいね。明日は朝から婦人会があって、私は行けそうにないの」


 メリダの言葉に、リーアは一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに笑顔を取り戻す。


「そっか! じゃあまた今度にしよ!!」


 その切り替えの早さに、ラクアは思わず感心した。


 メリダは愛おしそうにリーアの頭を撫でながら、ジークへ視線を向ける。


「ねぇ、あなたは午後空いているでしょう? 行けないのは私だけだし、三人で行ってきて」


「そうだね。君がそれでいいなら、明日は三人で河原にでも行こうか」


「やったぁ!! 楽しみだね、兄さん!」


 無邪気に笑うリーアの顔を見つめながら、ラクアは久しぶりの“家族の時間”に、胸がじんわりと温かくなるのを感じた。

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