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フォーネウス・ローグ ―その復讐は、贖罪たり得るか―  作者: 愛沢 諒
第零章 心火篇

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第一話「林檎と蝶」

 時刻は深夜零時、東京。

 

 辺りは闇に包まれ、轟々と降る雨がアスファルトを激しく叩きつけていた。


 そんな中、ある住宅地だけが、妙なざわめきを帯びている。

 

 原因は、その一帯に暮らす住人たちである。

大雨にもかかわらず、彼らは窓から顔をのぞかせたり、傘を差してまで外に出て、不安気に言葉を交わしたりしていた。


 そして、その住人たちの視線は、一軒の家に注がれている。


 いつもは何の変哲もない一軒家だったが、その日は様子が違っていた。

家の前にパトカーが八台ほど停まり、警官たちが玄関を出入りしているのだ。

 

 たった今、また二人の警官が家の中へと入って行こうとしていた。


 一人は、いかにも上司といった風貌で、目元には厳格さを感じさせる深いシワが刻まれている。

 

 もう一人は若々しい顔立ちだが、怯える様子はなく、キツネのような切れ長の目を持っていた。


 二人の警官は、この家の放つ薄気味悪い雰囲気に動じることなく、歩みを進めた。


 厳格な雰囲気を放つ警官が玄関を開けると、薄暗い室内に散乱した家具と、鼻の奥を突くような悪臭が立ち込めていた。


 死体の匂いだ。


 悪臭の漂う中、警官たちは殺人現場となったこの家の調査を進めていた。


 調査を進めていた警官の一人が、たった今入ってきた上司と思われる警官にメモ帳を渡した。


「遺体の確認終わりました。死亡者は三名、いずれもこの家の住人です」


「そうか、ご苦労」


 メモ帳を受け取り簡単に返事をすると、二人の警官は、三つの遺体を死亡した順に見て回ることにする。


 二人はまず、一つ目の遺体に近づいた。

 

 五十代後半ほどの男で、顔つきからして健康的な生活とはほど遠い。

ブタのように肥えた体の背中には、刃物でつけられたと思われる刺し傷が一つだけあり、身につけている白いタンクトップが赤く染まっていた。

 

 遺体のそばには食卓があり、食べかけのハンバーガーが置かれている。


「まさに"食事なう"ってかんじっすね」


若い方の警官が、場違いな軽口を漏らした。

 

「澤島、現場では軽率な発言は控えろと言ったはずだ。人が死んでるんだぞ」

 

すぐにもう片方の警官が軽口を嗜めた。


「堅いなあ、新庄さんは。別に良いじゃないですか。

ここに住んでいた家族は全員亡くなっている上、親戚とも縁を切られているみたいですし。

それに近隣の住人からも白い目で見られていたようですから……悲しむ人なんていませんよ」


「まったく……お前ほど現場慣れした新人は見たことねえよ。だが気をつけろ。

一昔前だからお前は知らんかもしれんが、今回亡くなったのは一世を風靡した元女優、蝶野めぐみとその家族だ。

ファンに刺されたくなきゃ、軽い気持ちで被害者を悪く言うのはやめるんだな」


 新庄と呼ばれた男は半ば呆れながら、部下に釘を刺した。

 

 二人の警官はその場を離れ、二つ目の遺体のもとへ向かった。


 それは玄関に横たわっていた。

五十代前半ほどの女で、先ほどの男とは対照的に痩せていて、かつて人々を魅了した美しい顔は、苦痛で歪んでいる。

 

 腹部には刃物でつけられたと思われる無数の刺し傷があった。


「かの有名な氷の女王も、この顔じゃとても綺麗とは言えないな」


「家の外に逃げようとしたんすかね」


「扉まで辿り着いていたとしても、助からなかっただろうな」


 新庄は透明なビニール袋を取り出して澤島に差し出した。

中には壊れた南京錠が入っている。


「こいつが扉に掛かってたらしい」

「“絶対に逃さない”って感じっすね」


 二人はその会話を最後に、その場を離れた。

 

 最後の遺体はダイニング横のリビングにあった。

細身で、母親の血を受け継ぐように整った顔を持った大学生くらいの青年で、さらさらに流れる黒髪に似合う黒縁の眼鏡を掛けている。

そして、腹部には他と同様に刺し傷があった。


「父親は不細工でしたけど、子供はかなりのイケメンっすね」


「三人とも同じ刃物による刺し傷がある。死因はおそらくそれで間違い無いだろう」


 澤島の軽口を横目に、新庄は淡々と状況を整理していった。


「特別推理力もない俺でも、この現場を見れば大体の予想はつく。この事件は、七川修司(ナナカワシュウジ)による犯行と見て間違いないだろう。」




---




 七川事件から、どれほどの時間が経っただろうか。

ヘルバという名の王国にある、カルケルという小さな街で、一人の男がベッドの上で目を覚ました。


――おかしい。俺は、なんで生きてるんだ?


 男の脳裏には、自分の身に起きた地獄が鮮明に刻まれていた。

血まみれで倒れている両親。

腹をナイフで貫かれる痛み。

意識が遠のいていく感覚。

 

 男は、あの「七川事件」で命を落とした、眼鏡の青年だった。


 信じられない現実に動揺し、男はベッドから飛び起きようとした。


 だが、手足にまるで力が入らない。


――まさか、全身不随……? あれだけの重傷を負っておきながら、無傷で済むはずがない……


 どおりで痛みを感じないわけだ、と男は納得した。

それと同時に、この事実を受け入れたくないという思いが込み上げる。

 

 男は、他に違和感がないか思考を巡らせ、今の惨めな自分から目を逸らそうとした。


 そして、いくつかの異変に気がついた。

自分が今、眼鏡をかけていないこと。

それでも周囲の景色がはっきりと見えること。

とてつもなく大きなベッドに寝かされていること。

そして、指先だけはかろうじて動かせること。


 男はほんのわずかに安堵した。


 次の瞬間、巨大な二つの掌が男の体を掴み、持ち上げた。


 男は戦慄した。

大人である自分が、まるで子供のように軽々と持ち上げられたからだ。


 どれほどの怪力の男なのか確かめようと、体をよじって腕の先を見た。


 そこにいたのは、筋骨隆々の男でも、巨人のような大男でもない。


 一人の女性だった。 

 

 二十歳ほどに見えるその女性は、流れるような白髪を持ち、大きな青い瞳で男を愛おしそうに見つめていた。


 そして女性は、ゆっくりと口を開く。


「ありがとう……生まれてきてくれて」


 確かに、そう聞こえた気がしたのだ。

だが、男は混乱した。

その言葉は日本語ではなかった。

 

 にもかかわらず、女性が何を言っているのかがはっきりと理解できたのだ。


 しかし、言葉の意図が掴めず、男は女性から視線を逸らし、周囲を見渡した。

 

 確認できた人間は五人。

そのうち四人は女性で、いずれも看護衣のような服を身につけていた。

 

 そして、この部屋にいる唯一の男性(もちろん、今女性に抱き上げられている“彼”自身を除けば)は、どこか冴えない顔つきをしている。


 茶色の短髪に左目のモノクル。

薄い顎ひげが、かろうじて男らしさを保っていた。

 

 その男は白髪の女性の肩に手を置き、ほっとしたような表情を浮かべている。


――親密な関係なのか?


 目線が窓に向いたところで、動きが止まる。

自分を抱き上げている女性の姿が、窓に映っていた。


――嘘だろ……


 だが、男の目が釘付けになったのは彼女ではない。

その腕の中、自分がいるはずの場所に、うっすらと黒髪の生えた赤ん坊がいたのだ。


 その瞬間、男……いや、“赤ん坊”は理解した。


 自分は、日本ではないどこかで、赤ん坊として生まれ変わってしまったということを。


 赤ん坊は、この現実味のない状況に衝撃を受け、思わず寒気を覚えた。

 

 体の震えを察したのか、白髪の女性は近くにいた看護衣のような服をきた女に、赤ん坊の体を温めるよう頼んだ。


 助産師は、赤ん坊の額にそっと手を当て、一言呟いた。


「『微火(ミグルス・メラーガ)』」


 次の瞬間、赤ん坊は自分の体温がじわりと上がっていくのを感じた。


 そのあまりにも不自然な感覚に、赤ん坊の思考はついに限界を迎える。

ただでさえ現実離れした状況の中で、今度は超常現象をこの身で味わってしまったのだから。

 

 赤ん坊は心地よい温もりに包まれた上、脳の処理が追いつかず、そのまま眠りこけてしまった。



---

 


 男が赤ん坊に転生してから、一ヶ月が経った。


 赤ん坊は少しの間、見知らぬ場所で暮らして、分かったことがいくつかあった。


 まず、この世界は地球ではなく、魔法という概念が日常に溶け込んだ、まるで夢のような場所であること。


 自分の名前は、『ラクア・シャーデット』と言って、最初に目を開けたときそばにいた、茶髪の男と白髪の女、『ジーク』と『メリダ』の息子であるということ。


 家はそれなりに裕福で、兄弟はいないということ。


 だが何よりも、ラクアがいやというほど見せつけられたのは、ジークとメリダが、世界中の夫婦の手本となれるほどの相思相愛ぶりを発揮していることだった。


 おむつを変えるときも、ラクアがメリダの腕の中で抱かれているときも、食事のときでさえ、二人はイチャつくことを忘れなかった。


 ラクアは過去に一度、メリダの膝の上で子守唄を聞きながら眠りに落ちかけていた時、背後からジークがメリダを抱き寄せたことで、子守唄がふいに途切れてしまったことがあった。


――おい、今いいところだろ……


 薄れかけていた意識の中で、ラクアはわずかに苛立ちを覚え、ラクアは小さな手を振り上げ、ジークの頬を思いきり引っ叩いたのだった。


 でもラクアは、そんな生活に充実感を感じていた。

メリダはラクアにも惜しみなく愛情を注ぎ、ジークも仕事から戻ると困ったように微笑みながら、どこか嬉しそうにラクアをあやす。

二人の愛情に包まれるたび、ラクアの胸には言葉にできない温かさが広がっていった。

 

 しかしその温かさは、同時にラクアの記憶の底を刺激した。


 生前のラクアは、親から愛された記憶がほとんどなく、その上両親の仲は冷え切り、家庭はいつもどこかぎこちなかった。

 

 ラクア自身も、生前の両親を愛していたとは言えない。

だからこそ、前の人生を思い返しても未練がなく、今の世界に心を開くことができていた。


 そして、生まれてから一ヶ月が経った日、ラクアは自分を見つめ直し、心に一つの誓いをたてた。


――俺は生前、誰に知られたくないような人生を送った。孤独で、愛に飢えて、足掻いて、それでも結局は何も残せないまま終わった。

でもこの世界には、俺のことを見てくれる人がいる。この夢のような世界なら、俺もたくさんの人に愛される人生を歩めるのかもしれない。


……“もう一度”、頑張ってみるか。

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