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ハシュと十月騎士団団長 その関係は……

 普通はおいしい食事をすれば、栄養豊富なスープやパンの味わいに満足するし、お腹だって満たされて顔色もよくなると思えるのに、食が過度に細い十月騎士団団長の食事風景を見てしまうと、「まずは楽しく食べるのが絶対条件だよね」と気の毒なほど思えてしまう。

 彼――ユーボットはハシュの手前、かなり無理をしてでも食べたようだが、それでも(すずめ)か何かにかじられたていどだけ。

 それさえも日ごろの自身の適量を越えていたのか、


「もう……無理です……」


 と、自身の秘書官に向けて勘弁してくださいと懇願し、手を止めて、かなり苦しげな表情で口もとに手を当てて、そのままソファの背もたれに身を委ねてしまった。

 どのさらにもまだ半分以上の料理が残っていて、パンもひとつ分の半分をやっと食べたていどなのに……。

 ハシュが思わず完食してしまった食べっぷりと比べてしまうと、ほんとうに病人が辛うじて食事を取ることができた、その量でしかない。

 ユーボットはべつに病気を患っているわけではないのだが、訳ありで秘書官に就任した美人秘書官がユーボットの食事を最初に見たとき、にこやかに笑んで突然胸倉を掴み、


『おい、――ふざけているのか?』


 と、凄んできたという話をハシュは聞かされたことがある。

 その瞬間に、ある意味上下関係が決定したらしい。

 以降、このトゥブアン皇国において国事、国政、軍事のすべてに決断を下せる青年は食事を取るたびに顔色を悪くしながら「お残しを許してください」とプルプルと震えながら懇願する始末。

 まさに気弱そうな青年を彼は体現している。

 それを間近で見る七月騎士団団長はおもしろそうに笑い、食べ残しの量に不満する秘書官はどうしようかと腕を組み、――対面に座るハシュも困ったように額を押さえてしまう。


「――トットー、大丈夫?」


 ハシュは思わず腰を浮かして、目の前の十月騎士団団長に手を伸ばす。

 自身の秘書官とは異なり、真摯に心配げなようすを見せるハシュに、十月騎士団団長であるユーボットは口もとを押さえている手とは反対の手を上げて、ハシュを制してくる。


「ごめんね、ハシュ。行儀の悪いところを見せて……」

「ううん、俺はいいけど……」


 ちらりと見やると、七月騎士団団長が父性に似たそれで苦笑をつづけている。

 もう一方の秘書官のほうもちらりと見やると、こちらはいつものようすのユーボットに心底呆れて目を細め、


「いまはハシュに免じて許してやるが、これで今日の食事が終わったと思うなよ? 夜にはちゃんと夕飯も食わせてやるからな」

「……」


 などと言ってくる始末。

 ユーボットは小さく拒絶の意味を込めて頭を振るが、秘書官は完全に無視して、ハシュとユーボットが食べ終えた食事を手際よくワゴンに戻し、片づけていく。

 ユーボットにとってはいまの量が一度の食事の限界ではなく、一日の限界のようだったが、そんな食生活をつづけていてよく倒れずに済んでいるな、とハシュは返って感心してしまうが、やはり秘書官の苦労を思い、正しい食生活を送れない彼にはため息が漏れてしまう。


「トットー。無理はしなくていいけど、でもちゃんと食べないと」

「大丈夫。食べているよ」

「……」


 ――いや、あの量は食べているうちに入らないと思う。


 ハシュはこの際きっぱりと言ってやろうかと思ったが、そのささやかな会話のなかでハシュとユーボットの不思議な関係性に気がついたのか、七月騎士団団長が興味ありげに口を開いてくる。


「――で、トットーって?」

「?」


 問うてきた言葉にハシュはきょとんとしてしまったが、すぐにハッとして自身の口もとを叩く勢いで手で押さえてしまう。

 そう言えば……。

 ハシュはいま、「決断の長」である十月騎士団団長のことを何と呼んだ?


 ――しまった!


 つい、いつもの癖で!

 先ほどまではきちんと立場をわきまえて面会しようと思っていたのに、思わぬかたちで美味しい食事にありつけて、七月騎士団団長の気さくさに触れて気が緩んでしまったのか、ハシュは彼に対して私的な意識を強めていたらしい。


「しッ、失礼いたしましたッ、ユーボット団長!」


 ハシュはあわてて姿勢を正して深く頭を下げる。

 知古であっても、十月騎士団の敷地内では立場をあらため、「愛称」ではなく、「敬称」で呼ばなければ!

 常々そう思っているのに、彼はそれにこだわらず、いつだってハシュには何に対しても許して気さくに尋ねてくることをよしとしているので、すっかりいまも雰囲気に負けてしまった。

 ハシュが申し訳なさそうに「しゅん」としてしまうのに対して、ユーボットはわずかにきょとんとして、すぐに微笑する。

 そして、ハシュの頭を撫でようとそっと腰を浮かして優しい手を伸ばしてきた。


「きみになら、どこでどんなふうに呼ばれてもかまわない。用があれば、すぐに尋ねて来てもかまわない。そう言ったのは僕なんだから、――ハシュ、畏まらなくてもいいよ」

「でも、でも……」

「ハ~シュ」


 柔らかい微笑のままハシュの名前をすこしだけ面白そうに呼んで、ユーボットのほうから七月騎士団団長に向き直る。

 ハシュとの関係は特段、隠す必要もなかった。


「ハシュとは同郷なんです。家も近所で、――幼馴染なんです」

「へぇ」

「トットー、は当時の僕の呼び名です。子どものころは、みんな僕の名前が呼びにくかったのか、いつの間にかそう呼ぶようになって」


 ね、とユーボットが言ってくるので、ハシュは困ったように照れてしまう。

 そう――。

 ハシュとユーボットは地方の海辺の町の出身で、家も隣近所と呼べるほどに近く、年齢も離れていなかったので、幼いころはよく遊んだものだ。


 ――そう言えば、昔の彼は活発だったように思われるかもしれないが。


 ユーボットはいまと変わらず、気弱そうな雰囲気が先行する、穏やかでおとなしい子どもだった。

 当時から極端に食が細かったどうかは覚えていないが、一緒に菓子を食べて笑い、走り回ったよりも、ふと見やると周囲のにぎわいのなかで彼はいつも本を読んでいたものだ。

 その姿をハシュは思い出す。

 ただ、一緒に遊んだのもほんとうで、ユーボットには絵本のような冒険物語を読んでもらったり、自分でも読めるように読み書きを教えてもらったり。

 そうやって字が書けるようになると、今度は物語に登場する人物名や武器の名前などを周囲と競い合って書くようになり、ユーボットはそれを見て添削する、ちょっとした教師のような存在として読み書きを教えてくれて、さまざまな知識を教えてくれたのだ。

 そのなかで、誰かが「トットー」と呼んでいるのを耳にして、ハシュも真似てそう呼ぶようになった。

 だから、いつまで経っても、トットー。

 その話を最初に聞いたとき、秘書官もずいぶんと優遇するなと内心であまり快く思っていなかったが、それを笠に着るようすもない素直なハシュをいまではずいぶんと気に入ってしまい、秘書官も自身の権力が届く範囲でハシュを優遇してくれている。

 そんなふうに十月騎士団団長も、その付役である秘書官も、自覚があるようでとことん無自覚にハシュを甘やかしてしまうのだ。


 ――ただひとつ。


 その十月騎士団団長であるユーボットは、思いのほか油断がならない。

 秘書官はそう思う場面に出くわすことがある。

 とくにハシュの入団に関してが、そうだ。

 いつからハシュが少年兵を育成する十二月騎士団で馬術の才を開花させて、騎馬隊で構成する八月騎士団に入団を熱望される逸材になったことを知ったのかは定かではないが、ハシュという幼馴染を恋しがって、ハシュが剣技の六月騎士団への入団に命を懸けていたことを知っていたにもかかわらず、強引に自分の手元に置いた――。

 実際、ユーボットはハシュを得るために、八月騎士団に相当の圧力をかけている。

 じつのところ、気弱な青年は充分にきな臭さを感じさせる「何か」を持っていて、秘書官はときどきユーボットが発する得体のしれない静かな波に畏怖を覚えてしまう。


 ――無論、そのような内情をあることをハシュはいまも知らない。


 ハシュもハシュなりに、自分が入団する羽目になった騎士団の長が幼馴染だったという事実に心底おどろいたが、おなじくらいに再会を心底喜びもした。

 そんなふうに、


 ――ハシュにとっては偶然。

 ――だが、ユーボットにとっては仕組んだ必然。


 ふたりは奇妙な関係性を保ちつつ、今日に至る――。

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