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全力疾走のあと、ようやく気も抜けて

 少年兵を育成する十二月騎士団の敷地内にある馬場の外周を一周、全力疾走で走り抜けたあと、ハシュはそのまま軍馬の栗毛色を疾走させつづけ、敷地と外の世界を明確に分ける正門を抜けた。

 それからすぐに湖が視界に入って、静かな湖水は太陽の光を浴びてかがやいているのが目につく。

 奇麗だな、とハシュはようやく思考というものを戻し、大きな息を吐くことができた。

 それまで「他の追尾も肉薄もけっして許さない」、そんな鬼気を纏っていたので、全力疾走の最中は自分が呼吸をしていたのかどうかもわからなかったが、こうして気迫をため息で落とすことでようやく全身に余裕が戻り、それを感じることができてほっとする。

 何より――。

 途端に自分自身がかるくなったように感じられて、その爽快感が心地いい。


 ――昨日はあの湖面に、不思議なランタンがいくつも浮かんでいたっけ?


 確か仕組みは、熱気球の応用……うん、よくわからないからまあいいか。

 夜を好めないハシュに灯りを届けてくれたランタン騎馬隊の演出も美しかったが、蒼月の夜空に向かって浮かび、その灯りを湖面に映すランタンも幻想的で、昨夜はほんとうに幻想的な演出を見ることができて幸せだった。

 ハシュはその感動を思い出しながらようやく十二月騎士団の敷地を振り返るが、温かな歓迎と思い出をくれた学び舎はすでに小さい。


 ――ほんとうにありがとう、みんな。

 ――バティア……。


 ハシュは温かな気持ちで感謝の念を浮かべる。

 それでもハシュは栗毛色の速度を落とそうとはしなかった。

 相当の加速をつけた軍馬に対し、あるていどの距離までそれを維持しないと、急な減速は脚にかなりの負担をかけてしまうのだ。

 なので、ハシュは栗毛色が自然と自身で速度を落とすまで彼の集中力を維持させながら疾走をつづけることにした。

 道中。

 その足が落ち着いてくるのを見計らって、休憩を取ることにする。

 飲み心地のよさそうな泉を見つけたので、ハシュは栗毛色を労いながら水を与える。

 よほど喉が渇いたのだろう。栗毛色は気持ちがいいほどの飲みっぷりを見せてくれる。

 ただ、


「わッ」


 ――飲んだ後に、豪快に顔を振るのはやめて!


 そのしぐさのおかげでとんでもない量の水滴がかかり、ハシュはあわてて顔を腕で覆う。

 ハシュも簡単な水筒を持参していたので、その水を一気に飲み干した。

 仰ぐ晴天は見ていて心底気持ちがいい。

 すでに全身から吹き出ている汗を、額から滴る汗を反射的に軍装の袖で思いきり拭ったのはいいが、同時に洗い立ての石鹸の香りが鼻をくすぐって、


「あ……せっかく洗ってもらったのに……」


 早速汗を拭いて汚してしまった、とハシュは反省してしまう。

 それでもすぐに「あはは」と笑ってしまい、おなじように汗を噴き出している栗毛色の身体も手持ちのタオルで丁寧に拭ってやる。


「ごめんね、腰に負担をかけるような走りをしちゃって。――大丈夫だった?」


 いまは小休憩なので、栗毛色の腰に装備させた重量のある書類の鞄を外すことはまだできない。

 それを詫びるように問うと、栗毛色はいつものようすで鼻息を荒くして、


 ――このていどで参っていたら、本職の武官たちを騎乗させる軍馬は務まらない!


 そんなことを言い返すように「平気だ」とハシュに返してくる。

 やっぱり栗毛色はこうでなくては。

 ハシュは笑いながら何度も感謝を口にして、背や首を撫でてやり、顎までつつ……と垂れてきた自身の汗を袖で拭ってしまい、「またやっちゃった」と上目遣いに反省する。

 すでに秋はじめ。盛夏ほどの日差しはもうないが、それでも全力疾走をしきったあとの身体では軍装の上着を着つづけるには熱がこもって暑い。

 両手で忙しく扇いだところで、まったく心地よくならない。

 ハシュはその熱を発散したくて、思いきって上着を脱ぐ。穏やかに吹く風で得る涼感が心地いい。


「ん~~……」


 ハシュは両腕を思いきりあげて身体中を伸ばした。

 それから中に着ていたシャツのボタンを鎖骨付近まで外して、腕まくりをして……。


「十月騎士団までは、確か……」


 ハシュは「日中ならわかりやすい近道がある」と教官たちから前もって教えてもらったので、その方向を見やり目印の風景を目指す。

 そこはやや手入れが不明な林道だったので、確かにこれでは日中以外は通れそうもないなと思えたが、抜けてしまうとハシュが脳内で目算していた距離と時間をかなり短縮することができたので、ハシュは予定より三十分近くも早く十月騎士団へと戻ることができた。

 じつを言うと、ハシュは自身の騎馬の脚力で速度計算をして移動距離と時間を計る癖が強いので、ハシュとはちがって速度が出せないぶん、とにかく移動距離の短縮を探して――つまり、近道や抜け道の開拓――、それで日々の奔走を務める同期の伝書鳩たちとは根本的にちがう動きをしている。


 ――もうッ!

 ――普段から移動時間の計算が大ざっぱすぎて、人をこき使うのが荒い!


 などとハシュは上官たちに文句を垂れているが、じつはハシュのほうこそ無茶な移動計算をして、しかも熟してしまうからこき使われるんだよ、とある日、同期の伝書鳩たちから指摘されたことがある。

 そのときになって、ハシュはようやく自分の計算式がおかしかったのかと知ることになるが……。


「先生にも言われたけど、近道開拓かぁ」


 確かにあちこちルートを知っている伝書鳩は、何だかカッコいい。


 ――俺も、もうちょっと視野を広げないとなぁ。


 ハシュはしばらくやりそうもない癖改心をつぶやいて、十月騎士団の敷地内に入る。

 ハシュという伝書鳩は、無事に十月騎士団に帰庁するのだった。

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