ハシュとバティアの作戦会議
「これは?」
封筒を見ると、どうしても伝書鳩の悲しき習性で「仕事かッ?」と反応してしまうが、その宛名を見てハシュはおどろきのあまり目を丸めて、ソファから半ば腰を浮かしてしまう。
「バティア、これって……」
恐る恐る尋ねると、バティアがうなずいてくる。
「学長とあれから話し合ったんだ。どうしたらハシュが四月騎士団団長から受けた難問を突破できるのかって」
「と……突破……」
――まさか……。
ハシュの前に立ちはだかる四月騎士団団長を相手にバティアが果敢に両腕を広げて、「俺がここで食い止めるから、ハシュは前に進んで!」などと、冒険物語の一大事に遭遇するシーンを再現するつもりなのだろうか?
――いやいやいやッ。
寸劇じゃあるまいし!
それにどんな手段で彼を「とおせんぼ」したところで、ハシュには隙間をくぐる隙さえ与えないだろう。――あの七三黒縁眼鏡鬼畜は。
ハシュは、きっと直截対面の経験がないバティアの斜め上かっ飛んだ発想を勝手に思い浮かべるが、これは笑えそうで全然笑えない。
むしろ本気でやりかねないバティアをちらりと見やり、その真面目な表情に冷汗が浮かびそうになる。
だが、所詮それはハシュの妄想でしかなく、
「学長から詳しく聞いたよ。――ほんとうにごめん。そこまでハシュが大変な依頼を受けて思い悩んでいたなんて知らなくて。クレイドル団長には会えないって、ただひと言で済ませてしまった」
バティアがそう詫びてくる。
確かにそれを端的に言われたとき、さすがのハシュも今日何度目かのめまいを起こしかけたが、だがバティアはそのとき、いきなりハシュと学長から本題だけを聞かされて、経緯も何も知らずに答えだけを必要とされたので答えたにすぎない。
ハシュも、すこし落ち着いてからバティアに真相を明かそうと思っていたので、バティアを急に巻き込むかたちになったことを詫びる。
「バティアは何も悪くないよ。俺も……いろいろあって、うまく自分の考えや感情がまとめきれなくて。それで……」
「そんなことないよ。ハシュは――やっぱりすごい。だって、午後に皇宮の四月騎士団への用向きを依頼されて、ロワ団長からすこしだけ仕掛けられてしまったのに、それから五月騎士団の内務府、ここ十二月騎士団へと向かって、見つけられないと思われていたクレイドル団長の正体までたどり着けたんだから」
「バティア……」
言われてみれば、確かにそれは通常であればどれほど協力者と幸運を得たところで、たどり着ける相手ではなかった。
学長はすぐにあの七三黒縁鬼畜眼鏡に近しい存在の「クレイドル」を思い浮かべたが、ハシュに直截伝えることができなかった。
だが、ハシュにとっての唯一の幸運がここにいて――。
親友のバティアがそれを口にできる十二月騎士団団長だったから、ハシュはこうやってすでに答えを知る身となったが、もし……ここにいるのがバティアではない、べつの同期が十二月騎士団団長を務め、いまの状況のハシュをすんなり助けてくれたかどうかを考えると、これは難しいところだ。
それを思うと、ハシュは何ひとつ凄いことを熟していない。
――凄いのはバティアだ。
バティアがいてくれたから、ハシュはこうしてソファに座っていることができるのだ。
ハシュはかるく頭を振る。
「そんなことないよ。俺はほんとうにみんなに助けられてここまで来て、バティアがいてくれたから、俺はクレイドルさんを知ることができた」
「ハシュ……」
「バティア、ありがとう」
言って、ハシュはローテーブルの上に並べられた封筒の、その宛名をもう一度よく見て、やっぱり驚愕する。
「でも、この錚々たる宛先はどういうこと……?」
封筒には、以下が。
ハシュが所属する十月騎士団の最高位である、「決断の長」である団長宛て。
そもそもの根源である、四月騎士団団長宛て。
そして――。
今件は知らずのうちに渦中の人となっている、クレイドル――二月騎士団団長宛て。
ハシュは伝書鳩として日ごろからさまざまな宛先を目にしてきたが、それらのほとんどが各騎士団の庁舎内にある書類受け渡し部屋に届ければいいので、直截各騎士団団長の名を記した封筒はさすがに見たことがない。
「こ、これを直截届けろっていうの……?」
十月騎士団団長は所属する騎士団の団長なのでまだ可能だが、残りの団長ふたりはもう難問どころではなく、断崖絶壁だ。
とくに四月騎士団団長は俊峰を時間制限の駆け足で登頂するより困難だろうし、できることなら会いたくない、と心中が拒絶しはじめて、ハシュは急に心臓の鼓動が嫌なふうにざわつく。
「ハシュ?」
「……」
思わず胸もとに手を当てて、ぎゅっと握ってしまった。
ああ……。
どおりであの人の名前を聞くだけでみんなが拒絶反応をするのか。
――理屈じゃない何か、わかった気がする……。
さらに皇宮を御座所とする唯一皇帝の傍を離れぬ、内宮にいる二月騎士団団長宛ての封筒など、どう届ければいいのだろう?
――やっぱりバティアのお膳立ては敷居が高すぎる……。
親友がどんな思いで考案してくれたのか。
その惜しみない協力をこんなふうに思いたくないが、封筒を届ければそれですべてが済むというわけでもないだろう。
肝心なのは、中身だ。
いったい、何が書かれているのだろう?
ハシュは気になって、ちらりとバティアを見やると、
「学長が仰るには、四月騎士団団長も文官であらせられるから、それなりに筋を通すやり方で攻めれば無碍にあつかうこともできないんじゃないかって」
「それが、この封筒?」
「うん。俺と学長で手紙を書いてね。それぞれの団長にお願いしたいことを綴ったんだ」
「え……?」
十月騎士団団長宛てには、まず、所属している伝達係が難問を依頼されて職務に支障をきたしている。だから、助力を与えてほしい。
詳細は以下――。
加えて、もし可能であれば、二月騎士団団長宛てに経緯を伝え、ハシュが会えるように根回ししてほしい、と。
四月騎士団団長宛てには、あなたの依頼を受けた伝書鳩が見事に答えに辿り着きました。まずはそれを褒めてください。
そして、あなたの望む依頼を果たせずとも、どうか咎めのないようお願いしたい。
何より――できることなら、あなたが最初に依頼した物事の進みどおりに、ハシュに彼を会わせることを可能にしてやってほしい、と。
最後に――。
クレイドル――二月騎士団団長宛てには、何やら知らぬところでお騒がせをして申し訳ございません。ハシュに関しては寛大な心で咎めぬようお願いしたい。
加えて、もしご迷惑でなければ、会わずとも、この件が穏便に済むよう四月騎士団団長に取り計らっていただきたい、と。
バティアは簡単にそれぞれに宛てた内容を離す。
「勿論、俺個人での書状ではあまりにも力不足だから、この件に関しては情けなくも学長と連名で、十二月騎士団団長として書かせていただいた。学長は明日、直截四月騎士団団長とお会いするから、そのときにもこの手紙に関して口添えすると仰ってくださった」
「ほんとう……?」
「あと、この手紙を渡す手順だけど、かならず十月騎士団団長を最初に渡しなさいと言われている。お読みになられた十月騎士団団長がつぎに進めるよう采配を振るだろうから」
「……」
それは……嬉しいかぎりだが……。
すでに封をされたこの手紙を受け取り、受け渡すのかと思うと、いよいよ一大事がはじまるぞ、とハシュは途端に緊張してしまう。
そう、大事がはじまる。
ハシュは「クレイドル」に会うために、ついに団長位の数人を動かすところまで来てしまった。
通常であれば、こんな大それたことなどできるはずもない!
まさか、こんなことになるなんて!
あの七三黒縁眼鏡鬼畜は、ここまで大事になると予見しているだろうか?
いや……。
そうであっても、なくても。
彼はほんとうにこんなにも事を動かして、ハシュを動かして、いったい何がしたいというのだろう?
「二月騎士団団長宛てはさすがに直截届けることは不可能だから、四月騎士団団長にお渡ししてほしい。――ロワ団長にはご理解いただけるよう、文面で書いているから」
「バティア……」
話を聞くかぎり、これは学長がかなり入地絵を授けてくれて、ハシュの味方いなってくれたようだ。
さすがは元十月騎士団の上層部。
――関わる団長相手に、この際巻き込むように直截手紙を書くなんて……。
ハシュは勿論、バティアにもすぐには思い浮かばなかった手だ。
しかも、これはバティアがトゥブアン皇国にある十二の騎士団の団長位に列する立場だからこそ使える手で、ふたりが唯一無二の親友でなければこの道もけっして開かれることもなかったはず。
それをうまく利用するなんて、まるでどこかの古狸の手法によく似て……とハシュは思いかけて、あわてて激しく頭を振る。
あの学長は「みんなのおじいちゃん」のように優しい学長であって、たまたま肩書のなかに十月騎士団所属上層部経験があるだけだ。
学長をあんな恐ろしい書類馬鹿……ごほん、仕事熱心すぎるハシュの上官たちとおなじような目で見るわけにはいかない。
それはともかく――。
「明日、ハシュは本来なら非番なんだけれど、何せ日時も迫っている。十月騎士団に戻ったら、まずは団長までお渡ししてほしい。――大丈夫?」
どこか心配そうにバティアが問うてきたのは、通常であれば、各騎士団団長に直截面会を申し込むにはいくつもの段階を踏まえなければならないので、これには思いのほか時間がかかることを案じているのだろう。
――ハシュの猶予はもう、一日半しか残されていない。
これに関して言えば、伝書鳩にはすくなからず特別免除がある。
個人での面会にはどうしたって必要な許可書の判子を集めなければならないが、この際だ。
――十二月騎士団団長から直截お渡しするよう頼まれました!
と、伝家の宝刀を使えば、即座に執務室まで通してもらえる。
「俺は伝書鳩だよ? 書類や封筒のお届けはお手ものもだって」
などと、自分に対して何か鼓舞するように言って、バティアの笑みを誘う。
でも……――と思う。
ここから先、一歩でも進みはじめたら、もう後戻りはできない。
すでに事を仕掛けてきたあの七三黒縁眼鏡鬼畜の依頼人が見つかったのだ。ハシュが心底躍起になることはもう必要ない。
――さすがに「二月騎士団団長」をお連れするのは無理でした。
このひと言を伝えるだけでも、充分に四月騎士団団長の鼻を明かす効果はあるだろう。
何せ、正式な手続きを経たとしても、新人文官の伝書鳩が直截対面するなど不可能な相手であるし、その相手をわざわざ連れてこいと言ったのはあなたのほうなんですから、と言外に嫌味を言うことだってできる。
でも……。
バティアが苦心してハシュに正しく道を照らせるよう、光の導を与えてくれたのだ。
ハシュがその誠意を誠実に使えば、きっと道は開ける。
それに……思う。
ここまで来たのだから、やっぱりやりきってみたい。
会えるものなら「クレイドル」に会ってみたい。
それは使命感というよりは、底意地のようなのかもしれないけれど。
「バティア……」
ハシュは、実兄からもらった占術のカード……タリアルのカードを取り出して、バティアが用意してくれた封筒の上に置く。
普段であれば、団長位に直截届けなければならない封筒の上に何かを置くというのは失礼極まりないことだが、でもそうすることでハシュには何かが見えてきそうな気がするのだ。
タリアルのカードが示す、その絵柄と意味。
このカードを見て、ハシュの脳裏に最初に浮かんだのは――。
ハシュはカードに描かれている少年と、いま自分のとなりに座るバティアを見比べる。
――バティアがここまで協力してくれたんだ。
だから、ハシュは前に向かうだけ。
いや、ハシュだけが向かうのではない。バティアとともに向かうのだ!
ハシュは覚悟をきめたように大きくうなずく。
「ありがとう、バティア。俺、絶対に四月騎士団団長にぎゃふんって言わせてみせるからね!」
「う、うん? ぎゃふん……?」
「そう! ぎゃふん!」
唐突なことを言うハシュに、バティアは目を丸めてしまうが、ハシュは「あはは」と笑いながら感謝を表すためにバティアの手を取り、大きく振った。
そして満面の笑顔を思いきり向ける。
「ほんとうにありがとう、バティア! 大好き!」
「――ッ」
――いまなら、首でも取れる気がする!
そんな勢いに目をかがやかせながら、ハシュはどんどん本来とは異なる方向へと決意を胸に誓うのだった。
□ □
そのあとで、バティアにはどうしたらいいのかわからない事態が訪れた。
――ハシュに、ではない。
バティアに、だ。




