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バティアは「それ」退治にちょっとワクワクします

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 この不可抗力に対しての鼓動は何なのだろうか?

 恋や性に関して不慣れで嫌悪を抱くハシュにとって、その高鳴りはびっくりしたせいだと完結して終わったが、バティアもきっとおなじだろうか。

 そうやって不思議な時間を共有してしまったハシュとバティアだったが、そのままバティアの部屋である団長公室に向かう途中、いよいよハシュの足が拒絶に近いかたちでぱたりと止まってしまう。


 ――そうだった……ッ。


 けっして忘れていたわけではない。

 自分で拒んだ例の部屋なのだから、それがどこの棟にあるのかくらいは知っている。

 でも……。

 その棟は教官や教師陣、学長の私室がある他、この十二月騎士団団長の私室も含まれていて、バティアの部屋に行くためには例の部屋の前を通らなければならない構造をすっかり失念していた。

 いわゆる教免たちの私室がある棟は、少年兵たちの寮とおなじように壁面ランプが等間隔にあって、きちんと灯りが点っているので暗くはなかったが、ハシュが過ごした寮とは異なり、壁面ランプそのものの数がすくないせいか記憶よりも薄暗く感じる。

 おまけに大人たちしかいない棟なので、少年兵たちの明るい声など聞こえるはずもなく、しんとしている感じがなおのこと心理の不安を駆り立ててくる。

 きっと、そのせいもあるのだろう。


「……」


 ハシュに霊感などないが、そうだと思い込む概念が強すぎて、何かを感じそうで怖い。


「どうしたの? ハシュ」


 それまでたくさんのおしゃべりをつづけたいたというのに、いまも手を握り合っているハシュがやや強めにバティアの手を引っぱって途端に動かなくなったので、バティアが怪訝そうに首をかしげてくる。

 ハシュは慎重に周囲を伺うように視線を動かしながら、嫌そうな顔を隠そうともせず、


「だって……例の部屋、この棟にあるじゃないか」

「例の?」


 思いきり嫌そうな声でつぶやくと、バティアは一瞬だけ「はて?」と思い、すぐに何のことかを理解する。そして口もとに手を当てながら小さく笑い、


「大丈夫だよ、ハシュ。さっきも言ったよね。俺は遭遇したことなんかないって」

「でも! それは相手がバティアだからだよ」


 ハシュが恐れる「それ」が何なのか。

 口にしたら想像と妄想が大爆発しそうなので言うつもりもないが、こんなにも冷静なバティアをおどろかしたって面白味もないだろうから、きっと「それ」は滑稽なほどおどろくだろう相手が来るのを待っているにちがいない。

 その相手は、当然――。


「あいつら……きっと俺が来たって喜んで、きっと戸口でおどろかす手立てを考えているんだ」

「あいつらって……」


 ――ハシュにはそれが視えるの?


 バティアは危うく言いかけたが、すでに本気で何かがいると思い込んでいるハシュにそんなことを口にしたら最後、ハシュの機嫌がどれほど急降下するのか予測もつかない。

 もしかすると本気で怒って、「今夜は学長の部屋で寝かせてもらう!」とでも言って、哀れ右でもされたら元も子もない。――バティアにとっては。


「大丈夫だよ。何があってもハシュのことは護るって、俺はきみに誓ったじゃない」

「でも、相手はお化けだよ? バティアだって敵うかどうか……」

「ええ? 俺が負けちゃうの?」

「だって……」


 得体の知れない「それ」は実体がないと相場が決まっている。

 退治する術なんかわからないのに、挑んだって……。

 ハシュの奇妙な勝敗の想像に、バティアはくすくすと笑ってしまう。

 確かにこの十二月騎士団の敷地にある、この棟の一室。

 来客者用の部屋には出るという噂はバティアも当時から知っていて、信憑性となった原因が知りたくて図書館で調べたり、思いきって教官や教師陣に尋ねもしたが、


 ――この来客者用の部屋で誰かが非業の死を遂げた。


 そんな事実は皆無であるし、ではこの敷地内で何かがあったと問うてもそれさえ事実無根。この十二月騎士団では明日の騎士を目指す少年兵たちの熱意でいっぱいだ。

 でも、なぜか少年兵たちの間では長く語り継がれている噂として残り、しかも屈指の上位となっている。


「そうか……。そんなにハシュが怖いのなら」


 言って、バティアが途端に真顔になって例の部屋がある方向を見やる。

 それはあと数歩先の距離に迫っていた。


「お化け退治――。ちょっとおもしろそうだね」

「――へッ?」


 まさかのひと言に、ハシュは驚愕で目を見開いてしまう。

 バティアは突然、何を言い出すのだろう!

 少年兵時代。バティアは総合こそ同期のなかでは上位十指には入っていたが、剣技にはややムラがあって、完璧な上位陣とは言い難かった。

 それでも当人も目指すのは武官の騎士なので、見えざる相手のほうが自分に勝ると言われてしまえば、「さて、どうだろう?」と勝負心が疼いてしまうし、しかもハシュに自分のほうが弱いと決定されているのは、――心情的に嫌だった。

 誰に弱いと思われても、ハシュにはそう思われたくない。

 わずかに覚えた心情の苛立ちをぶつけるためにも、「それ」には犠牲になってもらうしか……――。

 バティアの美しい碧眼は、途端に好戦的な挑みを強く浮かべてしまう。


「棟内での武器使用はご法度だけど、こっそり持ち出して退治に出かけてみるのもいいかもしれない」

「へッ?」

「先生たちもいまは食堂に集中しているから、ちょっと騒いだって見つからないだろうし」

「えッ、バティアッ?」


 どういうことだろうッ?

 珍しいにもほどがあるように、バティアがどんどん好戦的な気配を漲らしていくではないか。


「勿論、ハシュは部屋で待っていて。手土産に首でも……って思うけど、実体のない彼らに何か残せるものはあるだろうか?」

「バティア、ちょっとッ」


 とても軽口ではすまないようすに、ハシュはどうしたらいいのかわからない。

 じつはバティアはこういうところに遊び心があるので、スイッチが入ってしまうと完全に自分で好奇を確かめるまでは止めようがないのだ。

 実際――。

 バティアの頭のなかには、すでに自分が使用可能とする武器のなかで何が有効だろうかと選定をはじめている。

 剣技の六月騎士団を中心に用いられている「騎士と言ったら、こういう剣」と想像が浮かぶ一般的な種類よりも、バティアは実は接近戦で用いられる小振りの剣のあつかいが()()()()()()()、相手の懐に飛び込んでしまえば剣技を専門に教授する教官さえも一撃では薙ぎ払えない。

 そのせいもあって、バティアの剣技測定は優秀ではあるが、()()でもあるのだ。


「やっぱり室内だから、接近戦の剣かな」

「……」


 ハシュはもう、口をパクパクとするしかない。

 ついには選定をきめたらしい。

 きめたということは、私室にその武器を所持しているのだろうか?

 同時に、どのように相手を仕留めるのか。すでに脳内でシミュレーションさえしている。

 口端に浮かぶ笑みに、普段の穏やかさは見受けられない。


 ――ヤバい、まずい、止めないと!


 ハシュはあわててバティアを制そうとしがみつく。

 自分が原因で職権乱用をさせるわけにはいかなかった。


「わッ、わかった! わかったから! 俺、もう怖くないから!」

「でも、ハシュは気になって眠れないとか言いそうだし……」

「そんなこと言わない! バティアがとなりにいてくれれば爆睡するから!」

「爆睡……」


 言って、とにかく言って。

 とにかくバティアが本気の行動を取らないようにしっかりとしがみつくと、ようやくのことでバティアから興味が揺らいでいく。

 内心、ハシュにいいところを見せたいという見栄と茶目っ気が競っていたが、これを消さずハシュを困らせるわけにもいかないので、バティアがその気配を名残惜しそうに消す。


「もう、バティアったら。ほんとうにこういうのが好きなんだから」

「やっぱり俺も武官だからね。目の前に勝負があると、ちょっと疼くよ」

「う~ん……、何かちがう気がする……」

「ええ? そうかな」


 くすくすと笑うバティアにハシュはホッとしたが、ちょうど例の部屋の扉前まで来てしまった。

 当然、この部屋のようすを見ようだなんて思いもしないが、扉前に立つだけでも何かが発動しそうで怖い。

 バティアの団長私室はここを通りすぎて、二階に上がらないとならない。


 ――まさかとは思うけど……。


 このまま素通りしたことをめねつけ、こっそり後をつけてくるかもしれない。

 もし、そんなことをされでもしたら……。

 ほんの先ほどバティアには強がったが、ハシュは思いきり、ぞぞぞ、と身体を震わせ、肌を粟立たせてしまう。

 大丈夫、大丈夫……。

 この十二月騎士団で一番怖いのは、例の部屋の「それ」ではない!

 ここでいちばん怖いのは、げんこつと落第点!

 ハシュも思いきり奇妙な対抗心で自身を鼓舞しようとしたが、周囲の薄暗さがやっぱり嫌な方向へと雰囲気を高めているような気がしてならない。


「……バティア、ごめん」

「ん?」

「部屋に着くまで、このまましがみついていてもいい?」


 ハシュはすでにバティアの胸もとに両手をしっかりとしがみついて、抱きついている。

 奇妙な成り行きだったが、すぐには離せそうにもなかった。

 他の誰かであれば、「やっぱり怖いんだろ?」などと言ってくるかもしれないが、バティアはそんなことは言わない。バティアにもハシュを離す理由がなかったので、自分にしがみついている側の手をそっと動かし、ハシュの肩を優しく抱く。

 何だか以前より細くなったと思える肩、震えるハシュにバティアは反して表情を和ませてしまう。

 ハシュのこういった怖がりは、これがはじめてではない。

 何かあるたびにハシュは抱きついてくるし、こうやって恐怖をしのごうと必死だった。

 当時、そんなハシュに感じていたのは保護に近い友情だったけれど、いまは……ちがう。もっと深い、全部を包み込んで離したくない何かが溢れて止まらない。

 刹那、バティアは愛情という単語に辿り着いてしまうが、不謹慎だと思えてすぐに頭を振り、


「ハシュ、もうじき階段だから。ちょっとだけ目を開けて」

「や、やだよ、見えたらどうするのさ」

「大丈夫。俺が何も見せないから」


 言って、震えるハシュの肩……身体を愛しくて堪らない想いで包み込む。


「……大丈夫。ハシュに怖い思いなんかさせないから」

「ほんとう?」

「ほら、階段上るよ。はい、一段目……」


 もし、あのとき……。

 食堂で教官や教師陣に奇妙な誤解をされて冷やかされなければ、この胸の鼓動も不思議な緊張感だろうと思いながらドキドキさせるだけで済んだかもしれない。

 でも――。

 ハシュはバティアの鼓動が鳴る胸もとに顔をぴったりとくっつけた状態で、どのように感じているのだろう?

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