ハシュは一緒に寝ようとおねだりします
「――そうだ、ハシュ。寮母さんたちが心配していたよ」
「心配?」
「ハシュが早く今夜使う部屋をきめてくれないと、用意ができないって」
「あ、ああ……そうだよね」
これは教官や教師陣の浮つきから完全にハシュを切り離そうとした口から出まかせではなく、ほんとうのことだった。
少年兵を育成する十二月騎士団には、滅多なことでは来訪者はいない。
いたとしても泊まり込む者などほとんどないので、来客者用の部屋は使われず、静かな時間ばかりを過ごしている。
最初、ハシュはそこの利用を提案されたが、ハシュは激しく拒絶した。
何せ、あそこは……「出る」といういわくつきの噂があって、少年兵にとってはちょっとした肝試しに近い部屋になっているのだ。
それを知って、あえて泊まる度胸などハシュにはない。
それにハシュも立場はもう新人の文官だが、十月騎士団に所属しているとはいえ、日々、散々にこき使われている伝書鳩なので、えらそうにものを言える立場ではない。伝書鳩は伝書鳩らしく、朝を迎える間で寝転がれる場所を提供してもらえるのなら、それこそこの食堂の長椅子だってかまわないのだ。
でも――。
それをバティアが許可するはずもなく、少年兵を修了して巣立ったとはいえ、ハシュはいま正式な騎士なのだから、きちんとした待遇でなければ寮母たちも障りがあるらしい。
それで準備が必要な部屋を知りたくて、困っているのだという。
歓迎される気持ちは嬉しいが、ハシュだって困る。
――あいつら、絶対に俺が来るのを待ち構えているにちがいないんだから!
いつかどうかもわからない「モノ」に、ハシュは怯えと「そうはさせないぞ」と奇妙な対抗心を燃やしてしまう。
だが、十二月騎士団での寮生活は二人一組の同室暮らしだったので、他に心が安らげそうな部屋をハシュは知らない。
――となると……。
ハシュはバティアをじっと見る。
はじめての寮生活でバティアと知り合い、ずっと同室生活を送ってきた。
それが縁で親友にもなれたし、いつだってバティアとは一緒だった。
だとしたら、ハシュの選択はひとつしかない。
「そうだ、俺、今夜はバティアと一緒に寝たい!」
「――……え?」
おお、これは名案だ、と思い、ハシュなポンと自分の手のひらを叩く。
「ああ。何もバティアのベッドを使わせて……なんて言わないよ。椅子の上とか、床でいいからさ」
「……」
バティアがいま、どのような部屋を使っているのかはわからないが、この十二月騎士団で団長を務めているのだからきっと団長に割り当てられている私室を使っているにちがいない。
それはトゥブアン皇国に十二ある騎士団の団長位につかなければけっして見ることも叶わない、雲上人の部屋だ。
ハシュにはどう頑張ったって幻の部屋で終わってしまうのだから、この際、見学がてらにお邪魔することができないだろうか……と、奇妙な好奇心も浮かんでくる。
ハシュはもう一度バティアを見やり、
「ね? バティアと一緒なら夜も怖くないし、たくさんおしゃべりもできるからさ。いいでしょ?」
「……」
ぽん、と両手を合わせて、すこしだけ小首を可愛らしくかたむけてみせる。
お願い、とつけ加えたが、先ほどからしゃべっているのはハシュだけで、バティアは一切口を開こうとしない。
いや――。
厳密には口は開いているのだが、考えもしなかった申し出にぽかんとしたようすで、思考がまったく動いていない。珍しいことにそんなようすが見受けられた。
「バティア?」
声をかけるが、バティアはどうしたのか。まったく反応しない。
目を見開いたまま。美しい碧眼が心底困惑している。
「俺が一緒に寝るのは……迷惑?」
もうじき互いに成人を迎える年ごろだ。
ひょっとすると、いつまでも少年兵だったころのようには過ごせないのかもしれないし、大人になるのだから、親友同士とはいえ就寝時は個々が望ましいと、バティアが大人びた考えをするようになったのかもしれない。
ハシュはそんなふうに思考を働かせ、沈黙のバティアに不安を覚えたが、――バティアにしてみれば、ハシュの可愛らしいお願いはあまりにも間が悪すぎた。
――どうして追い込まれているときに、追い打ちをかけられてしまうのだろうか?
無論、ハシュは何ひとつ悪くない。
ハシュが願うのなら、何だってうなずいてみせる。
周囲に自分を揶揄う教官や教師陣がいなければ、バティアはほんのすこし鼓動を弾ませて、ほんのすこし緊張しながらもハシュの申し出に優しくうなずけただろう。だが――。
また、何かを言われるかもしれない。
そう思いながら、ちらり、と周囲の表情を見ると、
――無意識の国から来た姫君が、初心な国の王子にとどめを刺しに来た。
そんな物語調の一節で状況を表情で冷やかしてくるものだから、堪らない。
珍しくバティアは返答に窮し、黙したまま動きようもなかったが、早く返答しないとハシュが困ってしまう。今度は周囲の冷やかしに困るよりも、ハシュを困らせたくない一心で困ってしまったが、
「――わかった。ハシュがそれでいいのなら……」
ようやくのことでうなずき、バティアはハシュが願うのであればと応じることにしたのだが……。
そこから先は、言わずもがな。
つぎの瞬間には教免の立場であることを完全に忘れた大人たちがどっと異様な盛り上がりを見せて、拍手喝さいとにぎわせるのだった。
「……へ? 何?」
ただひとり、ハシュだけが完全に状況が呑み込めず、ぽかんとしてしまうのだった。




