懐かしい語らい でも……
十二月騎士団の敷地内にある食堂も、ハシュがこれまで足を運んだ各騎士団の庁舎にあるそことは差異がない。
大きな堂の空間に長机がいくつも列を連ねてずらりと並び、その机を左右から挟むように長椅子がおなじように並んで、利用者は対面して食べるようになっている。
ハシュが顔を出したとき、思いのほか直近である後輩たち上級生が座る並びは閑散としていて、残る数人が食事を取っている、そんな光景だった。
新入生である下級生たちはランタン騎馬隊が騎馬の手入れをしているうちに食事をすませ、上級生たちも食事が取れるようになったら順次……そんなふうに先ほどまで入れ替わりが頻繁だったという。
ハシュは目につく後輩の席まで行って簡単に挨拶し、あらためてランタン騎馬隊による出迎えを感謝し、慣れない夜の世界でもちゃんと乗馬ができて、しかも危なげなくランタンを持っていたことを褒めて、彼らの顔に嬉しげな照れを浮かばせる。
「今夜はほんとうにありがとう。これからもがんばってね」
「はい!」
「ハシュ先輩もゆっくりお過ごしください」
「あはは、そうさせてもらうね」
ハシュは笑いながら彼らの肩を叩く。
正面には厨房があって、幾人もの料理人が温かく美味しい料理を毎食手掛けてくれて、配膳先には給仕係の中年の女性たちが少年兵の母親代わりになってあれこれ世話し、器にたっぷりと料理を盛りつけて渡してくれる。
「まぁ、ハシュくん。久しぶりねぇ。でもやだ、ちょっと痩せたんじゃない?」
「もう。一人前の文官になったのだから忙しいのはわかるけど、ちゃんと食べなきゃ駄目よ。そんなんじゃ、故郷のお母さんが心配するわよ」
「すいません、食べてはいるんですけどねぇ……」
そう。
食欲はある。
年ごろらしく旺盛だ。
だが熱量の消費が激しいのか。ハシュは少年兵時代よりも何となくほっそりとしてしまっている。
もともと細身ではあるが、周囲にもわかるほど肉付きがないとは……。
――俺、このまま大人になっちゃうのかな……?
言われて何となく自分でも自覚のある腰回りを触っていると、器には具だくさんのスープが盛られて、とくにメインの具材である牛肉がごろりと詰め込まれる。
トゥブアン皇国は他国による侵略戦争がはじまってから無敗を誇り、軍事国家の島大陸として周辺国には認識されているが――住んでいる本人たちはいたってのんびりとしていて、牧畜国家と自称している。
広大な国土にはいくつもの牧畜地域や農産物の畑が広がっていて、とくに牛肉は国民食として親しまれ、どんな料理にでも食材として使われている。
一見して家庭的で大ざっぱな料理が多いが、それがいいのだ。
とくに騎士団では一度に大勢の騎士たちが食事を取れるよう、大きな堂に一同が介して食べるので、笑顔と会話とにぎわいの時間が何より楽しい。
それは騎士団でも、家庭でも。
トゥブアン皇国が何よりも大切にしている温かな象徴でもある。
「あとは……、ハシュくんには特別にキノコのグラタン!」
「えッ!」
つづいてトレイに乗せられる熱々のおいしそうな器に、ハシュは大きく目を開く。
これは先ほどふと思い出して、食べたいなぁ、と思っていた料理ではないか。
焦げ目がついたチーズの香りに懐かしさが込み上がり、ハシュは一瞬で虜になってしまう。
そうやって表情をかがやかせていると、
「バティアくんが言っていたのよ。この時期だったら、ハシュくんも食べたいって思うんじゃないかって」
「バティアが?」
――さすがはバティア……。
ハシュの好物をきちんと覚えていてくれて、しかも季節ごとに好む物も何となく把握しているなんて。
夕暮れ前にあったとき、夕食にリクエストがあれば伝えておくよと言われたが、そのときは食べられればなんでもいいやといったイメージしかなかったので、バティアが気を利かせてくれたのだろう。
あとで感謝しなければ、とハシュは思う。
そして……。
一度、食堂の出入り口を見やるが、バティアの姿はまだ見えない。
あまり小難しく考えなくていいからね!
そんなふうにハシュは祈ってしまう。
そのまま、ハシュは直近の教え子の来訪を心から喜び、歓迎してくれる教官や教師陣の席に招かれて座るなり、早速、乗馬用ブーツ装着不備について笑われながら言及されて、方々に謝罪する羽目になった。
おまけに手袋も未着用だったことがバレて、異口同音の説教を受けてしまう。
――だが、それも教官や教師陣にとっては余興だった。
説教が過ぎてしまえば、あとはハシュの独壇場だ。
十月騎士団の伝達係――伝書鳩による日々の奔走劇を語りはじめたら周囲も盛り上がり、
「その上官……俺の同期だ。ずいぶんとまぁ、えらそうになったなぁ」
「ハシュ。何かあって泣かされたら、私の名前を出してもいいよ。私のほうがすこし年上でね。彼の研修のときはよく面倒を見ていたんだ」
「十月騎士団の激務とは噂どおりだな。僕の同期もいる。何かあったら頼っていい。きっと喜ぶ」
とか、
「五月騎士団のあの料理は健在かな? 在籍中、僕は好きだったんだよね。あの味」
「へぇ、十月騎士団の味わいはそういう感じなのか。食べてみたかったな」
とか。
周囲は最初、自分が所属していた騎士団を途端に酷く懐かしむように口々に開き、
「しかし、十月騎士団と五月騎士団のあの距離をそんな時間で行き来できるとは。実力を見越してものを頼む上官たちも恐ろしいな」
「あの栗毛色が騎馬か。軍馬も大したものだが、ハシュの馬術の速度もまた上がってきたね。いいことだよ」
「すごいな、皇宮までの皇道も走っているのか? あそこは一切の障害がないから、全力疾走の師放題だろ? 現役のときに体験してみたかったな」
ハシュの伝書鳩としての奔走を聞いて、誰もが即座に皇都地域の地図を脳裏に浮かべて感心し、自分であればどうだろう? と、想像でハシュと競馬で競ってみる。
武官の現役時代であればハシュなど数頭馬も差をつけて離してやったが、いま、本気になった瞬間のハシュはどこまで自分と差を詰めてくるだろう?
想像するとあまりにも楽しい。
ハシュが語るたびに多くの楽しさと懐かしさを含んだにぎわいで盛り上がるので、ハシュも聞いていて楽しくなる。
けれども――。
「自分も教師になるまでは気づかなかったけど、十二月騎士団で修了を迎えてしまえば、少年兵は途端に一人前の騎士になったように面構えを変えて、あとは武官でも文官でも理想に向けて突っ走っていくからね」
「そうそう。もう子どもじゃないって、大人びて。修了した後は誰もすこしも顔を出してもくれない」
教師陣が当時少年兵だった自分と、教師として見送ってきた少年兵たちを重ねるように語りはじめる。
「自分もそうやって前しか見なかった。だから、修了すればもう十二月騎士団は過去のこと……思い出だと感じていたけど、でも教師になって、手塩にかけて育てた生徒たちが巣立ったらそれきり――というのは、思いのほか寂しいものがあるよ」
「当時の恩師たちもそんなふうに思っていたのかなと思うと、いまになって申し訳なさも浮かぶ」
「先生……」
言われてみて、ハシュも思う。
二年間の厳しい鍛錬を終え、修了して十二月騎士団を振り返るのは、懐かしさと思い出だけ。
この機会がなかったら、ハシュも尋ねようとさえ思わなかった。
なのに――。
教官や教師陣もつねに目の前の少年兵ばかりに目を向けていると思っていたのに、そんなふうに修了生たちのことも思ってくれていたとは……。
言われるまで気づきもしなかったことに、ハシュは申し訳なさそうな顔をしてしまうが、傍らの教師が苦笑しながらハシュの頭を撫でてくる。
「だから今日、ハシュからいろんな話を聞くことができて嬉しかったし、育てた買いがあったと実感もできたよ。――ありがとう、ハシュ」
「そ、そんな。俺のほうこそ実りのある話もしたかったのですが、その……実るどころか、日々をやりきるのが精いっぱいで」
こういうとき、すこしは成長しました、と胸を張って伝える何かがあったらいいのに。
ハシュは思う。
だが、
「たった三ヵ月で何を成す? そういうのを無理な背伸びと言うんだ」
「でも……」
語る日々の奔走劇を楽しんで? もらえたのはよかったが、背伸びと言われても、やっぱり見栄えのいい話くらいはしてみたかった。
ほんのすこし、しゅん、としてしまうと、
「そういえば、ハシュ。さっき剣技の六月騎士団に転属できるよう、徒弟制度を使って通っているって言っていたな」
「はい」
「師は誰だ?」
「え……っと、五歳ほど年上の方で、名前は――」
「へぇ、あいつか」
名を告げると、剣技を専門に指導する教官たちが記憶を掘り出して納得し合う。
そう――。
ハシュは心情的に文官である十月騎士団も悪くはないと思えるようになってきたが、根本にはまだ武官である剣技の六月騎士団への憧れを忘れることができない。
そのため、年に二度ほど開催される、他の騎士団から転属できるよう実技試験を受けるために徒弟制度を申請し、六月騎士団の武官から直截指導してもらい、剣技向上のため通ってはいるのだが……。
「最近はご指導していただく先輩には申し訳ないのですが、うまく非番の時間も使えなくて……」
最初のころは寝る暇も惜しんでがむしゃらに通った。
でも、すぐに無理が祟って疲労は溜まるし、伝書鳩の激務に疲れ果てて寝てしまうと、非番の日は昼間で寝てしまっている。
それに――。
「俺……」
ハシュの同期は近年稀に見る、将来有望の化け物揃いの剣技の才を持った者が揃いに揃い、ほとんどが六月騎士団へと入団し、日々、少年兵のころとは比べものにならない剣技の鍛錬に明け暮れている。
できることなら、ハシュもその一団に混ざり、剣技の鍛錬に励みたかった。
――でも、自分は……。
そんなふうに切なげに彼らを見ていると、剣技は勿論、体格や風格も少年期から青年期へと確実に転じてきている実感があるし、久しぶりにとなりに並んでみたら、完全に肩の高さが異なっていた。
ハシュだってがんばって時間があれば剣を握り、鍛錬し、食事だって旺盛に食べているのに、背丈も体格もハシュは追いつけない。
同期たちも悪気がないのはわかるが、ハシュを見るたびに「細くなったな」とか「ずいぶんと文官らしさが板についてきたな」と言ってくる。
そうやって確実に引き離された差が距離ほども変わってしまい、徒弟制度で剣技を指導してくれる武官にも、
――そのままじゃ、体格審査で落とされるぞ。
と、容赦なく言われる始末。
さすがにその夜は堪えきれず、ハシュは泣いて過ごした。
だから……。
そうやって確実に剣技の才を咲かせる彼らだったら、またちがう話で教官や教師陣を楽しませることもできただろうに。――そう思えてしまう。
せっかく周囲が話題を変えてくれたのに、かえって落ち込む羽目になるなんて……。
彼らと自分を比べてしまい、ハシュはさらに、しゅん、としてしまうが、
「ハシュはいつもそうだ。すぐに差を見つけてうなだれる。――悪い癖だぞ」
「す、すいません……」
「でも、ハシュも大したものじゃないか。夕暮れ前にバティアが連れていたお散歩の隊列に遭遇したときの話、聞かせてもらったぞ」
「……へ?」
「あの子たちが帰ってきたとき、ずいぶんとはしゃいでいたんだ。とんでもなく華麗に騎馬をあやつる文官の先輩にお会いして、馬術の心得も教えてもらったんだって」
「え、いや、そんな……ッ」
確かに馬術の心得は、いちばん乗馬に不慣れで気弱な新入生に直截指導した。
自分の騎馬である栗毛色にも「すこしだけカッコつけて」と言って、多少は見栄えよく歩行させたが、華麗にあつかうシーンなどあっただろうか?
う~ん? とハシュは首をかしげてしまう。
その経緯もあって、お散歩から帰ってきた新入生たちがハシュと過ごしたひとときを感極まって話したものだから、直近の先輩のなかではいちばん人気のハシュへの憧れがさらに強まった。
加えて、十二月騎士団団長が急きょ編制した、上級生によるランタン騎馬隊を従えて帰還するものだから、熱烈な大歓迎の余韻はいまも冷めていない。
寮ではいまごろ、ハシュについて誰もが熱心に感動を語っているにちがいないと教師陣が言うものだから、ハシュは青ざめるべきか、真っ赤になるべきか、迷ってしまう。
――えっとぉ……。
――喜んでくれるのはいいけど、大丈夫? 美化していない?
憧れと実物はちがった、と後で落胆されたらどうしよう?
思うだけでハシュはかえって不安になって、怯えてしまう。
そうやって会話ごとに表情を変えるハシュを教官や教師陣は優しい眼差しで見やる。
誰もが口に出して言わないが、確かにハシュは文官らしくほっそりとしてきたし、剣技においても才能がないわけではないが、実力主義の六月騎士団とは残念だが縁はつづかないだろう。
むしろ、騎馬隊で構成される八月騎士団のほうがハシュの転属を一層熱望してくるにちがいない。
――せっかく、とんでもない才能が開花したというのに。
ハシュにその気がないのが惜しまれる。
できることなら教え子の未来は望みのとおりに……と願ってしまうが、こればかりは運命の廻りというものがあるので、教官や教師陣の悩みも尽きなかった。




