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蒼月のエクリプス ~新人伝書鳩ハシュ、二日以内に“クレイドル”を探せ⁉~(改稿中)  作者: あずま ろく
「ふむ、クレイドルか。わしもたくさんの生徒を見てきたからのう」
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ハシュに誓う誠実な想い

「バティアはクレイドルさんに……団長にお会いしたことはある?」


 ハシュは尋ねてみるが、バティアは力なく頭を振るだけ。

 だが、まったくの否定ではないのか、やや何かを思うように首をかるくかたむけ、


「――一度だけ。俺が十二月騎士団団長を拝命した就任式で」

「どんな方だった? 武官だから大柄な人? それとも優しそうな人?」


 探していた「クレイドル」に関して、ハシュ個人が興味を持って面会を求めるわけではないのだが、ここまで来たのだ。会えるものなら会ってみたいと、そんなふうに思う気持ちは強くなってくる。

 せめてどんな方なのか……。

 できる範囲でいいから特徴を聞こうと思って尋ねるが、これには今度こそ完全に否定するようにバティアは申し訳なさそうに頭を振ってくる。


「お会いしたのは確かだけど、直截向かって対面はしていないんだ。就任式に列席されていて。席次からそうだと思われた」


 その就任式がどのようなものだったのか、残念ながらハシュは目にすることができなかったので想像するしかないが、きっと華々しく、盛装で着飾った団長位たちもさぞや見栄えがあったのだろうと思われる。


 ――ま……。


 そのなかには当然、ハシュをいまも苦しめている四月騎士団団長も列席していただろうが、彼が盛装で着飾る姿はとてもではないが想像がつかない。――訂正、したくもない。

 せいぜい、特徴的なひとつである黒縁眼鏡を新調したか、あるいは七三分けの髪形をわずかに変えたか。そのていどだろうと、結局は想像してしまう。

 ハシュは意識が変な方向に反れて思わず笑ってしまったが、バティアはかるく「?」と思いながらつづける。


「二月騎士団は武官の騎士団だけど、クレイドル団長は……そうだね、ごく平均的などこかしなやかな印象がおありだった。髪は長くて」

「それで?」

「でも、仮面をつけていたのでお顔はわからなかった。ずっと黙されていたのでお声も……。凛とした雰囲気がおありだったので、きっと物静かな方かもしれないね」

「仮面……」

「二月騎士団はとにかく唯一皇帝の身辺警護のため影に徹する。そのため、個人を面と向かって出すことはほとんどないと言われているから、素性隠しのために仮面をつけているのかもしれない」

「……」


 それだけのことで「会った」というのもどうだろう?

 どちらかというと「見た」に留まる外見的な印象で、バティアもあまり多くは語れない。

 なので、バティアにわかる最低限の情報はここで途切れてしまった。

 確かにバティアはハシュの望みどおりに答えてくれたが、末席とはいえおなじ団長位のバティアでさえ口にすることを迷ったのだ。これでは権限がないと言って口を閉じてしまった学長の立場……その明確さもよくわかる。

 それほどまでに二月騎士団は他の騎士団とは異なり、秘匿性があるのだ。


「じゃあ、クレイドル団長にお会いするには……」

「皇宮では御用門から先のすべては四月騎士団に権限がある。ロワ団長を通さなければ進みようがない」

「そ……んな……」


 ほんとうにこれは、どのように捉えればいいのだろう?

 四月騎士団団長のすぐそばに、彼が連れてこいと言った相手がいるというのに……。


「でも、不思議だよね。ふり返ればクレイドル団長はすぐそこにいらっしゃるのに、どうして十月騎士団の伝達係であるハシュにお連れするよう依頼するんだろう?」


 まだ事を詳しく知らないバティアは疑問に思う。

 上辺だけしか聞いていないが、この遠回りの依頼は何かがおかしい。

 おかしすぎる――。


「あ……」


 その傍らで、ハシュは今度こそ脳内が完全に混乱してしまい、立つほどの気力がなくなってその場に崩れ落ちてしまう。


「ハシュ!」


 咄嗟に手を伸ばしたバティアが支えてくれたので、ハシュは大事に至らなかった。だが、どうしても立っていられない。貧血とはちがう脱力に足腰が萎えて立つことができない。


「バティア……」

「うん、このままソファに座って。――ごめん、ハシュ。立ったまま話をつづけてしまって。ハシュは今日たくさん動いてくたくたなのに」

「う……ううん……」


 そうではないのだ、とハシュは頭を振るが、ハシュがいま立つことも困難になったのはこれまでの疲労ではなく、話の内容に動揺してのことだとバティアも見抜いていたので、あえて疲労を理由にさせてソファにゆっくりと座らせてくれる。

 学長も心配して、ハシュに新しく温かなお茶を用意してくれる。

 ふたりの配慮にハシュは微笑するが、そこに力はなく、顔色は悪いままだった。


 ――ほんとうに、オルク兄さんのカードのままだ……。


 ハシュは手にするカップで指先を温めながら、ほんのすこしだけお茶をひと口飲む。

 思い出すのは実兄と同時にめくった、最初カードの絵柄。


 ――ハシュがめくったカードは、テラスに出ている人物。


 だが見えるのは人影だけで、絵柄の人物とハシュの間には風に吹かれて揺れているカーテンがあって、人物が誰なのか、男女の区別もつかない。

 一方。


 ――実兄のオルクがめくったカードの絵柄は、豪奢な扇子で顔を隠している青年。


 これは絵柄そのままで、彼の周囲には数本の杖のような、剣のようなものが守護なのか壁なのかを演出するように立ち並んでいる。

 一方は姿を見せることはない。

 一方は姿を見せるつもりがない。

 実兄の占術がぴたりと当たる正確さは賛辞に値するが、その占いさえ知らないバティアにこうも現実的なことを言われてしまうと受けるショックの度合いも変わってしまう。

 十二月騎士団団長であるバティアが言いきった以上、ハシュはもう答えが出た「クレイドル」には近づくことも叶わない。

 無理を通して行こうものなら不敬云々、あの優しい一月騎士団の衛兵たちに今度は問答無用で取り押さえられて……ハシュは上官呼び出しの上、良くて厳重注意の処遇を受けるだろう。

 背後にあの七三黒縁眼鏡鬼畜がいる以上、それで済むのかは皆無だが……。


「な……んで、俺、こんな目に遭うんだろう……?」

「ハシュ……」

「俺、あの人に何かした? 今日はじめて会ったのに、何で……」


 ハシュは知らずのうちにガタガタと身体を震わせる。

 実兄は最後に「ハシュは何かを試されている」と言ったが、こんな仕打ちを受けて、新人文官苛めを受けて、その上、ハシュの何を知りたがり、計ろうというのか。

 さすがに泣きたくなってきた。

 ハシュはうつむいて思いきり唇を噛む。下唇に痛みを感じても歯を話すことができなかった。


「ハシュ……」


 見かねたバティアがソファに座るハシュの傍らで片膝をつき、震えるハシュの手を取って心配そうに顔を覗きこんでくる。


「ごめん、ハシュ。その……」


 事情もわからぬままハシュの抱える心情を二の次にして、問われたことだけを現実的に返しただけで。

 それがどれだけハシュにショックを与えてしまったのか……。

 バティアは自身の配慮不足を詫びるような表情を向けてくるが、ハシュはどうにか微笑んで頭を振る。

 これに関してバティアは無関係だ。

 こんな呆れた意地悪に巻き込みたくはない。

 そんな顔をして、自分を責めるように宥めようとしなくたっていい。

 今日は何度もこんな目に遭ってきたから、ハシュはもう慣れた。

 そう思ってはいるが……。

 腹立たしさよりも、この件に奔走して翻弄された自分はいったい何なんだろう? そんなふうに心に大きな穴がぽっかりと開いて、脱力感が止まらない。


「俺……、それでも四月騎士団団長にクレイドル団長にお伝えしたいことがあるから会わせてくださいって、そう言えばいいのかな……?」


 それとも覆しようのないからくりにあきらめをつけて「無理でした」と言って、あの七三黒縁眼鏡鬼畜に低頭して詫びれば、この馬鹿げた人探しから解放されるのだろうか?

 それでもハシュは、ここまでどうにかがんばった。

 探し人を知るバティアによって、答えを得ることができたのだ。

 最初は鼻を明かしてやろうと負けん気を奮い立たせたが、この脱力感にそれを流してもいいだろうか?

 彼はハシュにあきらめることを許してくれるだろうか――?


 ――何か、疲れた。


 今度こそ、やる気が削げる。

 ハシュは途端に目を閉じたくなったが、そんなときだった――。

 ハシュの手を取っていたバティアが何かを決意したようにハシュの手を強く握り、そのまま自身の額にハシュの手を……甲を当てる。

 ハシュの手の甲に、バティアの熱が直截伝わった。

 それはあまりにも自然なしぐさだったので、ハシュは最初ぽかんとしてしまったが、


「ハシュ。きみが望むのなら、いつもの笑顔でいられるよう、かがやきの導きがハシュに訪れるよう俺が考えるよ。だから――泣かないで」

「バティア……」

「俺個人で動ける力はないけれど、十二月騎士団団長として微細でも力になる可能性があるのなら、俺は――」


 言って、バティアが自分の額になお強くハシュの手の甲を押し当てる。

 トゥブアン皇国における騎士の――相手への誓いは、その人物の前で片膝をつき、誠心誠意を込めて相手の手を取って自分の額に誓う相手の手の甲を当てること。

 騎士として嘘偽りのない心を表し、誓いを述べるときの姿勢だった。


「この身に何が起きようと、ハシュ――きみに誓うよ。かならず護るから」

「……」


 バティアが目を閉じ、誠心誠意をハシュに向ける。


「バティア……」


 文官とはいえ、ハシュも騎士だ。

 そしてこの作法も少年兵のときに習っているので、よく知っている。

 だから無関係のバティアが自身の心痛のようにハシュが抱えるものを受け止めて、心底協力すると誓ってくれることは嬉しいし、こんなにも頼りがいのある唯一無二の親友がバティアであることにハシュはこれ以上ない喜びを感じるが……。

 でも……。

 この騎士の最上級の作法で誠心誠意を伝えられるのは――。

 確か、通常で用いられるときは武官であれ、文官であれ、騎士である男性が意中の女性、あるいはそれに近しい相手に対して想いを伝え、誓いを述べるときが多い。

 互いの友情や、心底困っている相手に協力的な姿勢を見せるときには……あまり用いることのない……はず。


「バティア……」


 ハシュは何だか気恥ずかしくなって、手を反射的にひっこめようとしたが、心底ハシュのためだけに力になりたいと誓うバティアがそれを許さない。

 それどころか、――逃がさない。

 それほどまでに強い意志を伝えるように、バティアが一層強く捉える手を自身に額に押し当ててくる。

 そして――。


「ハシュ……」


 もうすこしこのままでいさせてほしい。

 まるで甘く懇願されるように名前をささやかれてしまい、ハシュはそれまで脱力していた身体を途端に緊張でぴくりと正してしまい、浮かぬ顔色を瞬間的に沸騰させてしまうように顔を赤らめてしまう。

 その姿勢だけでも充分に恥ずかしくなってきたというのに、


「ハシュ、俺は……」


 何かを小さくつぶやいて、あろうことか額に当てていたハシュの手の甲に今度は自身の唇を当ててくるので、ハシュの心臓は途端に限界まで跳ね上がってしまう!


 ――どひゃあああああッ!


 ハシュは刹那、あまりの動揺で左目もとにあるほくろがどこかに弾け飛んでしまったような感覚に陥った。

 額に手の甲を当てて誠心誠意を誓うのはまだわかる。

 バティアはそれくらいにハシュに誠実なのだ。


 ――が!


「バッ、バティア! そ、そ、そそそ、それは……ッ」


 手の甲に唇を当てるしぐさは、もうちがう!

 それでは完全に意味合いが異なってくる!

 ハシュが知るかぎり、片膝をつく騎士が相手の手の甲に唇を当てるのは、求――ッ!


 ――バティアッ! 作法まちがえているよッ!

 ――これって、結……ッ!


 ハシュは「もう無理ッ!」「離してッ!」と羞恥と緊張と動揺でとにかく手をぶんぶんと振り回すが、それでもバティアはハシュに誓う心が強いのか離してくれない。

 それになお心臓の鼓動が跳ねるので、ハシュはどうにかして抑えようと、もう片方の手で軍装の胸もとを思いきり握りしめてしまう。


「バティア! うん、ありがとう! でも、バティアがそこまで真剣になる必要はないから! これは俺の問題だからッ!」

「でも……」

「い、いや、こういう場合は、でも、とかそういう問題じゃなくて!」


 ――先生ッ、助けてッ!


 と思い、ハシュは自分たちの向かいのソファに腰を下ろしたままの学長を見て援護要請を視線で送ったが、少年兵を育成する十二月騎士団に長く座する老爺にとってこれは思わぬ余興にも見えるのか、「うん、うん」と楽しそうにうなずいてくるだけ。

 ありていに言えば、おもしろがられている。

 にやにやとする学長の笑みに、ハシュはもう耐えきれず、全身から羞恥の紅潮を爆発させてしまう。


「バティア! お願いッ! 俺、もう無理ッ、もう離してッ!」

「ハシュ――」

「あ……――ッ、言っておくけど、バティアが嫌いとか、そう言うんじゃないからね! ただ、この姿勢は、その……ッ」

「……?」


 こういったしぐさには、恋や性に関する事柄にはあまりにも免疫がなさすぎるハシュにはどうしたらいいのかわからない羞恥がありすぎて、耐えきれないのだ。


「ハシュ……、あ」


 ここにきて、ようやくバティアもハシュを護ると誓うがゆえに多少早まった作法をしてしまったことに気がついて、見る見るうちに顔を真っ赤にしていってしまう。

 金髪碧眼の美少年の照れは、年ごろの女性が見ればひとたまりもない破壊力があった。


「ご、ごめんッ、ハシュ。その、えっと、変なつもりは……」

「うん、うん、うん、うん!」


 バティアがようやく手を放してくれる最中に謝ろうとしてくるが、ハシュは「もう何も言わないで」と言いたげに、とにかくうなずいてこの場を終わらせようとする。

 互いの目が合ったとき、ハシュはバティアの碧眼から秘かに熱く揺れるようなものを見たような気がしたが、それが何なのかはわからなかった。

 ただ……。


 ――バティアってときどき、思いきり明後日の方向に向かうよね。


 いつもはしっかりとしていて、思いやりがあって、思慮深くて、掛け値なしに優しくて甘いのに。

 何かをこうだと思い、目標にしてしまうと、ハシュとは異なった方向性で猪突猛進になるところがあるのだ。

 ハシュとバティア。

 互いに顔を真っ赤にしながら、親友でありながらときどき見事に噛み合わないようすを見せるふたりに学長は思う。


 ――若者とはこうでなくては。


 トゥブアン皇国は悲しいことに戦禍が絶えない。

 ゆえに国を支える若者にあるのは、どの時代も前途多難だった。

 だからこそ、こんなふうに小さな事柄でもいい。未来に明るいものを感じさせるふたりの初心なやりとりに学長は微笑まずにはいられなかった。

 そして……。

 ハシュの手を離したバティアは、まだ自身の手に残るハシュの温もりを想い、その指先をそっと自身の唇に押し当てるのだった――。

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