「クレイドル」なる人物はバティアが知っている?
「学長、――これはいったい……?」
突然、同席を求められるようなしぐさを受けて、バティアはハシュと学長、それぞれを見やる。
じつを言うと、いま、この場で頭がいちばん混乱しているのはバティアだった。
ハシュの来訪目的である学長との話が終わったころ合いを見計らって、一緒に夕食を食べようと誘うため、学長の公室の前で待っていたのはいいが……今夜来訪した十月騎士団の伝達係が十二月騎士団団長に尋ねることがある、そんなふうに紹介されても当初ハシュは、その団長である自分に今回用向きはないと言っていた。
なのに、そのハシュが自分に尋ねたいことがあるなんて……。
――ふたりはいったい、何を話していたのだろう?
バティアが心中で思う疑問はまた、ハシュにとってもおなじように怪訝に思うものがあった。
ハシュは学長に尋ねたいことがあって聞いているというのに、学長はバティアに尋ねよと、そんなふうに話を変えてきた。
そんなことを言われてもバティアにこの件を口にしたことはないし、トゥブアン皇国にある十二の騎士団のおなじ団長格とはいえ、バティアがあの七三黒縁眼鏡鬼畜を詳細に知るほど交流が――むしろ、汚されるからバティアは近づかないでッ!――あるとも思えない。
「先生……」
バティアに尋ねよとは、何を尋ねればいいのか。
ハシュが心底困惑しながら学長に視線を向けると、
「わしに聞いたことを、そのままバティアに聞いてみなさい」
「え……?」
などと促してくるが、その意図が掴めない。
多くの事柄を円滑に進められそうな学長でさえ権限という壁に遮られ、ハシュを前にあと一歩のところで口を塞いでしまったのだ。
学長にそのような態度を取られたら、ハシュにはもう成す術がないというのに、
――バティアにはその壁がない?
できることならバティアを巻き込みたくはない。
ハシュはそんなふうに思って何度も戸惑ったが、「こうなったら……ッ」と覚悟をきめてソファから立ち上がり、バティアに向かって姿勢を正した。
学長はいまほど、ハシュのことを十月騎士団の伝達係と紹介し、十二月騎士団団長に尋ねよと言った。ならば――互いに親友同士ではあるが、団長を相手にするのなら礼節は必要だと判断し、ハシュは一礼する。
がんばって作るきりっとした目つきに、きりっとした左目もとのほくろ。
ハシュはその眼差しでバティを見やりながら、
「――十二月騎士団団長におかれましては、先ほどは格別なご配慮と歓迎をいただきまして、誠にありがとうございます」
「ハシュ、そんな……」
改まって感謝を伝えてくるハシュに、バティアはその必要はないよと伝えたかったが、いま、自分に向かうハシュが親友としてではなく、十月騎士団の伝達係として向かっているのだと察し、こちらも団長として姿勢を正す。
「こちらこそ無事にご案内できたこと、誇りに思います」
「はい。――お忙しいところ恐縮ではございますが、バティア団長には是非ともお伺いしたいことがございまして、このままお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
バティアはハシュが何を尋ねたいのかが、わからない。
ハシュはバティアが何を知っているのかが、わからない。
それでも、
「……お答えできるかぎりであれば」
いまのバティアにはこれ以外に言いようがない。
互いにどんな話し合いになるのか見当もつかず、だが、うまくいくようにと祈るような気持ちで――ハシュから口を開く。
「自分はいま、皇宮の四月騎士団団長より命を賜りまして、クレイドルと御名を持ちます方を探しております。伝書鳩……じゃない、伝達係としては恥ずかしいかぎりなのですが、自分はその方を存じ上げず、所在を知る方を探しております」
「クレイドル……?」
突然出てきた名前に、バティアはわずかに眉を寄せる。
咄嗟にいちばん身近にいた自分たちの同期の顔や名前を思い浮かべるが、これに該当する者はいない。
だいたい、同期に該当者がいればハシュが誰かに尋ねるということはない。
では、誰だろう?
バティアは早くも思考を迷走しかけたが、
「四月騎士団団長がその方に会いたいと仰せに?」
「はい。四月騎士団団長はお忙しいごようすでしたので――いいや、そんなことないからね! 窓辺で腕組んでふんぞり返っていただけだけど!――、お名前しか伺うことでできませんでした」
「……クレイドル……」
四月騎士団団長と、クレイドル。
この両名にすくなからず接点がありそうな気が……と、バティアはできるかぎりの記憶を巡らせる。
それが表情に現れたので、ハシュは見逃さず、これまで尋ね方によって返答を得るのに失敗した経験を反省しながら、
「クレイドルさんを四月騎士団団長の執務室までお連れするまで、二日ほど猶予をいただきました。いただけたお時間から推測するに、クレイドルさんは近しい相手、懇意なお方だと思われます。ですが、どうしてもその先に進める情報を得ることができなくて……」
「……」
「もし、バティア団長にお心あたりがございましたら、大変恐縮ではございますがご紹介いただけたらと思います」
「……クレイドル――」
ハシュはもう一度祈りを込めるように頭を下げる。
バティアが何度も「クレイドル」とつぶやいた声音には、まったく初見相手の名前でもないようすがあった。
きっと――。
バティアもいま、脳裏で該当する顔ぶれを思い浮かべて取捨しているのだろう。できることならそのすべてが該当外という結果にはならないでほしい。
ハシュはバティアのようすを見るのがどんどんと怖くなって、ぎゅっと目を閉じてしまう。
そのバティアはというと、
「……ひょっとすると」
ハシュに展望をもたらすつぶやきを口にした。
――え……?
もしかすると、記憶のなかからひとりを絞り込むことができたのだろうか。
誰かを強く思い浮かべ、きっと彼のことだろうとバティアなりに確信するようすがあった。
だが……。
バティアもまたすぐには答えようとはせず、向かい合うハシュではなく、なぜか自分たちのやりとりを黙して見ている学長にその視線を向けてしまう。
そのタイミングでハシュが目を開けて見やると、自分が思い浮かべた人物が合っているのかどうかを学長と答え合わせをするのではなく、バティアさえ自分から口にしていいのかと迷う気配を出して、その判断を学長に問うている。そんなようすがあった。
ハシュはそのふたりを見て、不安に顔色が変わりそうになってきた。
――学長は、自分では答える権限がないと言ってきた。
――その学長が思い浮かべた同一人物に、どうやらバティアも辿り着いたようすだった。
でも……。
――それを口にしていいものかどうか、明らかに迷っている。
先ほどから権限という言葉が出ているが、これに関して言えば、トゥブアン皇国にある十二の騎士団のなかでは末席になるが、それでも最高位の団長職に就いているバティアを権限で阻むものはほとんど存在しない。
実際、少年兵を育成する十二月騎士団を三ヵ月前に修了したばかりの新人団長に、他の正式な騎士団で団長職を賜る彼らと何もかもが同等ではないにせよ、それでもバティアにも多くの権限が有されている。
――そのバティアさえ迂闊に口に出せないなんて……。




