平時こそ万全に 明かされる四月騎士団団長の執着
「ロワくんの時代も海戦は尽きなかった。とくに幼少時に頻発した大海戦で父と兄を失い、苦労をしてきてな」
きっと、そのときに自分なりの思想に辿り着いたのだろう。
「彼はとにかく人材の適材適所に固執するようになって、少年兵時代は国政や人事権についてとにかく学ぼうと聞いてきたものじゃ」
「適材適所……ですか?」
そう言えば……。
誰かがそれを口にして、四月騎士団団長の公平さだけはまちがいないと褒めていたような気がする。
そう。確か実兄のオルクも似たようなことを言っていた。
だがハシュには、褒めるだけの価値の視点がまったくわからない。
困惑してしまうと、学長がやんわりと笑み、
「被害や悲痛を知るからこそ、誰をどこに配せばそれが最小限に止まるのか。それを見極め、人を動かすには何が必要なのか。ロワくんは文官気質のなかでも特異性が強くてな」
「……」
当時よりトゥブアン皇国にある十二の騎士団に一極集中につながる人材や派閥は存在こそしなかったが、上に立つ者が真の適材適所として立っているのか――よくこれを疑問視し、気になればすぐに相手を注視するのが四月騎士団団長……ロワ少年兵のもっとも慧眼で、もっとも厄介な目の付け所とされていた。
そして――。
新人文官として五月騎士団に入団したのはいいが、目をつけた本人の意向に沿わなくても「貴様の本質はこうだ」と見抜けばすぐに人事権を持つ十月騎士団に出向いて口出しし、それが奇妙なところで「当たり」を続発させるものだから、文官の上層部たちには一目置かれて、下手をすれば破格の出世で国政のトップである五月騎士団団長の座にも手が届くところまで登りつめたのだが……。
――目的のための野心が凄まじく、少々手に負えなくなってきている。
結果を出す評価と性格が見事なほど真逆のため、周囲が手回しし、国事、国政、軍事のすべてに権限を持たない、皇宮の四月騎士団へと急きょ転属になったのだという。
そのときはまだ団長の役職に就くことはなかったが、気がつけばもう団長に就任。影の人事決定者と揶揄されるほど、窓辺に寄りかかって腕を組む姿がさまになっている。
しかも権限を取り上げられたにも関わらず、彼は関わることができないことを逆手にとって、「何、戯言だと思って、ありがたく聞くがいい」とこの上ない唯我を露わにする始末。
彼を御する者がいない十月騎士団はしばらく四月騎士団団長を天敵あつかいし、一時期、十月騎士団団長は頻繁に入れ替わったというから、これにはおどろきよりも理解と当時の上官たちへの同情の念しか浮かばない。
――と、言うより……。
ハシュとしては、
――てっきり知られざる苦労話を聞かされると思って、ロワ少年兵への同情の準備もしていたのに……。
苦労話よ、どこへ行った?
いや、そもそもあの人にそんな話は存在しないのか?
そうとしか感想が浮かばないし、むしろ「伝書鳩ごときの同情が何の気休めになる?」と、こちらを平然と見下す笑い声しか聞こえてこない。
ハシュは思わず耳を塞いでしまう。
こういう場合、
――修羅場をくぐってきた数がちがう。
という言葉が相場だというのに、あの人の場合は、
――相手に修羅場をくぐらせた数がちがう。
こうだものなぁ……。
こんな言葉聞いたこともない。
これでは新人文官の伝書鳩ごときでは敵うわけがない。
ハシュはげんなりとしてしまう。
「――だからじゃろう。ハシュの、国の大事は十二ある騎士団の団長が集って評議し決定すればいいという考えは、ロワくんがもっと嫌う一極集中にほかならない」
「それは……」
「話に加わらなかったことで適材適所の才覚が計れず、芽吹く機会を損ねる。誰であろうと意見と見識はつねに広く――彼はそう思っている」
「……」
そうやって大であれ、小であれ、新人であろうと退官手前だろうと目につけばすぐに試し、何が適切なのかを計っているのだという。
そう言われればわかる気もするが、いや、でも……。
ハシュはどうにかして呑み込もうとするが、何も知らず目をつけられた被害者のほうも考えてほしいと思う気持ちがまだ勝る。
そんなハシュに学長も何度かうなずきながら、
「いまは平時だからハシュも実感はないじゃろう。だが――」
――ひとたび国情が一変し、戦時を迎えたらどうする?
――誰もが真っ先に海軍騎士の七月騎士団が軍船団を編制し、敵国軍船団を海洋で撃破するため、出撃すると思うだろう。
――だが、それが迅速に行えるためには、その出撃準備はいつから行っておけばいい?
――それは七月騎士団だけが綿密に計画していれば済むことなのか?
――彼らを支えるかの騎士団や国民は、いつからそれに助力していれば七月騎士団が動けるようなる?
――状況とつぎの指示、誰がそのつど迅速に判断する?
――誰がそれを国府や「決断の長」に知らせる?
――万が一、状況不利のとき、国土防衛にはどの武官騎士団を中心に動かせばいい?
――その決定は誰が行い、誰が伝え、誰が指揮を執る?
突然、学長が豹変したようにつぎからつぎへとハシュに即答を求めるように質問をしてくるが、どれに対してもハシュは即座に明確な答えを発することができない。
頭のなかでは各騎士団が担うべき役割と構図をどうにかして浮かばせるが、考えはまったくまとまらない。
ハシュの表情はどんどんと困惑していくが、学長の口は止まらない。
――海戦において七月騎士団が所有する軍船というものは、つねに失われる。
――造船建造の匠である九月騎士団は、いつからそれに不足が起きないよう建造をしつづければいい? 建材調達は? 肝心の大工としての腕前はいつから養っていればいい?
――軍船を失うということは、一度に多くの海軍騎士を失うことになる。
「……ッ」
――その人材、即戦力の供給はどうする?
――不安定になる国内を安定させるには、武官と文官、どちらが正しく機能する?
――どのような国政をつづけていれば、国民の不安を最小限に抑えることができる?
「そ……」
――その間にも、一人前の「騎士」となるべく修練と教育が必要な十二月騎士団の少年兵はどうあつかえばいい?
――あくまで門の内側で教育をつづけるべきか?
――それとも、現場を直截みせて、体験させて学ばせるべきか?
――その少年兵たちにも万が一あれば、誰がこのトゥブアン皇国の未来を護ることができる?
「え……えっと……」
「――これらすべてを回避する術があるとすれば、誰が何を行えば、未来永劫つづくだろうと思われる他国からの侵略戦争を食い止めることができる?」
「……そ、それは……」
矢継ぎ早に問われるが、ハシュはまったく口が動かない。
真剣に考え、答えなければ……。
そう思うのに考えれば考えるほど思考が真っ白になり、顔が強張って、ハシュは心なしか呼吸が浅く速くなっていく。
額にはうっすらと汗さえ浮かびはじめていた。
「もし明日……あらゆる武官の騎士団が壊滅状態に陥り、残る文官の騎士団だけでトゥブアン皇国を全力で護らなければならないとしたら、誰がどこにいれば正常に動く? ――ハシュはどこに立っていれば、おのずと動くことができる?」
「そ、それは……」
考えたこともないから、即答などできるはずもない。
学長の問い方はあくまでも彼の気質のまま温和だったが、相手に息をさせる暇も与えない、この問い詰め方は誰かを酷く彷彿させる。
いや……。
温和に問われるほうが、一問も答えられない現実の情けなさに重みが増して息苦しくなる。
ハシュは落ち着かない呼吸をくり返すだけで、ソファに座ったまま完全に沈黙してしまう。
「ロワくんが上級生になったころは、こんなふうに教師陣たちと毎晩問答し合ったものじゃ。即答できなければ……」
――貴様ら教育者は、ほんとうに未来を養う気があるのか?
「などと、平然と口を叩いてきてな。わしらもさせるものかと、ずいぶんと頭も口も動かしたものじゃよ」
「……」
「何とも子憎たらしいと思ったこともあったが、やり合うほど楽しくもなった。――いい思い出じゃ」
「先生……」
「すまんの、ハシュ。急にあのころのように口を動かして」
「い、いえ……」
――だから、だろうか?
ハシュの国政に対する安易な考えと、深く興味を持っていないそのものを愚論として、その姿勢が少年兵を育成する十二月騎士団の現状だと危惧し、事態を由々しきと判断して、教育現場の師意識再確認をするため、学長を呼びつける事態にまで発展したのだろうか……?
ハシュの理論が同世代たちの発想だと思い、それでは国が立ち行かぬと判断し、案じたがゆえの――。
――俺、ひとつも答えられなかった……。
ハシュはまったく太刀打ちができずに真っ青になる。
この理論が正論であれば、自分はあまりにも不勉強で愚かだ。
日々、書類を求めて皇都地域を奔走することに辟易する十七歳がいれば、十二月騎士団の教師陣の頭脳をとことん追い込む十六歳もいたなんて。
「先生も、俺の意見はまちがっていると……思いますか?」
ようやくのことで口が動くようになった。
この学長に自分を否定されるのは辛いので、思わず問うてしまうと、
「何がどのように正しいのかは、まずそれを考えた本人が動いてみることじゃ。うまくいくこともあれば、そうではないときもあるじゃろう。最初から思考と視野を狭める二択は、できれば考えてほしくはない」
「……」
「それはハシュが自ら学ぶことであって、すぐに答えを……誰かの考えを正論だと思って沿う必要もない」
「……」
「ハシュは、ハシュらしい視線で物事を見るがいい」
同意的なようで、否定的なようで。
学長がそのように論じてしまうと、何もかもが一方的のように思えた四月騎士団団長の本来が苦悩を背負っているように思えて、ハシュは何とも言えない気持ちになってしまう。
ハシュとしてはあの七三黒縁眼鏡鬼畜の非道に巻き込まれて、学長には謝るしかなく、最悪な印象を散々に伝えたかった。
でも……。
こうして話を聞かされると、どうして他人にそう思われようと貫くものがあるのか、なぜか彼の口からとことんそれを聞いてしまいたくなる。
きっと同意は難しいが、それでも彼に対する印象も変わり、ハシュもすこしだけまともに答えられるようになるかもしれない。
……ん? ちょっと待って。
――いま俺……ッ、何て恐ろしいことを!
どうして唐突に四月騎士団団長に興味を持つなんて!
これこそ由々しき事態だ!
ハシュはあわてて頭を振るが、学長からそれらを聞くと不思議に興味につながってしまう。
それはきっと――学長が四月騎士団団長のことをずいぶんと気に入っているようすがあるから、それが別角度の人となりとして聞こえて、そう思わせるのかもしれない。
散々に手も焼いたが、いい思い出として残る教え子だ――と。
恩師にそれを言わせるのは、どこか羨ましい気もする。
「――それに」
「それに?」
「わしを呼びつけたのも、もともと用があってのことじゃろう。だが、普通に呼んでもつまらない。そこにたまたまハシュが現れた。伝書鳩を使ってわしをおもしろおかしく呼びつけよう、そう思っただけのことじゃろう」
「……」
優しく、温和で、包容力があって、思慮深くて、導きの師であって。
そんな学長に言われてしまうと不思議と納得もいくが、
――その統括で通るんですか? 俺の苦労は……。
そうとも知らず、好めない夜の世界を懸命に進もうとして、ハシュの身を案じてくれた多くの者がランタン騎馬隊を編制してまで迎えに来てくれたというのに……。
これではほんとうに手のひらで踊らされた、間抜けな伝書鳩ではないか。
ハシュとしては釈然としない部分のほうが強く残ったが、まずは急に呼び出しを受ける羽目になった学長がこれに関して気分を害することがなかったことにほっとする。
ハシュはソファの背もたれにずるずると崩れてしまうが、――そこでまだ肩にのしかかる重圧があることを思い出す。
――そうだ、先生なら知っているかも。
先ほど五月騎士団で会った実兄が得意とする占術のタリアルのカードによると、ハシュは命じられている人探しのほうの「クレイドル」には絶対に会えないと言われてしまった。
ハシュはそれにショックを受けて、気持ちも萎えてしまったが、深層ではどこか鼻を明かしてやりたいと思ってもいる。
強くそれを願えば光が導くだろうとも言われた。
それほどまでに「クレイドル」が奥深いところにいるのはわかったが――。
幸い、ハシュの目の前には多くの修了生を知る学長がいる。
名前だけで正しい該当者を判じるのは難しいかもしれないが、それでもあの七三黒縁眼鏡鬼畜の性格を知るのであれば、彼と懇意な「クレイドル」に思い当たるものがあるかもしれない。
「あの、先生」
ハシュは座ったまま、いま一度姿勢を正す。
「もうすこしだけお話をつづけてもいいでしょうか?」
「ん?」
「先生はクレイドルさんをご存じでしょうか――?」




