「ハシュ先輩、お帰りなさい!」 大歓迎の十二月騎士団
――わぁああああッ!
ハシュとバティアが先頭に立つランタン騎馬隊が十二月騎士団の敷地に無事到着するなり、いきなり空砲よりも威力のありそうな大歓声が沸き上がった。
何事ッ、と思うハシュは、自分に向けられる桁違いの歓喜に度肝を抜かれてしまう。
「へッ? えッ?」
敷地の周囲には夜間明かりに困らぬよう灯籠が等間隔で巡らされて、多くの建物から浮かぶ明かりと相成って暗いと感じることはあまりなかった。
ただ……ハシュは少年兵を育成する十二月騎士団に在籍中、夜の世界をほとんど見たことがなかったので、懐かしの学び舎がこんなふうに温かな生活の明かりに包まれていたことは知らなかったし、
「――ハシュ先輩! お帰りなさいませ!」
「ハシュ先輩!」
「お会いできて光栄です!」
などと、ハシュの少年兵生活が終了すると同時に入団した、いわゆる入れ違いでつぎの少年兵として入団した対面したこともない新入生たちがその灯りの点る正門から正面校舎、あるいは周囲の道脇、あちらこちらに集まってハシュに大歓声を送ってくるし、
「先輩!」
「ハシュ先輩!」
周囲のランタンや寮や棟の明かりとはまったくべつの、盛夏の青空の下に咲く眩い大輪のような笑顔を向けて、明るく、嬉しそうな声をかけて盛大に出迎えてくれるとは想像もしていなかったので、ハシュは完全に面喰ってしまう。
――へッ? どういう……ことッ?
まだあどけなさを残す新入生たちの顔を見れば、自分がどれだけ歓迎されているのかはよくわかる。
だが!
ハシュに熱烈な歓迎を受ける理由は、ひとつも思い当たらない。
しかしながら、彼らにはあるのだろう。あまりにも純真で可愛らしい笑顔がまぶしすぎて、ハシュはかえって慄いてしまう。
「お……俺っていま、どういう立ち位置なの……?」
もし……。
もし、仮に、だけど!
このトゥブアン皇国には冒険物語に出てくるような魔物や化け物は実際に存在しないけど、もし、仮に!
――ハシュが人々を恐怖に陥れる魔物を倒そうと、勇み……。
金髪碧眼の容姿美しい十二月騎士団団長が率いる騎馬隊の協力を得て、無事にその討伐の役目を果たし、見事化け物の首を手土産に堂々凱旋した!
そういう明確な事情があるのなら、この夜の世界さえ揺るがすような大歓声と大歓迎を受けるのも理解ができる。
――だが!
そんなことは、実際にはあり得ない。
いや、厳密にいうと皇宮にそれに近い七三黒縁眼鏡鬼畜という化け物が存在するけど、あれは規格がちがいすぎる。
ではなくて……。
――実際、周囲は酷く誤解している!
どちらかと言えば、ハシュは一応正式な文官騎士になったものの、実際は皇都地域を日々奔走する新人文官の伝書鳩で、この十二月騎士団を訪ねたのもハシュの不出来を嘲笑うために、あの七三黒縁眼鏡鬼畜――四月騎士団団長が十二月騎士団の教育の低下を苦言するために教免の長である学長を呼びつけるため、ハシュにそれを命じただけなのだ!
ハシュはまだそれを誰にも言っていない。
親友のバティアにも真相を明かしていないので、十二月騎士団団長が急きょ騎馬隊を編制し、直々に出迎えに行くのだから、よほどの御方にちがいない……と周囲が勝手に誤解に誤解を重ねて、尾ひれがハシュを英雄視して見事に盛り上がってしまったような気がする。
――嘘ッ、何ッ、どうしよう……ッ!
「バティア!」
まだ騎馬の上に跨っているハシュはとなりにいるバティアに向き直るなり、珍しく声を上げる。
「バティアッ、こ、こここ、これっていったい……ッ、し、ししし、新入生まで動員させるなんてッ!」
これ以上、つぎからつぎへと自分の目の前に起こる状況に理解が追いつかないと、また夢幻の狭間で惚けていると勘ちがいされて、あの教官から容赦のないデコピンを受けてしまうではないか!
なぜかそんなふうに思ってしまい、ハシュは完全に動揺しながらバティアに問い詰めるが、この歓迎ぶりの騒動はバティアも予想していなかったらしい。
心底不思議そうにハシュを見やりながら、小首をかしげてくる。
「あれ……? おかしいな」
「おかしいって、何がッ」
たぶん、ハシュがバティアに対して噛みつくように声を上げるのは、ふたりが出会ってからこれがはじめてのことかもしれない。
ハシュのそんな剣幕にバティアもややおどろくが、バティアも心底困ったように、
「――下級生たちにはとくに指示は出していないんだ。通常どおりに過ごしていなさいと言って、留守を預かる先生たちに伝えていたのに」
「でッ、でもッ、でもッ!」
この歓迎ぶりは、どう受け止めても英雄の帰還だ。
仮に、ハシュが新人の「騎士」とはいえ、立場が剣技の六月騎士団、海軍騎士の七月騎士団、騎馬隊で構成される八月騎士団――そういった武官の立場で、まさに奇跡的な武功を立てて、それを伝えるために十二月騎士団に凱旋したというのであれば、まだ理解もできるが!
――暗くてよく見えないのかもしれないけど!
――俺の軍装をよく見て!
――俺、武官じゃなくて、文官の軍装を着ているよね!
――文官じゃあ、魔物は仕留められないの!
そろそろ本格的なパニックを起こしかけようとするハシュに、バティアは何となく周囲の空気を掴み、持論を呈してくる。
「もしかすると……留守番の先生たちが、下級生たちの自由行動の自由を認めたのかもしれない」
「じ、自由の自由って?」
正式な騎士を目指して二年間の寄宿生活をする十二月騎士団の少年兵たちは、朝から晩までほとんどの時間を剣技や武芸、学術の修練習得に明け暮れて、一日の行動のほとんどにそれを費やしている。
だが――。
絶えずそれでは少年兵たちの息も詰まる。
無論、十二月騎士団も鬼ではない。
一日の修練が終われば就寝時間までは自由に過ごせる時間もあるし、休日や長期休暇もきちんと定めている。
いまはその自由時間。
我らが十二月騎士団団長と、ほとんどの上級生たち。それと武芸を教授する教官たちが騎馬隊を編制してまで出迎えにあたる御方はどんな方なのか、ひと目見てみたい!
そんなふうに興味が連鎖して、新入生……下級生のほぼ全員がこうして集いに集ったのが真相だとバティアが読む。
事実、下級生たちと混じり、留守番を仰せつかっていた教官や教師陣たちも歓迎の笑顔を浮かべて、あちらこちらから手を振ってくれている。
「先生方もハシュを出迎えたかったんだろうね。だから、下級生たちにも出迎えたかったら自由にしなさいって言ったのかもしれない」
「なッ、何それッ?」
――え? じゃあ俺、英雄の帰還視ではなく、珍獣のお帰りとかッ?
ハシュは自分の立場をそうと見極めるが、その心情を読み取ったのか、バティアが「ちがうよ」と苦笑してくる。
「――ハシュはね、直近の修了生のなかではいちばんの話題持ちで、人気者なんだ」
「へッ? 何、それッ」
「馬術の教官たちがね、ほんとうにハシュの才能を褒めていて。何かあるたびにハシュのことを自慢げに話題にするんだ」
「ひッ」
今度はそう来たか!
いや、そう来たって、どう来たって感じだけど!
修了した先輩の武勇伝――。
それはどの代にもふたつやみっつはある、優秀な成績を収めた上級生の逸話で、そういった手合いは主席や次席の話や、早くから将来を嘱目されている剣技の技量を持つ者の話が多い。
ハシュの同期も化け物揃いと言われるほどの優秀な剣技を持つ者が揃い、そのうちのひとりは入団した剣技の六月騎士団で技量をしっかり磨けば、騎士の「花形」である一月騎士団への昇段も遠くはないと言われている。
彼のほうがよほど話題性もあると思うのに!
その同期を差し置いて、自分の何が武勇伝として語られるのだとすると……、
「俺の落馬の話、そんなに笑い話になっているのッ?」
「ちがうよ。――ハシュ、落ち着いて」
いまでこそ最初の着地地点は少々異なってしまったが、十二月騎士団に入団してはじめて乗馬を体験したというのに、二年間の修練で恐ろしいほど才能を開花させ、騎馬隊で構成される八月騎士団が本格的に将来性を見込んで手もとに置きたいと、――喉から手が出るほど欲しがった逸材。
そのことを教官らが我が事のように自慢するものだから、すっかりそれが「ハシュ」に対する人物像へと定着してしまい、
「だから下級生には馬術の神さまのように慕われているし、俺たちの直近の後輩たちもその目でハシュの馬術を見てきたからね。ハシュの素敵な人柄もあって、すっかり心酔しているんだ」
「なッ、ななななななッ、何それッ!」
――お願い! 俺を得体の知れない神さまに祀り上げないでッ!
――先生ッ、悪ふざけもたいがいにしてよねッ!
――ってか、馬術を褒めてくれるのは嬉しいけど、みんな、もっと視野を広げてッ!
ただでさえ、ハシュには書類受け取りのためなら天下御免の伝書鳩の号があるけれど、それを上回る「四月騎士団団長の使い魔」という称号を不本意ながら得てしまい、計り知れない威力であるとすでに身をもって経験しているというのに、
――これ以上、変な称号をつけるのはやめてくださいッ!
ハシュは脳内から全力で叫び、あああ……と完全に頭を抱え込んでしまう。
そんな感情表現の豊かなハシュに、
「でも、ハシュが騎乗のときに見せる表情や集中力はほんとうにすごいよ。俺だって尊敬するし、憧れるし。俺も含めて同期たちも、後期では一度だってハシュには馬術で勝てたためしがないんだし」
「いや、でも、それは……」
「数年に一度の逸材って言うのはね、まさにハシュのためにある言葉だと思うよ」
「もうッ、バティア!」
バティアとしては素直に称賛してくれたのだろうけど、ハシュにしてみたらもう羞恥にとどめを刺されたようなものだ。
完全に全身からのぼせ上ってしまい、もう、どうしたらいいのかわからない。
ハシュはぎゅっと目を閉じるが、残された左目もとのほくろがそわそわとして落ち着かない。そんなようすのハシュに、バティアは蕩けるように優しく目を細めた。
ハシュはようやくのことで、これまで騎乗していた軍馬の栗毛色から下馬する。
この十二月騎士団には、ランタン騎馬隊のように一度で大所帯の騎馬を用いることができるため、敷地には相当数の厩舎がある。
だが、滅多な来客がないこちらではハシュのような来訪者用の騎馬待機場というものがないため、栗毛色はいずれかの厩舎でひと晩を過ごしてもらわなければならない。
けれども、栗毛色の気性はけっして大人しくない。
人目が離れれば、どこで誰に喧嘩を売るかもわからないのだ。
さて、どこで厄介になればいいものか?
そんなふうに考え、周囲に首を巡らせたときだった。




