幻想的なランタンのなかで
十二月騎士団までの道中――。
ハシュにとっての直近の後輩となる少年兵たちによるランタン騎馬隊は、ハシュとバティアが先頭になる隊列が道の両脇でランタンを灯しながら待機している彼らの前を通りすぎると、そのまま後方につづく隊列に加わり、あるていどの距離をともにすると、また道中でハシュたちを一度追い越し、その道先の奥へと進み、再度夜道を照らすため騎乗のまま待機する。
それを何度かくり返した。
ランタン騎馬隊に参加した後輩たちは、思いのほか乗馬が安定している。
夜間の騎乗などほとんど経験がないというのに、誰もがきちんと指導する教官や教師陣の言うことを聞いてその姿勢は安定しているし、慣れないランタンを手にしていても顔を強張らせるほどの酷い緊張もしていない。
むしろ、
――ハシュ先輩を迎えに来たのだから、いいところを見せなければ!
そうやって勇ましく見せようとする、ちょっと背伸びしたような適宜な緊張感がかえって好ましく、可愛らしい。
周囲から灯りを照らしてもらっているハシュもようやく灯りに慣れてきて、自分を照らす後輩たちのようすもしっかり見ることができるようになった。
不安のない騎乗と、わずかな時間とはいえランタン騎馬隊を経験している最中にも技術をしっかりと習得していくような姿はただただ頼もしい。
きっと彼らは素敵な武官や文官の騎士になるだろう。
ううん、きっと、じゃない。絶対、だ。
ハシュはそう直感する。
――でも……。
そんな素敵に成長するだろう後輩たちランタン騎馬隊に出迎えてもらい、あまりにも幻想的な灯りとともにハシュはいま隊列の先頭を歩行しているが、何と言えばいいのだろう?
――そもそも俺は……。
こんなにも素敵な出迎えをされながら十二月騎士団に戻る立場ではない。
だいたい出向く理由がハシュの不出来? を十二月騎士団の教育が総合的に低下しているとあの七三黒縁眼鏡鬼畜……四月騎士団団長が勝手に決めつけたせいで、それに苦言を呈するため、教官や教師陣たち教免の長である学長に「犠牲」をお願いするためハシュは一路を歩いている。
――まるで何かの主賓のようにあつかわれるなんて、あまりにも役不足なのに。
自分はただの伝書鳩に過ぎないというのに……。
そうと思えるほど思考が落ち着いてくると、ハシュはこの待遇に心苦しさを覚えるようになってきたが、それをいまになって口にするのはさすがに憚りがある。
「……」
ハシュは久しぶりに深呼吸をする。
せっかくみんなが善意で出迎えに来てくれたのだ――。
「――ねぇ、バティア。これだけの大所帯のランタン騎馬隊を即席で編制するなんて、大変だったでしょ?」
その成り行きは、鼻髭が特徴の教官が先ほど教えてくれた。
そのときのバティアの顔見たかったなぁ、と思い浮かべながら尋ねると、当人であるバティアは複雑そうな表情を見せ、
「そうだね。でも……俺ひとりの力で動いた事柄ではないから。具体的な隊列や指示の構想は教官たちが練ってくれたし、それを一度で熟せているのは後輩たちの技量だし。俺はただ――許可しただけ」
バティアにしてみれば、自分だけが自分の理想どおりにハシュを迎えに行くことができれば……と思っていたので、このランタン騎馬隊はほんとうに想定外の規模になってきたなという印象こそあったが、
「それに……」
「それに?」
「このランタン騎馬隊はやるよと言ってできた隊じゃない。みんながハシュを出迎えたくて、みんながハシュに灯りを点したくて。――何よりもハシュが原動力になった隊だから、大変だったっていう感覚はあまりないかな?」
「へ?」
自分が、何?
尋ねておいて、この物言いにハシュは思わずまばたく。
そのまばたきの下にある左目もとにあるほくろを、バティアは好ましく見ながら、
「きっと、他の人ならこうはいかない。どんなに夜遅い到着と見込まれても、誰もがその人を待つばかりだったと思う」
でも……。
ハシュに対してはちがう。
ハシュが夜の世界を好めないのは、直近の後輩たちもよく知っている。
そのハシュが任務のため、夜の世界のなか十二月騎士団を訪ねるというのだ。
誰もが道中を一番に心配していたが、それだけで集った騎馬隊ではない。
「みんな――ハシュのことが好きだから。ハシュにいいところを見せたくて、笑ってもらいたいからすぐに動いてしまうんだ」
大切、守りたい、褒めてもらいたい。
誰もがそうやってハシュのことを胸に浮かべる。
ハシュの笑顔で温かくなれるから率先して後輩たちは集い、結果として上級生という学年のほとんどがハシュをカッコよく出迎えたくて参じた。
教官たちもその心意気を買い、じつは自分たちも教え子との再会が待ちきれなくて、――ほんのすこしだけ羽目を外す理由ができたと内心喜んだ。
それをうまく使い、ハシュをダシに何だかお祭り気分のように楽しげな高揚感でランタン騎馬隊をまとめ上げた。
――その熱意をどう押さえこめばいいのだろう……?
バティアは意気込む彼らに対してわずかに苦労を予感したが、いざランタン騎馬隊が動き出すと、バティアも心なしか楽しくなってしまった。
――この出迎え、ハシュはどんなふうに受け止めてくれるだろうか?
考えるだけで早く会いたくて堪らなかった。
バティアはランタンの灯りを受けながら微笑む。
「だから、今夜のランタン騎馬隊はハシュだけの隊だよ。俺は隊を動かす指揮官だけど、ほんとうの意味で統率しているのはハシュだから」
「そ、そんな……っ」
「ほんとうにみんな、ハシュのことが好きなんだ。だから、ハシュが喜んでくれるのなら、何だってしてしまうよ」
「なッ、何言って……、その、何か照れちゃうよ……」
バティアはいつだって、こんなふうにまっすぐ言ってくる。
それを受けると、ハシュは先ほど自分が抱いた「役不足」という感情が恥ずかしくなって、周囲の優しさに気恥ずかしくなって頬が染まってしまう。
ハシュは手袋をはめたまま頬を押さえてしまう。
――ああ……。
自分はほんとうにいい後輩や教官、教師陣に恵まれたな。
そう思うと感謝の念しか浮かばなくなるし、バティアとは親友だが、こうして夜の世界を一緒に出歩いたことがないので、とことん不思議な気分になってしまう。
しかも――。
このランタン騎馬隊が自分だけの隊だなんて……。
「でも……、バティア」
「ん?」
ハシュはすこしだけバティアのほうに身体をかたむける。
「俺は、バティアが団長だからみんなが大きく動けたんだと思うよ。確かに俺のことはみんなが知っているし、その面で心配をかけちゃったけど――。でもそれを差し引いてもバティアが十二月騎士団の中心にいるから、だから先生たちも絶対にうまくいくって勝算したから、みんなに経験と楽しい時間を与えてくださったんだ」
「ハシュ……」
言って、ハシュは夕暮れ前に出会ったお散歩の隊列を率いていたバティアに言ったことを思い出す。
「さっき会ったときに言ったこと、覚えている? 俺はお散歩隊列の監督生としていつもバティアを見てきたから、そういう感覚はわかるんだ」
ハシュを含めて日中の騎乗には誰もが慣れていても、経験のない夜の乗馬はとても危険だ。
例え夜を恐れずとも彼ら後輩はまだ少年兵であるし、どんなにできると勇もうと、万が一の不安を十が一まで確率を試算すれば、教官や教師陣だけでは見守りも指導もできない。
「きっと、バティアが団長として見ているから失敗できないぞって思うのは、教官たちもおなじかもしれない。バティアがそういう気持ちのいい気合をくれるから、みんなが気負うことなく動けて、それがいい方向につながったんだと思う」
「ハシュ――」
「だからさ。俺だけの騎馬隊だって言われるとちょっと……かなり照れちゃうから、この際、俺とバティアの騎馬隊で、今日はみんなでやりきったんだからみんなのランタン騎馬隊でいいんじゃないかな」
ハシュにはみんなの温かな心で出迎えてもらえただけで充分に嬉しいし、幻想的な灯りのなかを一夜かぎりのランタン騎馬隊に参加できたのは、それこそ夢のようだ。
何より、十二月騎士団を修了した直後に立場が明確に分かれてしまった親友――バティアがとなりにいる。
これ以上、どんな幸せを望めというのだろう?
このハシュらしい物言いに、バティアは誰もが蕩けそうになるほどの甘い笑みを浮かべてしまう。
「……まったく、ハシュには敵わないよ」
「?」
「そんなふうに言ってもらえるのなら、後輩たちも喜ぶよ。今後のいい励みにもなるだろうし」
「うん」
「勿論、教官たちも。――ただ、こちらはすこし気を引き締めてもらわないと」
「あはは」
――でもね、ハシュ……。
バティアは内心、すこしだけ子どもじみた拗ね方をする。
ほんとうは誰よりも格好をつけて出迎えに行き、ハシュの喜びを独占したかったのは自分なのだ。
けれど未成年という立場でそれは現実にならず、周囲が大規模に付随したから可能になったのだ……。
それはけっして言えないが、バティアはこのときほど早くそれらが個人で実行できるような大人になりたいと思ったことはない。
――ハシュ……。
笑んでハシュの目もとに視線がいくと、左目もとにあるほくろも笑みを返してくれたように思えたので、バティアはなお微笑む。
ハシュは気がついていないだろうけど、バティアは表情多彩なハシュの顔を含めて、その左目もとにあるほくろを見るのも好きだった。
好き……?
そう、好き。
それを含めて、ハシュを見るのも、ハシュのことすべてが……。
そんなふうにバティアの心が何かを開こうとしていく。
そんなときだった。
「――え? あれって……」
これまでの道中。
周囲にあるのはいくつかの森林が連なるような風景と、簡単な平原だった。
森林は深く茂っているわけでもなく、往来のための道がきちんと整備されていて、ハシュはランタン騎馬隊が点す灯りを受けながら騎馬を歩行させていた。
その森林も終わりを告げるころ、視界は一気に広がって、今度は片方の道脇の向こうに大きな泉があるのが目に入る。
これが見えれば、その畔にあるのが十二月騎士団の敷地――。
ハシュにとっては懐かしい場所となる。
その湖を見て、広がった視界に安堵すると、その水面付近に小さな灯りがいくつも浮遊しているのが目についた。
湖水そばには個人を判断することは遠目なのでできないが、それでも幾人かの人影がいて、何かをしているようすを伺うことができた。
「ねぇ、バティア! 灯りが浮いているよ! 湖のほう、見て!」
途端に見えた幻想的な灯りの浮遊に、ハシュは興奮を隠しきれない。
指を差して湖を見やると、確かにランタンに近い温かな灯りがいくつも浮遊して、夜の湖水に灯りを映しながら幻想的な光景を生み出している。
「あれも……たぶんランタンだと思う」
「ランタン? でも、浮いているよ!」
「え……っと、俺もこの方面の学術は苦手だからうまく説明ができないけど、あのランタンは熱気球の原理だと思うけど……」
途端に仕組みを明かしてほしいと尋ねてくるようすのハシュに、バティアもほどよく困る。
湖に浮かぶランタンの仕組みはよくわからないが、いまランタン騎馬隊が手にするガラス面の装飾ランタンが浮いているわけではないと思う。通常使うランタンがあんなふうに浮かんでしまったら、それはそれで大変だ。
「確か……紙でできたランタンだったかな?」
バティアにしては珍しく口ごもり、そのまま眉根が寄ってしまう。
「熱気球……? ああ、聞いたことがあるような……」
科学だっけ?
物理だっけ?
ハシュも思い出そうとするが、バティアよりもっと苦手だった学術なので、そもそも教科書のページにそんな記述はあっただろうかと、まずはそこから思い出さないとならない。
ふたりはしばらく考え込んだが、そもそも知りたいのは詳しい仕組みよりも誰があんな奇術めいたことをしているのか。そこだった。
学術の方面できちんと思い出そうとすることを止めにしようと、ハシュとバティアは何となく目を合わせて意思の疎通でうなずき合う。
そのふたりを見て、ふたりの後方につづく隊列を見守っていた教官のひとりが堪らず苦笑してしまい、ハシュの騎馬に寄って教えてくれる。
「あれは学術方面に特化した教師たちの仕業だよ。彼らは騎馬に不慣れだからランタン騎馬隊には参加できないからね。だからああやって湖にランタンを浮かべて、水面の反射を利用した灯りを点して、ハシュに歓迎の意味を込めてはしゃいでいるんだよ」
「はしゃいで……」
「ハシュ。今夜はみんなにいい機会をくれてありがとう。――ほんとうに、ここまでよくがんばったな」
「はい、ありがとうございます!」
ランタン騎馬隊のおかげでハシュはここまで来られた。
その周囲の灯りと優しさで夜の世界を渡ることができた。
一部の教官はハシュが夜に耐えきれず意識を失うかもしれないと想定し、万が一にも備えていた。だが、その心配もどうやら無用となる。
それを含めて教官が労ってくれる優しさが嬉しかった。
「とっても奇麗……」
夜空には大きく見える蒼月が浮かんでいる。
これも充分に美しいが、いまは湖に浮かぶランタンの灯りのほうが美しいと思えた。水面にも灯りが映るからなおのこと幻想的な風景に見えるので、ハシュはここが夜の世界だということを忘れてうっとりと見やってしまう。
そして――。
そのランタンの奥には十二月騎士団の建物があって、いよいよ至近で目につくようになった。
全寮制を兼ねているので敷地には多くの建物があり、それらに点る明かりをこうして離れた場所から見るのははじめてだったので、ハシュは感嘆してしまう。
「バティア、迎えに来てくれてありがとう」
湖の畔では、こちらの隊列に向かって教師たちが両手を上げて歓迎の意味で振ってくる。
ハシュは「あはは」と笑いながら、見えるかなと思い、教師たちに応えようと大きく手を振り返すのだった。




