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即席⁈ 十二月騎士団ランタン騎馬隊、参上!

「き、教官?」


 いったい、何が起きているのだろうか。

 尋ねようと思って声をかけようとしたが、教官は妙に男性的でありながらどこか悪戯めいたように片目をかるく閉じて、そのままおなじ音の指口笛を吹きながら道の先へと進んでいく。

 ハシュのいる場所では全体把握はできないが、たぶん、教官が進んでいった方向にはハシュのいまを囲むランタンの灯りのようなものが道中の奥まで見えるので、単純に計算するとその数すべてが騎馬の数となるのだろう。

 それらを統率する役目を担っているのが教官で、指口笛の号令を出しながら騎馬たちを動かしている。

 それはすぐに判断できた。

 だが、その規模は相当数と思われる。

 その形態は? 騎馬の騎手たちはいったい?

 ハシュの周囲にはランタンで灯してくれる直近の後輩たちがいるが、まさかあの数すべてが後輩たちの手によるものなのだろうか?

 おかげで夜色に染まった世界でハシュはもうひとりではなくなったが、では、これからどうすればいいのだろう?


「えっと……」


 ハシュが困惑してしまうと、


「ハシュ先輩!」

「ハシュ先輩、お帰りなさい! お待ちしていました」

「先輩、お久しぶりです!」

「道中お疲れさまでした。ハシュ先輩の足もとは俺たちが照らしますので、ご安心ください」


 などと歓迎と再会の喜びにあふれた声がつぎからつぎへとかかり、このまま進んでください、と言外に促される。

 この道の先にあるのはハシュが目指す十二月騎士団しかないので、進めというのなら従うが、ハシュはふいに馬術の監督生だったころの自分を思い出してその意識が戻り、


「――でも、きみたちだけでランタンを持つのは禁止されているよね? 教官はもう先に行ってしまわれたけど、ちゃんと持ったまま歩行できる? そもそも、何でランタンなんか持っているの?」


 三ヵ月前までは、彼ら後輩が下級生だったときに乗馬をする際はハシュが上級生の監督生として面倒を見てきた。

 いま、上級生という立場になった彼らの顔ぶれは乗馬……馬術に比較的優良な成績を持つ者ばかりだが、ハシュの困惑はまだつづく。

 火器であるランタンを持っての騎乗、乗馬は、原則的に武官以外は禁止されていて、例え馬術に心得のある文官でもそれは許されていない。

 ましてやハシュの周囲はまだ少年兵だ。

 少年兵はいかなる理由があろうと火器の使用そのものが厳禁で、特殊な事情と充分に管理ができる教官の数が整わないと触れてもいけないのだ。

 しかもいまは、夜――。

 本来であれば、外出できるはずもないというのに……。


 ――いったい、誰が彼らに許可を与えたのだろう?


 ハシュはまず、後輩たちの安全を心配する。

 すると、顔ぶれのなかに夕暮れ前にあった新入生のお散歩隊列で最後方を務めていた監督生がいて、大丈夫です、と力強く声をかけてくる。


「この先では、教官や教師の方々がほとんど等間隔で俺たちを見ています。――みんな、ハシュ先輩のお役に立ちたくて安全にランタンを持っています。安心してください」

「みんなって……?」


 ハシュはさらに困惑してしまうが、どうやら周囲の後輩たちは夜を苦手とするハシュのための灯りとなって、残りの夜道をランタンで照らしてくれるらしい。そこまでは雰囲気で伝わった。


 ――でも、どうしてそういうことに?


 もっと詳しい経緯を聞きたかったが、後輩たちだって夜の乗馬は経験がないに等しいのに、きちんと騎馬歩行しながら慎重にランタンを持って集中しているところに声をかけていいのだろうか。

 会話をすることで気が逸れて、万が一のことがあったら……。

 そんなふうに配慮するべきかと思っていると、


「――ふふ、この素案はバティアのものでね」

「へ?」

「最初、バティアはひとりできみを迎えに行くと言ったのだけど、団長とはいえ、あの子も未成年。ひとりでランタンを持たせて騎乗させるわけにもいかない」

「バティアが……?」


 ――俺を迎えに?


 そう言って声をかけてきたのは、先ほどの逞しい教官と近しい年ごろの――だがこちらはずいぶんとすらりとした身体が印象の、優美な顔立ちをしている教官だった。

 彼は武官、文官ともに経験のある元騎士だったが、馬術を教授できるほど技術に長けていて、とくに見せ場となる馬術競技のような動きを得意としている。

 顔立ちは女性にはとことん甘く、優しげな印象があり、でも目つきがどこか鋭く、それでいて丁寧に整髪した鼻髭がどことなく気さくな性格を表していて、一見は紳士風で穏やかだ。

 だが馬術の教官のなかで、彼がいちばんの曲者なのだ。

 先ほどハシュにデコピンを食らわせた教官が「飴」なら、じつは彼のほうが「鞭」で、それは手痛い。ハシュはその痛い目を四回ほど味わっている。


「え……っと、教官。バティアが迎えって?」


 確かに先ほど、所用があってこれから十二月騎士団に向かうので今夜はひと晩泊めてほしいと伝え、快諾された。しかし、迎えに来る、どこかで待ち合わせして一緒に帰ろう、などの手筈は約束していない。

 もしかすると――。

 帰りが遅いハシュを心底心配して、飛び出して迎えに来る……というのは想像したが、それはあくまでも想像だ。

 無論、バティアなら本気でやりかねないが、――え? ほんとうに?


「でも、バティアと、このランタンを持っているみんなは……」


 どういう関係なのだろう?

 いよいよ思考が混乱しはじめる。

 すると教官が、


「そもそも、バティアひとりの灯りでは心許ない。いくら団長だろうと、未成年の夜間の行動は大人として許可できなかったので、かわりに我々馬術の教官らでハシュを迎えに行くよと言ったら、きみが夕方に遭遇したお散歩隊列の監督生が即座に援護に回って」


 でしたら――。

 十二月騎士団の上級生には、トゥブアン皇国の秋の風物詩である収穫祭――皇都地域で催される夜の出し物に参加する「ランタン騎馬隊」があります。

 その練習と、実際にランタンを手にする感覚に早く慣れたいので、いわば特別夜間訓練の一環としてランタン騎馬隊を編成し、ハシュ先輩を迎えに行く許可をください!


「これまた素っ頓狂なことを言い出してね。むしろ、こちらのほうが非現実的だったのだけど、あの監督生は口が上手い」


 勿論、即座に有志を募り、少年兵――上級生だけの騎馬隊を急きょ編成し、しかもランタンを使用させての隊列になると、十二月騎士団団長に就任したとはいえ、バティアだけでの統率は到底困難。

 そこで監督生はさらに口達者に、


『騎士経験を持つ教官たちの華麗な馬術を見て学びたいので、是非、ご同行を願いたいです』


 ランタンの幻想的な灯りのなか、ご一同の華麗極まりない姿を目に焼きつけることができるなんて、誉のかぎりです。

 一生の思い出になります!


「――などと言ってね。脳筋の教官らを一瞬でたらしこみ、その気にさせて、あとはご覧のとおりだよ」

「……」


 ――脳筋って……。


 これにはさすがのバティアもぎょっとしたという。

 いくら援護してくれたとはいえ、最初は案そのものに承諾などできるはずもなく難色を示したが、話を聞きつけた多くの教官や教師陣たち、上級生たちがあっという間に集って「ハシュを迎えに行くぞ!」と意気込んでしまい、――話は想定外に大きくなってしまった。

 さすがに新入生の参加は不可能だったが、上級生でも乗馬が不得意でなければ参加ができる……ということになってしまい、ほとんどの者があわてて支度をはじめたという。


「ランタン騎馬隊の編制は私たち馬術の教官が行い、どのような仕組みで全員の夜間歩行が安全に行えるのかを同時に協議して、バティアが十二月騎士団団長として承認したんだ」

「それって……」


 ――目前で身支度を整えながら後に引けない状態を作り、()()()()()()()()()


 つまり、ゴリ押し。

 そう言うことなのだろうか。

 監督生の援護におどろいた。そのときのバティアの顔は見たかったが、大きな決断を迫られた心中を考えると、騒ぎの根源としては居たたまれない。

 でも……。

 みんながハシュを迎えに行こうと即断してくれるなんて――。

 これほど温かで嬉しいことはないし、何だかとんでもないことになったかも……と思うと、照れて赤くなればいいのか、青ざめて恐縮すべきか。やや判断に迷ってしまう。

 そんな思考が顔に出てしまったのか。

 教官が、ふ、と笑い、


「ハシュ。こういうときは、ありがとう、だよ。それ以外の言葉は必要ない」

「は、はい。――ありがとうございます」


 そう。

 事を大げさにしてごめんなさい、という言葉は周囲の誠意を否定することになってしまう。当然、そんなつもりは微塵もない。伝えたいのは感謝だ。

 ならばそれを口に、と言われ、ハシュは素直にうなずいた。


 ――だから、こんなにも灯りが見えるのか。


 ハシュはそうやって話を聞きながら、教官と騎馬を並べて並行する。

 その道の両脇には等間隔で後輩たちが乗馬で並び、それぞれがハシュにいいところを見せたくて、けれどもはじめての夜間ということもあって、やや緊張感を持ってハシュの足もとや周囲の視界に不安がないようランタンの灯りで照らしてくれている。

 夜の世界に浮かぶ、温かな色。

 優しい心が集う、幻想的な光景。

 その動きに不備がないよう、道中で騎馬を巧みに操りながら教官や教師陣が少年兵たちに指示しながら、


「ハシュ、お帰り」

「よくがんばった。文官の軍装もさまになったな」


 と、労いの言葉をかけてくれるし、


「ハシュ先輩、お帰りなさい!」

「お疲れさまです!」


 後輩たちの誰もが元気に笑顔で声をかけてくれて、ハシュに不安を与えないようランタンの灯りで支えてくれる。


「みんな……ありがとう」


 ランタンも明るく温かいが、それよりもずっと温かくて、優しい後輩たち。

 どうやったらひとりひとりに感謝の気持ちを伝えることができるだろうか。

 ハシュの心は温かな嬉しさでいっぱいになる。

 ハシュが大気中の隊列を通り過ぎると、等間隔にいた教官や教師陣が口頭で直截指示し、ハシュの後方を正しく二列で歩行せよと伝えてくる。

 ふり返ると、後輩たちはランタンを手にゆっくりと後につづいている。

 表情に緊張はあったが、それでも大切な務めを果たすことができたという満足感に溢れていて、雰囲気はとても楽しそうだった。

 わずか一歳かそこらの年の差だというのに、立場がちがうと誰もが可愛く見えて、何だかくすぐったくなる。

 ハシュはつい、くすくす、と笑ってしまった。


 ――夜の世界でハシュが笑うなんて……。


 これは夜を好めないハシュを知っていれば、相当におどろくべき事柄だった。

 このようすなら、十二月騎士団までの道のりで不安に怯えることもないだろう。

 それを見てほっとすると、教官がハシュとの並行を終いにする。


「さて。――そろそろ姫君を王子のもとにお渡ししないと」

「へ?」


 教官としては雰囲気を高めるための、ちょっとした興の戯言だった。

 だが、このトゥブアン皇国では唯一皇帝以下はすべてが平民。

 王侯貴族、身分といった階級制度が存在しないので、「姫君」も「王子」もかつて交易航路を開いていた時代に持ち込まれた書物からの知識なので、きちんと読書をしなければ何を示しているのか見当もつかない。

 はて、とハシュは小首をかしげてしまう。


「え……っと、何が何です?」

「……」


 ハシュのように読書に関心がないと、こうなるのだ。

 おかげで戯言はまさかの「?」であっけなく終了してしまう。

 諸外国の国情を知る学術で、少年兵は一応学んでいるというのに……。


 ――まったく、一般教養こそ即座に落第点だな。


 教官は頭痛を覚えたが、この場で説教ほど無粋なものもない。

 教官は命拾いしたハシュを先頭に残したまま隊列の邪魔にならないよう、スマートに騎馬を脇へと移動させる。


「教官?」


 ここから先、ハシュに先頭で隊列を率いて歩けというのだろうか。

 かつて憧れたこともあるが、そんな大それたことなど……と困惑しかけると、教官が私人の鼻髭をかるくひと撫でして、その指先で何かを指し示すようにハシュに伝えてくる。

 何だろうと思って、ハシュが示されたほうを見やると――。


「――バティア……?」


 ハシュからすこし先となる道の中央に、幻想的なランタンの灯りに包まれた一騎の白馬がいた。

 見覚えのあるそれに騎乗しているのは、金髪碧眼の少年。――いや、青年期に差しかかろうとしている若き武官騎士。

 彼は十二月騎士団団長の証である黒衣の軍装を纏い、先ほどで会ったときには着用していなかった外套を背に纏っている。

 それは略装ではなく、どちらかというと正装に近かった。

 その姿を見てきょとんとするハシュに異国の書物に対する教養があったら、「まさに王子さまだ」と感嘆するだろうに、ほんとうに教養のないのが惜しまれる。


「ハシュ――」


 ようやくのことで、やっと待ち人の姿が視界に入った。

 秀麗に整った容姿を蕩けるような優しさでいっぱいにして、あと数歩でハシュの騎馬である栗毛色が並ぶというのにその距離が待ちきれず、待ち焦がれた親友に向かってバティアが白馬をゆっくりと歩かせ、近づいてきた。

 年ごろの少女たちが見たら声もあげずに卒倒するだろう笑みをただひとりに向けて、バティアがゆっくりとハシュに向けて手を伸ばしてくる。

 早く名前をそばで呼びたくて堪らなかった。


「ハシュ、お帰り」

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