ハシュを導く、温かな灯火
オルクの説明はじつに回りくどかった。
直截はっきり言ってくれたほうがいいのに、この物言いではまだハシュに明確な意味が伝わらない。
生きた書籍だ、物語だと揶揄されてもさっぱりだ。
頭が混乱しすぎて、首をかしげることもできない。
二日後の結末を知ってしまったいま、それでも心中に燻ぶる負けん気を再熱させるべきか、すでにいる犠牲者……誰でもいい「クレイドル」の名前を持つ者を適当に差し出して、間抜け、役立たずの烙印を捺されてもいいから躍起になることを止めるべきか。
最後のカードがハシュに何を決意させようとしているのか、それさえ不明だったが、
「……じゃあ、二日後までにクレイドルさんを見つけることができなくても、俺の首、身体から離れたりしない?」
などと子どもっぽく、本音はその奇妙な圧迫心理に支配されていたのかと思える心配ごとを尋ねると、オルクが呆れたように目を丸めてくる。
「お前、そんなふうに受け取っていたのか?」
「だって、それくらいの圧があったし……」
実際にそんな不幸に見舞われることはない。――たぶん。
わかってはいるが、万が一という恐怖が心理の底では拭えなかったようだ。
自分で言って気恥ずかしくなり、ハシュはすこしだけ頬を染めて視線を逸らしてごにょごにょと口ごもる。
十七歳にもなって、どうしてそんな発想をしてしまうのか。
愛する実弟の、いつまで経っても子どもじみた部分にオルクは口もとに手も当てず、艶やかなまま「あはは」と笑ってしまう。
「どちらにせよ厄介な御仁の目についたのは不幸中の不幸だが、それだけのものをハシュが持っているとは。――お前はいったい、何を隠し持っているんだ? お兄さまは興味津々だぞ」
「な、何でそんなに楽しそうなのさッ。それじゃあ、どんな結末を迎えてもあの人とは縁が切れそうもないじゃないか!」
気落ちに近いものを感じていたハシュが、やっと声を上げる。
オルクがさらに煽るように、
「どうせ馬術が得意なんだ。いっそのこと悪運のじゃじゃ馬も乗りこなしてみろ。案外、そいつが出世馬かもな」
「オルク兄さんッ」
「あはは」
声を上げて笑うところは、やはり実兄だ。どこかハシュと似ている。
いや、ハシュが似ているというべきなのだろうが――。
ハシュは不満に声を上げることはできたが、オルクのように現状を笑い飛ばすことはまだできないので、オルクの笑いは癇に障る。
「もうッ、人の気も知らないで」
と、ハシュが盛大に頬を「むうッ」と膨らませる。
そのハシュの頭をポンポンと叩き、オルクは三角形を模るように配置した三つの束のカードを統合するように混ぜ合わせ、正真正銘最後とするカードを選び、その一枚をそっと手にする。
ゆっくりめくったカードの絵柄は、
――何かを大切に両手で持つしぐさをしている、ハシュと近しい年ごろの少年。
暗い中、両手で持っているのは自然な光を発している灯りでまぶしさはなく、温かな蝋燭の炎のような色味にも見えて、どことなく心を落ち着かせてくるものがあった。
その灯りを見やり、少年は柔和に、愛しげに微笑んでいる。
刹那、ハシュは魅入った。
――バティア……?
その絵柄の少年の髪は黒、髪質はくるくるとしたかなりのくせっ毛で、ハシュが一瞬心に浮かべた相手とは似ているとは言い難かったが、それでも優しい笑みが脳裏に浮かんでいる。
まるで、大丈夫だよ、とささやかれて、手を取り合って自分を守ってくれそうな慈愛。
雰囲気も酷く似ているのが好ましい。
思わず、この絵にモデルはいるの? と尋ねそうになってしまったが、
「このカードは何て言っているの?」
問わなくても何となく気配でハシュにも読み取ることができる。尋ねるとオルクも似たような微笑を浮かべて、
「この仕掛けられた件。それでもお前が成し遂げたいと思うのなら、道筋を照らす灯りが現れるみたいだ」
「灯り……?」
「ああ。それは絵柄のような心情的な灯りかもしれないし、物理的な……例えばランタンのようなものでかざすと見えるのかもしれないし、そうではなくて何かを知っている人物に会えるかもしれない。それを示している」
言って、オルクはハシュの手を取って引いたカードをそっと渡す。
それだけでハシュの手のひらには、何か優しいものが感じられ、温もりが感じられてくる。
ああ……と思うと、
「いま、お前の心のなかには何が浮かんだ?」
「え――?」
「このカードをお守りにするといい。浮かんだそれがハシュを導いてくれる」
――心のなかに浮かんだ……。
ハシュはいまも、「彼」を……親友を浮かべている。
このあと会う予定があるから浮かべているのか、それともハシュの心理がもっとも頼りにしている相手がそうなのか。――ハシュにそれは判然つかないが。
「ありがとう、オルク兄さん。俺、このカード気に入っちゃった」
ハシュはそのまま胸に抱くようにしてカードを包み込む。
ようやくハシュに笑顔が戻ってきた。
その表情を見たオルクは、へぇ、と思った。
たぶん――。
いまのハシュの心に浮かんだ灯りは「人物」なのだろう。表情を見れば一目瞭然だ。
ハシュは恋や恋愛に関して嫌悪のように苦手意識を持つが、それでももう十七歳だ。心を柔らかくしてくれる相手がいても……そう思える相手がいてもおかしくはない年ごろだ。
ただ……。
ほんのひと昔前まで、ハシュがもっとも頼りにする人物はこの実兄だったというのに、ハシュが心に浮かべる人物、頼るべき人物がどんどんと自分ではなくなっていくのだなと思えると、すでに結婚して愛する妻子もいるが、実兄としてそれはどこか寂しいものがある。
「どうする、ハシュ。――それでもお前はクレイドルを探すか?」
占術師の見立てというよりは、それを踏まえたハシュの周囲を見るかぎり、ハシュは何が何でも四月騎士団団長から受けた命令を正しく必死に遂行する必要もないが、それでもハシュの心中の奥に「負けるもんか」と奇妙な闘志が再熱して、投げやりを捨てて真っ向から挑もうとするのなら……。
――このまま、あの七三黒縁眼鏡鬼畜のいいようにされてたまるか!
ハシュの表情にやる気という覚悟が浮かんできた。
完全に怯むに値する相手ではあるが、気弱に、投げやりになって楽な敗北を選ぶなんて自分らしくないと、ハシュは自分を叱る。
やっぱりがんばろうと思えた瞬間、視界にも灯りが燈ったように展望が見えてきた。
そんなハシュの顔を見て、誰かが喜んで笑みを浮かべる姿が心中で見える。その笑顔をほんとうの目で見たくなってきた。
――うん、やるしかない!
「俺に灯りがあるのなら、もうすこしがんばってみようかな?」
「ほぉ」
「だって、俺のために照らしてくれるんでしょ? だったら……」
きっと、この先はひとりじゃない。
そう思うとなおのことこのカードが……絵柄の少年と似ている「彼」のことが好ましく思えて、ハシュの胸は温かなもので満たされていく気がする。
「ロワ団長から浮かれた喧嘩を買うとは。お前はほんとうに負けん気が強い。誰に似たのやら?」
――それはまちがいなくあなたです、オルク兄さん。
と、口に出して言うべきか。
ハシュは刹那に迷ったが、優しい父、温かな母のイメージは永遠の現実だと信じて疑わないので、ハシュは内心で兄弟だから仕方がないと着地点を定める。
思わずくすくすと笑ってしまうハシュに、オルクも笑む。
再開も束の間、悩みと現状に不安があったハシュの心を知り、占術師としてその助けができたことにほっとして、「ん~」と言いながら両腕を高く上げて背伸びする。
奇抜な髪形のせいで不思議な美形としても見えるオルク。
いまは夫でもなく、父でもない、ただの実兄の顔になって満足の頂点に立っていたが、ふと、嫌なことが脳裏によぎるなりその満足もすぐに不安、いや不満に落ちる。
――いったい、ハシュに幸せそうな顔をさせるなんて……。
どこで見つけた娘さんだ?
実兄として当然の興味は湧くが、ハシュに恋愛はまだまだ早い気がする。
いずれ成就は願うが、いまはハシュの騎馬に蹴られても許すのは文通だけ!
手を握り合うなんて、させるものか!
唐突にオルクが実兄魂――とでもいうのだろうか?――を燃やして、いきなりハシュの肩を片手で掴み、そのままが抱き寄せてしまう。
「へッ?」
これにはハシュだけではなく、何気なく目撃した周囲もおどろいた。
ふたりの顔つきが似ていることから兄弟だろうと想像はつくが……。
関係性にわずかに興味を浮かべる者もいただろうが、何せこのふたりは「あの方」の名を平然と口にして会話をしていた。興味を持ち、近づいたら最後。人生の終焉は目前だ。
周囲の文官たちは目を逸らし、忙しく夕食を口に運んでいく。
一方で、オルクに抱きしめられたハシュだけが目を大きく見開いていたが、
「言っておくが、ハシュを手助けする灯りには感謝するが、お兄さまはそいつの存在が気に食わないからな。――覚えておけ」
「へ?」
何をもってそんなことを言ってくるのか。
ハシュにはまったく意図が掴めず、オルクが離してくれるまでまばたくことしかできなかった。




