あの七三黒縁眼鏡鬼畜……ごほん、四月騎士団団長の真意
「――ハシュ。いまの感情のままでいい。一枚カードを引け」
「でも……」
「急に気が抜ける気持ちもわかるが、最後はお前が引かないと意味がないんだ」
「……うん」
もう答えは出たというのに、実兄はまだ何を探ろうというのだろう?
――どんなにがんばったって、揶揄われるだけで無意味なのに。
ハシュはもう「クレイドル」探しに興味が欠いてきた。
どうでもいいやと本気で思えて気怠くなってきたが、それでもオルクが引けというのであれば、ハシュにはまだ何かが残っているのかもしれない。
ハシュは仕方なさそうにうなずいて、机の上で三角形の形状に置いた三つの束に分けたカードの上部でスライドされたそれを何となく見やり、面倒くさそうに思えて、内実は不安に駆られる自分が嫌で途中で指先を止めてしまうが、
「大丈夫だ、ハシュ。俺がちゃんとついているから」
「オルク兄さん……」
そう言ってオルクが迷うハシュの手を取り、両手で優しく包みこんでくれる。
ハシュはすこしだけほっとしてうなずくことができた。
それでも先ほどまでのような気持ちでカードを引くことができなかったが、そんな気持ちでもカードは答えてくれるのだろうか。
わずかに疑問を残してハシュは一枚を選ぶ。ちらり、と見やると、オルクがうなずくので、ハシュも小さくうなずいてカードをめくった。
期待を込めないように見やるカードの絵柄は、
――図書館に並べられている無数の書籍が突風に飛ばされたのか。
――あらゆるページがめくれながら宙を舞い、それを司書らしき男がおもしろそうに眺めている。
「……」
これが何を意味しているのか、ハシュにはやっぱり読み取れない。
普通、本棚にきちんと収められている書籍が宙を舞うほどに飛んでしまえば、管理する司書はあわてて書籍を集め直そうとするだろうに。
だが、仕掛けられたからくりも理解できずに走り回っているハシュを見て、愉快そうに高笑いでもしているんだろうなと、そうとも思える構図にハシュは「ふはははは!」と高らかに笑う四月騎士団団長の腕組む姿を易々想像する。
また脳裏に笑い声がひびいてくるので、ハシュはカードを裏返しにしてやろうと思ったが、オルクだけが丹念にカードが伝える意味を読み取っていく。
「へぇ……?」
オルクには何が視えたのか。
今度はどこかおもしろそうな声を漏らしてきた。その口端が奇妙につり上がっている。
「なるほど。遊ばれているはさすがに揶揄すぎた表現だったか。――でも、これはこれで厄介な遊ばれ方をしているな」
言って、オルクは自分だけに見える何かに感心する。
ハシュにはそれがこの身にまだ理不尽な事柄でも起こるのかと思えて不安になるが、オルクがこちらを向き直ってくる。
「オルク兄さん?」
「ああ、悪い。つい、ハシュにはがんばってほしい結果が出たから、俺も結末まで見たくなって」
「?」
「ハシュ。お前は昔から食いつく根性だけはあったが、まさかロワ団長にまで噛みつく気でいるとは」
突然オルクに感心されたが、何に対して言われているのかわからない。
かるくまばたくと、
「お前はロワ団長に散々な目に遭わされて悲観になっているし、興味も欠いてきた。――でも、深層では鼻を明かすように遂げたいと思っているだろ?」
「それは……」
確かにある。
現時点、可能性がゼロではないメモを持つかぎりハシュが諦めるのはまだ早いかもしれないし、最悪、十月騎士団で「クレイドル」の名前を持つ上官をだましてでも連れて行けば決着になるとも考えているので、歯を食いしばることも投げやることもハシュには選べる。
でも、相手の真意を聞いてしまえばもう、残るは気持ちの問題だ。
もう関わりたくない。
さっさと縁を切って、いつもの日常に戻りたい。
けれど……オルクが言ったように、鼻を明かしてみたいとまだ挑もうとする気持ちもなくなったわけではない。どうせなら「ぎゃふん」と言わせてみたい。
ただ、どれを選んだらいいのかがわからない――。
「宙に散らばった書籍や舞うようにめくれるページは、お前の感情や行動を表している。ここに来るまでがんばってきたのが読み取れるよ」
「……うん」
「そして書籍を見やる司書は――明らかにロワ団長だ。彼は散らかるものに興味はないらしい。ただ、どのように散らかっていくのかを見てみたいらしい」
「何、それ?」
はじめて訪ねた四月騎士団団長の執務室には、興味のないもの、整然に合わぬものの一切を否定するように余計なものはなかった。
あの性格で散らかることを容認するとは思えない。
ハシュが顔をしかめると、
「ようは、ロワ団長は結論や答え合わせではなく、ハシュがどんな足どりで自分の出した難問を突破しようと動くのか、その過程を見ることを重要視している」
「過程?」
「理由はわからないが、思いのほか揶揄いでも嫌がらせでもない。彼なりにお前の何かを試そうとしている。そういう意思が強い」
「試す?」
試すとはいったい?
そう思うとますます思考が混乱してきたが、そんなハシュにオルクはつづける。
「ロワ団長が気まぐれに人を試す。これはある種、周知されている。俺の耳にも届くほど犠牲者は多いと見たが、それでもあの人は適材適所の仕分けに長けている。だから、あんなにも底意地が悪かろうとなぜか最良評価される面もあるらしいからな」
「……」
――オルク兄さん、いま、さらりと暴言を……。
でも、このハシュを試すとは?
その意味が知りたくてオルクを見やったままでいると、オルクはこれまで引いたカードを並べながら、
「いわば、ハシュは生きた書籍――物語だ。答えというロワ団長の手のひらにどんなハシュの物語が落ちてくるのか、それを楽しみにされている」
「でも……」
「そう。例えハシュがどんな答えに辿り着こうと、カードを見るかぎり、お前はクレイドルに会うことができない」
そうと断言できるのは、カードの絵柄の書籍がひとつも定まったところに落ち着いていないからだ。
「それでもロワ団長は、お前を試したがっている」




