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所詮ハシュは、四月騎士団団長のオモチャ?

「――じゃあ、ハシュ。好きなところからカードを一枚取って。ああ、まだめくるなよ」

「う、うん」


 母親も実兄も占術。

 ならばハシュも興味を持って、この分野にあるていど精通してもおかしくはなかったのだが、ハシュはやはり剣を握る武官の騎士に対して強い憧れを持ち、幼いころから近所の友人たちと作ってもらった木剣を振りまわすのに忙しかった。

 なので、占い方の作法もカードの意味も、じつは素人然。

 何となくわかりそうで「じゃあ、この意味は?」と問われると、眉間にしわを寄せることになる。

 ハシュはオルクの指示どおりにこれだろうかと思うカードにいくつか迷い、これだと決めた一枚を手にする。

 オルクもまた同時に自身が選んだカードを一枚手にし、


「じゃあ、同時にめくるぞ。――せーの」

「えい!」


 その合図で、ハシュとオルクは互いに絵柄と文字が書かれている面を見せ合う。


 ――ハシュがめくったカードの絵柄は、テラスに出ている人物。


 だが、見えているのは人影だけで、絵柄の人物とハシュの目の間には風に吹かれて揺れているカーテンの絵が妨げとなって、人物が誰なのか男女の区別もつかない。

 人物が立つテラスの世界は、昼なのか、夜なのか。

 カーテンはそれさえ見せようとしない。

 一方、


 ――オルクのめくったカードの絵柄は、豪奢な扇子で顔を隠している青年。


 これは絵柄そのままで、青年の周囲には彼を守護しているのか、あるいは何かを妨げようとしているのか、数本の杖のような剣のようなものが立ち並んでいる。

 青年はかなり上段に立っている。

 いかにも高慢そうな姿勢が誰かを彷彿してならない。


「え……っとぉ……」

「――共通は、顔が見えない、か。なかなかだな」

「?」


 互いに顔が見えない、あるいは見せないカード――。

 ハシュは絵柄を見比べて自分なりに読み取ろうとするが、よくわからない。

 むむ、といいながら顎に手を当ててしまうが、反面、オルクはというとすぐさま読み解いたのか。苦笑いに近いものを表情に出して、半ば呆れるようなため息をついてくる。


「オルク兄さん?」


 何だろう、その笑い……。

 オルクを見るかぎり、ハシュにとって好ましいカードが出たとは言い難かった。――たぶん、悪い方向性の何かが表れているにちがいない。そうと予感をさせる。

 実際、ハシュの読みは正しかった。

 オルクが絵柄を見せ合ったカードを手にすると、ハシュに残酷な現実を伝えてくる。


「こんなにもわかりやすく結論が出るとは、面白味もない」

「え? どういうこと?」


 まばたくハシュに、


「まず、ハシュが探している相手は姿を見せることがない。実在はしているようだけど、姿を見せないというよりは――そこから出ない。その解釈が近いかな」

「……え?」

「そして……四月騎士団団長のロワ団長も噂に違わず相当な御仁だ。連れてこいと言った人物をハシュに()()()()()()()()()()らしい」

「へ――?」



□ □



 ――向かい、知る。


 その意味を持つタリアルのカード。

 ハシュとオルクがそれぞれ一枚手に取ってめくったカードは、何の因果か。それぞれ絵柄が異なるというのに、どちらも顔を見せないという特徴が一致していた。

 そのカードが示す意味を五月騎士団の文官であり、同時に五月騎士団お抱えの占術師でもあるオルクが読み解くと現状はこうだという。


「目当ての相手は姿を見せず、依頼した相手も対象を会わせるつもりがない」

「それって……」


 言われてみればどちらのカードも顔が見えない演出なので、なるほど、とカードの意味そのものに理解もできるが、――だとしたらハシュの置かれている状況が根本的からおかしくなる。


「会わせるつもりがないって、どういうこと……?」


 だって――。

 ハシュは唐突に知らない相手を探し出して連れてこいと、あの七三黒縁眼鏡鬼畜の四月騎士団団長に命じられたのだ。

 その一方的な押しつけにはいまも不満でならないが、だからといって拒否する権限も隙も度胸もなくて、ハシュは言われるがまま動くしかない過酷な現状にある。

 連れてこいというのは、会いたいという同義語だ。

 ハシュはそれを叶えるために、いま、唯一の手がかりである「クレイドル」の情報を記したメモを見やって、どの相手に焦点を絞るべきかと考えていたのに……。


 ――なのに、四月騎士団団長には端からそれを実現にさせる意思がない?


 だから特徴を聞こうとしても「彼」の名前以外の情報を告げる必要がないと言ったのだろうか。けっして珍しい名ではないが、だからといって簡単に個人を割り出せる名前でもない、そんな仕掛けが最初から……――?

 カードによって答えを聞かされてしまうと、それが絶対的に決定づけられたようにも感じられてハシュは動揺してしまう。


「そんな……それじゃあ、おかしいじゃない! 連れてこいって、ロワ団長が言ったのに!」


 ハシュは知らぬ間に膝の上においていた手で拳を作り、それを震わせていた。

 最初は当然パニックになって意識まで失った。それでも時間制限を設けられた当日に運よく最初の手がかりをこの五月騎士団で掴むことができ、さあ、動くぞと意気込むハシュに会わせるつもりがない?

 ハシュは何をどう言われようと、どれだけ腹が立とうと、それでもがんばってやり尽くそうと健気にひたむきに思っているというのに!


「な……んで……」


 いま身体を震わせるのは腹立たしさか、それとも途端の虚しさか。

 奇妙に力が抜けてきて、どことなく血の気が引く感覚になる。

 うつむき加減に思考が定まらなくなってきたハシュに、オルクは横目で見やりながら三角形の形状に置いた三つの束に分けたカード、左の束からスライドしたうちの一枚を取る。美しい指先でめくった絵柄は、


 ――一見すると仲違いをしているようにも見える、背を向けあう男女。


 ハシュはその絵を視て怪訝そうにまばたく。


「え……? クレイドルさんって女の人?」


 絵柄そのものを正直に見て、ハシュは「てっきり男の人だと思ったのに」と自分の予測が性別から判断をまちがえていたのかと解釈してしまうが、オルクがこれにかるく頭を振り、


「カードの絵柄の性別と現状の性別は近しい関連性はあるものの、かならず関係があるわけじゃない。――どちらかというと、いまはロワ団長と彼の探し人はこの件に関して結託しているわけではなさそうだ」

「?」

「ふたりは示し合わせて、わざとハシュの前に姿を見せない、それを命じている……というわけではないらしい。だから背を向けあっている」

「それって、どういう……?」


 何だかどんどんとおかしく聞こえてくる事柄に、ハシュはうまく整理がつかない。

 悔しげに下唇を噛みだしたハシュに、オルクはつづける。

 つぎに右の束からスライドしたカードの一枚を取ると、


 ――心地よい日差しを避けて、木陰で昼寝でもするのか。麦わら帽子を顔に乗せた農夫が寝転んでいる。


 精を出した畑仕事もひと段落し、あとは昼寝だけか。

 それとも今日は気が乗らず、早くから昼寝を決め込んでいたのか。

 あるいは興味を終えて、昼寝でそれらを断つのか。


「彼を探させるロワ団長の真意はさすがにわからない。でも、姿も見せぬ相手も自分を餌にされて、奇妙なかたちで事が動き出しているなんて知りもしていないようだから、この件は完全にロワ団長の思いつきからはじまっているんだろう。――むしろ、クレイドルは完全に無関係。知らないところで勝手に巻き込まれている、じつはいちばんの被害者かもしれない」

「え……っと?」


 そんなことを言われても、ハシュにも混乱することしかできない。

 オルクは最初にハシュと同時にめくったカードに指を戻し、豪奢な扇子で顔を隠している青年の絵柄を爪先でトンと叩き、冷めた視線を投げる。


「端的に言うと、ハシュ。お前はロワ団長に――()()()()()()。最初から答え合わせをするつもりもなくて、お前が難問と勘ちがいして右往左往するさまを見て、ほくそ笑んで楽しむご様子だ」

「な――ッ?」


 思いがけないひと言に、ハシュは今度こそ生じる怒りで身体を震わせる。


 ――揶揄われている?

 ――どうしてそんな、俺……。


「だって俺、四月騎士団団長とは今日が初対面なんだよ?」


 ――なのに……何、それ?


 何か失礼をしたかと問われても、彼が座する四月騎士団の庁舎がある皇宮に向かうのも今日がはじめてだ。何もかもがはじめてだというのに、目をつけられる覚えもないハシュには頭を振ることしかできない。

 そもそも……。

 武官であろうと、文官であろうと。新人騎士にとって、トゥブアン皇国に十二ある騎士団の団長位は遥か雲上人。望んで会える立場や存在ではないのだ。

 逆も然り――。

 今日が初対面である新人文官のハシュを、あの七三黒縁眼鏡鬼畜が前々から知るようすなどあるはずもない。

 その団長位に突然理不尽な無理難題を押しつけられて、ただ揶揄われるだけなんて……。

 ハシュにはその心理思考が理解できなかった。


「じゃあ、俺の半日の苦労は何なのさッ? 俺、このあとロワ団長の命令で十二月騎士団まで行かなくちゃならないのに!」

「――は?」


 思わず、ドンッ、と机を拳で叩きつけそうになったハシュの手を寸前で受け止めて、オルクが実弟の奇妙な今後の予定に眉根を寄せる。


「十二月騎士団? これから?」

「そうだよ! ロワ団長から変な質問を受けて応えたら、俺の頭が悪いのは教育が悪い証拠だから、学長を呼んで来いって。朝一で叱りつけてやるって、魔王みたいな笑い声をあげてさ」

「……何だ、それ」

「ふははははッ、って」

「いや、まねじゃなくて……」


 ――ハシュがこれから……?


 さらなる移動を余儀なくされると聞いて、オルクは即座に目につく窓を見やり、そのガラスの向こうに広がる世界を丹念に見やる。

 外の世界はすっかり夜の色に包まれている。

 この食堂を照らす灯りや外の燈籠などで建物周辺こそ明るいが、その先はもう――。

 そこでようやくオルクは顔をしかめる。

 思えば、文官の騎士団で迎える終業時間直後の食堂で、これから早馬の軍馬を全力で走らせても帰路に一時間はかかる十月騎士団に戻らなければならないハシュが……伝書鳩がいること自体がおかしいというのに、どうして先にそれを思いつかなかったのか。

 オルクは心中で、くそッ、と自身を罵る。


 ――ハシュに夜は駄目だというのに……。


 そもそもハシュ当人がそれをいちばんよく知っているというのに、ハシュはそれを承知しているのか?

 オルクにはもう乗馬の機会がほとんどないので、即座に時間を計ることはできないが、この五月騎士団から騎馬を走らせても十二月騎士団まではたぶん一時間以上はかかると思われる。

 しかも道中に灯りはない。

 いまは蒼月のころなので月明りはあるだろうが……そういう問題ではないのだ。


 ――いったいどこまで実弟に無理をさせ、まだ前に進ませるというのか?


 オルクもこれには不可解を覚えざるを得ない。

 どうも難物すぎる四月騎士団団長は、他人を罠にかける巧妙さが尋常ではないらしい。噂はかねがね――とは、まさにこのことだ。

 これでトゥブアン皇国の唯一皇帝の御座所である皇宮を統括し、皇宮諸事の一切を取り仕切る四月騎士団団長でいられるのだから、何をしても周囲が黙認、諦念するのが不思議でならないが……。


 ――ただ、解せない。


 ここで身内の感情を爆発させて、即座に四月騎士団の庁舎に乗り込んで「俺の弟を何だと思うんだッ」と怒鳴り込むのは容易いが――実際、敵の根城は皇宮内にあるので、御用門に立つ一月騎士団の武官の衛兵たちが即座に装飾槍を斜めに交差させてオルクを足止めするだろうが、それに怯むオルクでもない――、オルクはいま私人としてではなく占術師として事態を視ようとしている。

 占術師に必要なのは、公平と客観性。

 相手の立場、取り巻く環境。

 それを即座に読み取って状況を構築し、タリアルのカードが示すものを見極めなければならない。


 ――ハシュには申し訳がないが、この件はもうあからさまな答えが出ている。


 だからこそ、どうも釈然としない。


「これは裏があるな……」


 オルクがほとんどひとり言のようにつぶやき、自身のスラックスのポケットに手を伸ばして何かを漁る。

 すぐに取り出したのは、いま机の上に陣形を作るタリアルのカードと同種らしく、こちらもかなりの複数枚がありそうだ。だが、何となくひと回り小振りの大きさにも見える。

 オルクはそれを素早く両手で混ぜるように切り、まるで一筆書きのように机の上に円の字を描くようにスライドさせて、そこから一枚のカードを引く。

 めくったカードの絵柄は、


 ――カードの奥には枝分かれしていた道。この絵柄を見る者に向かって道がひとつになっている。


 真意と目くらまし。

 それはやがて、ひとつにつながる。

 それを見て、オルクが口端を「してやられた」と言ったようすで奇妙につり上げる。このカードを引き当てなければ、占術師であるオルクでさえ()()()()ところだった。

 怒りが抜けてくるとハシュには脱力感しか残らない。

 ちらりとオルクの引いたカードを見やったが、あまり興味が誘われない。

 そのハシュとは対照的に、オルクの暗めの橙色の瞳が生き生きとかがやいてくる。

 オルクは占術師として何かを見つけたようだった。


「どうやら、この一件には()()()()があるらしい」

「からくり?」

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