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タリアルのカード 導きと運命と、現実と

 ハシュの実兄であるオルクはすでに妻子持ちの文官騎士で、五月騎士団の内務府で従事するも、敷地内にある官舎には住まず、五月騎士団に比較的近い地域に家をかまえて暮らしている。

 そこは家庭持ちの文官たちが暮らす地域であり、国府でもある五月騎士団に所属する文官も最大数を誇るので、周囲は皇都の中心地とまではいかないが生活に不便を感じさせない町並みとなっている。

 なので……。

 十月騎士団の伝達係であるハシュが、伝書鳩として騎馬を全力疾走させている姿を目撃されるのはけっして珍しいことではないが、地域性は頭のなかではわかっていても、義姉に目撃される確率も高いということをハシュはこれまで念頭に置いていなかった。


 ――もしかすると、もしかして……ッ。


 義姉が庭先でまだ赤子の娘――ハシュにとっては命にあたるユゥエを抱きながら、


『ほら、ハシュおにいちゃまがお馬さんに乗って、お仕事しているわよ。早いわねぇ』

『ああ、うう』

『あらあら、ハシュおにいちゃまにがんばれって言っているの? ユゥエはいい子ね』 


 などと言いながら、あまりにも小さく愛らしい手を取って一緒に手を振っている可能性も大いにありうるのだ。


 ――ぎゃあああッ、見ないでぇッ!


 それは考えただけで恥ずかしく、一瞬で憤死できてしまう。

 栄えある「騎士」の号を得て、初めて袖を通す軍装の姿を褒められるより、職務奮闘の現場を見られるほうがハシュとしては何となく嫌だった。


 ――つ……つぎから五月騎士団を訪ねるときは、もっとカッコつけて騎乗しないと……。


 この身はまだ新人文官だが、一応は騎士になったのだ。

 ハシュだって男の子なのだ。見栄くらいは張りたい。

 ハシュは握った拳を震わせて、わけのわからない決意をしてしまう。

 そんな実兄と義姉の婚姻は、ハシュが少年兵を育成する十二月騎士団に入団するすこし前のこと。

 そのため、故郷である海辺の町に住んでいたハシュは皇都地域出身の義姉とゆっくりと語り合う時間があまりなく、少年兵のときも年に一度か二度、顔を出すのが精いっぱいだったが、明るく、優しい義姉はハシュをほんとうの弟のように可愛がってくれて、ハシュが好物とするポレットもナッツを多めに入れて作ってくれたものだ。

 そして、ふたりの間には可愛い娘がいる。大切な姪だ。

 ハシュにもそうやって家族も増えたが……。



□ □



 ハシュは七年前――トゥブアン皇国にとっては最大の敵国である、西の大陸の文化中心圏と言われている中央諸国、それを宗教で統べる「シャトラリス聖皇国」が指揮する大敵軍船団と海洋で激突する大海戦の戦時を経験している。

 その大海戦ではトゥブアン皇国唯一の絶対の護り手である海軍騎士の七月騎士団が辛うじて撃破に成功したものの、七月騎士団そのものも壊滅寸前まで追い込まれ……海軍騎士であったハシュの父もそこで――命を落としている。

 七年前の大海戦は近年では類のない激闘激突で、出撃した多くの海軍騎士の命が大破した軍船とともに海の底へ沈むという、勝利と引き換えにあまりにも惨い代償を払い、皇国を護りきってくれた。


 ――その代償はいまも完全に拭えておらず……。


 七月騎士団は人員を整え育て、十二ある騎士団のなかで唯一「匠」を「騎士」の称号として持つ九月騎士団が多くの造船所で軍船の建造をつづけている。

 あのとき――。

 涙が枯れてもまだ泣きつづけたのは、ハシュたち家族だけではない。

 一家の大黒柱を失ったのも、ハシュたち家族だけではない。

 七月騎士団に所属する武官――父や夫、兄や弟、伯父や叔父、大切な息子、多くの家族たちが愛しい男たちを失い、国中が失意に暮れて泣き尽くした。


 ――当時はまだ子どもだった、ハシュ。


 母子家庭となってしまった母を助け、実弟を養うために、少年兵を修了し、新人文官騎士となっていたオルクが一家を支える覚悟を決めた。

 時勢的にオルクたちの同期の多くが「父に成りかわり」と覚悟を背負うことになり、誰もがトゥブアン皇国の復興と家族のために奮闘。

 もともと文官気質だったオルクも五月騎士団の文官として採用された以降は、とにかく早めの出世を目指そうと家族のために働いてくれた。


 ――その出世に大いに役立ったのが、()()()()()()()()


 これはただの趣味のいい絵柄を揃えたカードではなく、一枚、一枚に明確な意味合いがあり、それを絵柄や定められた意味、複数枚の意味を巧みに読み取り、問うた相手に導きや答えを助言する――いわば占いの道具でもある。

 じつをいうとハシュの母親がいまも現役の占術師で、このカードを用いることに長けており、それを幼いころから見て仕込まれてきた実兄が母の才能を受け継ぎ、見事に開花。

 占いという特殊分野において、五月騎士団を支える中間層の上官まで現在は登り詰めている。

 これは二十四、五歳のオルクの年齢でいえば、破格の出世ともいえる立場だった。


 ――タリアルのカード、とは。


 それに託す事情や過程はさまざまだが、トゥブアン皇国ではどちらかというと女性の占術師の活躍が目立ち、その内容のほとんどが古今より女性が好む恋愛要素の相談を含めたもので、一見して五月騎士団が必要とする占術師とは関係のない部分が多い。

 無論、オルクはその魅力的な見た目もあって、相談部分の多い事柄も占ことができる。

 だが――。


 ――五月騎士団が必要とする占術師とは。


 オルクのカードの使い方は特異ともいえる分野で、その本領はどちらかというとハシュが日々奮闘している伝書鳩に極めて近い。

 端的にいうと――。

 頼まれた用件を直截口頭で、あるいは書類の受け渡しで相手同士が直截目で文面を見やり、耳で伝言を聞く、その意思の疎通を橋渡しするのが伝書鳩の役目に対し、オルクはカードを用いり、自身と「対」となる相手がいればどこにいようと、どれほどの距離があっても、「互い」に伝え合うカードを使って実際に相手が目の前にいなくても目の前にいる状況とおなじように「会話」ができるのだ。

 これには相当特殊な修練と感性や感覚、総合分野における知識が必須。

 だが習得してしまえば、「対」となる相手さえいれば「即座」に「状況」を「伝え合う」ことができる。

 言ってしまえば、これは遠く離れた相手との意思の疎通、状況などを伝え合うことが手紙の一択であるこの世界において、奇跡の通信使ともいえる存在なのだ。


 ――オルクはそれを自在とするほど可能としており……。

 ――トゥブアン皇国は平時より戦時の時代が多い。


 タリアルのカードはそうやってトゥブアン皇国の軍事面の情報を支える、重要な役割を担っていた。

 これは「対」が戦場に赴くことを前提にしているので、女性にその任を与えるわけにはいかなかった。


 ――その第一人者であるオルクが、「クレイドル」について占おうという。


 実兄がどのようにカードから導きを得るのか。配置の終わったカードを見やりながら、ハシュはどこか祈るように両手をぎゅっと握り合わせた。

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