もうッ、あなたがクレイドルさんでいいじゃないですかッ!
「――ちッ、ちょっと待ってくれッ」
「はい」
「何で俺が、ロワ団長から呼び出しを受けなければならないんだッ?」
「さぁ?」
現時点。
ハシュとしては何かを誇張したり、過大に言っているつもりは毛頭なかった。
会いたいという人がいるから会いに行ってほしい。それを伝えただけのこと。
例え、このまま尋問のように、どういう経緯で「クレイドル」が音に聞く四月騎士団団長のもとへ出頭しなければならないのかを問われても、そんなことはハシュにだってわかるはずもない。
ハシュはただ、連れてこいとだけしか言われていないのだ。
理由が知りたければ、それこそ自分で赴いて尋ねればいいだけのこと。
先ほどまで自分に嫌味を言ってきたお返しだ、といわんばかりわざととぼけ、冷ややかな目でハシュは名をクレイドルだという文官を見やり、
「それで――ロワ団長は明後日に四月騎士団団長の執務室まで来てほしいと仰せでしたので、ご都合をつけていただきたいのですが」
「な……ッ」
「あの、ほんとうです。本日、皇宮の四月騎士団の庁舎を訪ねた際、ロワ団長より直截の依頼を賜りましたので」
「な、なな……ッ」
「ああ。厳密にいうと連れてこいと仰せでしたので、明後日は俺も皇宮の門前でお待ちしております。ご案内いたしますね」
「ひッ……」
いま、悲鳴のようなものが聞こえたが、ハシュに嫌味を言えるほどの器が簡単に他人から加えられる恐怖に音を上げるわけがない。
うん、気のせいということにしておこう。
ハシュはじつに嫌味を言われやすい、しおらしい少年然を演じながら文官を追い込んでいく。
四月騎士団団長の名を出し、彼から逃れようのない面会設定を一方的に伝えると、文官はそのひと言ひと言を聞くたびに顔の色を失っていく。
目に見えていまにも卒倒する寸前まで追い込まれていくが、――思えばハシュも数時間前。似たような状況に陥って、自分では自覚もなかったが意識まで失った。それを思い出す。
思い出しながら、そもそもハシュだって四月騎士団団長とは今日が初対面で、あれからまだ数時間しか経っていないという事実に「何だかなぁ」と肩を落としてしまう。
――傲慢、高慢、高圧的、唯我独尊。
――見下し、不敬、軽視、侮り、あとは……。
どの言葉を当てはめても奇妙なほど彼には不思議と似合う言葉であるし、彼の存在そのもののために用意された言葉のようにも思える。
ほんとうに見事なものだ。
少年兵を育成する十二月騎士団では、十一ある正式な騎士団の頂点に立つ各団長は存在そのものが雲上人で、顔も名前も知らなかった。
だが外の世界ではその名を出せば誰もが一瞬で怯え、硬直するほどに知れ渡っているとは……。
――ロワ団長……。
あなたはいったい、どれだけ威力のある存在なんですか?
さすがのハシュも、あの人に突然呼び出しを受ければ誰だって卒倒寸前にもなるよなと思い、わずかに同情の念を浮かべてしまうが、即日で「クレイドル」が見つかるとは思ってもいなかったので、余計な同情は棄てようと心を鬼にする。
本能的には目の前の文官が答えではないと察していたが、とりあえず名前が「クレイドル」ならもう誰でもいいやと気持ちを図太く切り替える。
いまのハシュにはどうしたって人身御供が必要だった。
あの七三黒縁眼鏡鬼畜と確実に縁を切るための、贄――。
「それでは今日は終業間際に訪ねてしまいまして、どうもすいませんでした。でも――クレイドルさんにお会いできてよかったです」
ハシュは言って、ぺこりと頭を下げて、
「俺からの用件も終わりましたので、これで失礼します。明後日の出頭……じゃない、ご訪問はとくに時間を定めておられなかったので、ロワ団長の機嫌を損なわない時間帯でお越しいただければ幸いです」
普段であれば、目上の者に対してこんなにも一方的に口を開くことなどハシュにはできない。
それができてしまうほど、この件とは早々に縁を切りたかった。
ほんとうなら空腹を覚えた腹を満たすため、食堂で何かを食べようと思っていたが、いちばん懸念していた探し人が見つかったのだ。ここにはもう用などない。いてはならない!
――よし! 逃げるぞッ!
ハシュは脱兎の勢いで、即座に身を反転させて最初の一歩を踏もうとしたが、
「ま――ッ、待ってくれッ!」
「わッ」
突然背後から手が伸びてくるなり、ハシュはほとんど乱暴に肩を掴まれて、ふたたび身体を反転させられてしまう。
無理やりふり返らせると同時に目前に迫ったのは、ほとんど血相を変えている文官の命乞いのような顔だった。
「た、たた……」
「た?」
「大変申し訳ないが――確かに俺はクレイドルだが、四月騎士団団長から直截呼び出しを受けるほどの非礼を働いた覚えはないし、その謂れもない! だいたい俺は初任からずっと五月騎士団所属で、ロワ団長とは直截ご対面もしたことがないんだ!」
「でも……」
「でもじゃない! 俺は内務府、総務府を経験しているが、いまはこんなところで書類の受け渡しを担当する木っ端役人のようなものだ。きみだって俺が会うに不相応だと思うだろッ?」
――それは確かに思いますが……。
口を悪くして言えば、確かにこれは小物だ。
大物が時間をかけてまで会いたいとは到底思えない。
ただ――。
文官がどれだけハシュに同名の人物ちがいだと訴え、同意を求めるように縋ろうと、それを決定する権限をハシュは持ち合わせていない。
なので、ハシュも負けていられない。
しらを切るように小首をかしげながら、
「そうでしょうか?」
「そうだよ! ――こら、伝書鳩! 目を逸らすな!」
ハシュは両肩を掴まれて激しく揺らせるが、同意だけは絶対にするものかと唇をぎゅっとする。
したらハシュの負けが確定してしまう。
「でも俺は、クレイドルさんを執務室まで連れてくるように依頼を賜りました。ですから、それをクレイドルさん……あなたにお伝えしただけで」
「だから! そのクレイドルが俺じゃないんだ!」
「けど、あなたのお名前はクレイドルさんですし」
「だからッ」
ハシュはとにかく懸命に困ったふりの演技をする。
しかしながら、命がかかっている文官も負けてはいない。
「悪いけど、きみが探しているクレイドルはクレイドルちがいだ! 俺には絶対に当てはまらないッ、対象外のクレイドルだ!」
――対象外のクレイドルって……。
不思議な言葉だな、とハシュは思わず吹き出しそうになって、どうにか耐える。同時に、あきらめが悪いなぁ、と思いながら、
「でも俺は、ほんとうにあなたのほかにクレイドルさんを存じ上げないので……」
なので、あなたを探している「クレイドル」さんに決定します!
そう言外に含ませると、ほんとうに先ほどまで終業間際に現れたハシュに対して嫌味を言ってきた同一人物なのか。その片鱗さえなく、文官は断固否定の頭を振りながら、ハシュというか細い命綱を全力で握りしめてくる。
「わ――わかった。十分……いやッ、八分でいい! 時間をくれ! ほかにクレイドルがどこにいるのかを調べ上げるからッ!」
「へ?」
「すぐにリストを製作する! きみはそこのソファに腰を下ろしていなさい!」
「え……ッ、うわッ」
そう言われて半ば強引に座らされると、文官が即座にカウンターの向こうへと戻り、傍にいて話を聞いていた数人の同僚たちに協力を要請して記憶のあるかぎりの顔や該当者の所属先を思い出し、血眼になってハシュに渡すメモを作り上げていく。
さすがは文官。
例えメモであろうと書類製作ともなれば、命懸けの手際のよさが遺憾なく発揮されていく。
メモは数枚にも渡る用紙となって宣言より早い七分で書き上がり、ハシュの目の前に突き出される。
ハシュにとってクレイドルという文官はいい印象ではなかったが、あれほど急いで書いていたというのに、渡された用紙に記された筆跡はおどろくほど達筆で美しい。
すこし癖のある字が目立つハシュにとって、こういうときでも技量を保てるのは羨ましいかぎりだ。
「とりあえず簡単ではあるが、五月騎士団に所属する同名はすべて記入したし、名前のとなりが所属先だ。――確実に訪ねなさい」
「は、はぁ……」
「あと、数人ではあるが、武官の騎士団にも記憶するかぎりで数名はいるから記入しておいた」
言われてメモを見やると、剣技の六月騎士団、騎馬隊で構成される八月騎士団にも合わせて片指ほども対象者が記されている。
まさか武官に、これほどの人数がいるとは!
これは文官だけに標的を絞ろうと考えたのは危険な思考だったのかもしれない。ハシュがそう思っていると、
「だいたい、きみが所属する十月騎士団にだって数名はいるぞ」
「え? そうなんですか?」
それは知らなかった。
誰だろう?
ハシュがきょとんとしてしまうと、文官は呆れたように自身の額を押さえてくる。
「きみはまず、自分の上官に相談するか尋ねるか、そういう思考にはならなかったのかい? ひょっとしたら身近な上官がきみの探し人の可能性だってあるだろうに」
問われて即答、嫌ですよ、などとは言えない。
確かにこういう場合は上官を頼りにするのがもっともで、案外、もっとも正しい近道だったのかもしれないが、忙しいときに変に自分から近づいて「ついで」を頼まれでもしたら堪ったものではない。
きっとそれを拒絶する本能が勝り、最初から上官に尋ねることを除外したのかもしれない。これは日ごろのあつかいを思えばそうなる。
でも、
――そうか、身内にもクレイドルがいるのだとしたら……。
どうしても決め手となる「クレイドル」が見つからない場合、その名を持つ上官を供物として献上すれば、とりあえず体裁は整うだろう。
事実は寸前まで隠して、どうにか騙しながら皇宮まで同行してもらって……。
あとは――。
などとハシュは考え甘く作戦を練りはじめたが、受け取った用紙に記されている「クレイドル」の数をよく見て、最初からこの作戦を実行したほうがいいかもしれないと考えを改めてしまう。
「え……」
思い当たる節だけ簡単に書き出したと文官は言っていたが、五月騎士団だけでもその人数は十人近くもいる。
確かに名前はけっして珍しいほうではなかったが、ここに至るまでその名を持つ者の手がかりは掴めずにいた。ハシュとしては多くて四、五人ほど名前を持つ者を紹介してもらえれば、それで御の字。それを思うとこの数は破格だった。
「クレイドルさんって……こんなにいらっしゃるんだ」
はあぁ、と思いながら、
「五月騎士団はひょっとして、名前で文官を集めていらっしゃるのですか?」
などと頓珍漢なことを尋ねてしまうと、その場に居合わせる文官が一同唖然とし、
「伝書鳩くん……」
「きみはその思考でよく文官に採用されたものだね」
「……」
――つまりそれは、馬鹿、とでも言いたいのかッ。
そのようなつもりで言ったわけじゃないのにッ!
ハシュは思わず叫びそうになったが、それ以上にいよいよ件の文官が本性の真骨頂を露わにしてくる。
「よかったな、伝書鳩くん。これで選び放題だぞ」
「……」
などと言ってくるものだから、ハシュは他を犠牲に差し出すのなら、こいつを最初から犠牲に差し出したほうが良心も痛まないと本気で思ってしまった。
目の前で差し出されたメモを破り、やっぱりあなたに決定します、と言ってやろうかとも思ってしまう。
そのハシュの危険な思考を読み取ったのか、
「さあ! 今日はもう終業だ。この部屋は固く閉じるから、きみもさっさと人探しでも何でもして帰りなさい!」
「――へッ?」
突然首根っこを掴まれたかと思うと、ハシュは座っていたソファから持ち上げられて、ポイっと擬音語そのまま部屋の外に放り出されてしまった。
どうやったら十七歳の少年をいとも簡単に持ち上げることができるのか。
文官はけっして大柄ではないし、ごく標準的な背格好をしていたが、ハシュを扉の外に投げ出すところに大人の本気の大人げなさを感じてしまう。
そのハシュの背に間髪入れずに投げ返されたのは、彼に渡したはずの重荷。
それと――彼からハシュに向けた断固拒否の断絶。
「最後に念を押すけれど、俺は絶対に対象外のクレイドルだ! だから、きみからの伝言は一切受け取れないし、何も聞いていない!」
「えッ、でもッ」
「とにかく! きみも伝書鳩なら受け取る相手を正しく見定め、賜った伝言をきちんと届けなさい!」
「あ、ちょっとッ!」
せっかく見つけた人身御供を、ここで失うわけにはいかないというのに!
ハシュはあわてて振り返り、閉まろうとする扉に手でも足でも突っ込んで阻止しようとしたが、ハシュの動きよりも早く扉は勢いよく閉まって、これ見よがしに内側から「がちゃり!」と鍵のかかる音がひびいて、ハシュは一切を断絶されてしまう。
この人、どれだけ大人げないんだッ!
「ちょっと! ねぇッ、クレイドルさんッ!」
ハシュは強く拳を握って扉を叩くが、当然、内側からは何の応答もない。
きっとハシュが完全にあきらめ、この場を立ち去らないかぎりは絶対に出るつもりはないのだろう。
――伝言を受け取れないなんて、そんな……。
つまりそれは、ハシュに人探しのやり直しをしろと言っているようなものだった。
最初からやり直し。
やり直しって……。
ハシュはしばらく呆然とする。
「うそ……」




