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蒼月のエクリプス ~新人伝書鳩ハシュ、二日以内に“クレイドル”を探せ⁉~(改稿済)  作者: あずま ろく
「いやいやいや、確かに俺はクレイドルだけど、クレイドルちがいだからッ!」
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ハシュの脳内作戦会議

「さて……と」


 ハシュは栗毛色から下りて、手綱を手に歩きながら五月騎士団の内務府に向けて歩いていた。

 周囲に文官たちの往来もあったが、まだ正式な業務終了時間ではないためその姿はすくなく、彼らの歩みもまだ官舎や自宅に向けての帰路でもないのだろう。

 その道中を歩くハシュは、わずかに人目を惹く。

 ひとつは騎馬を連れていれば否応なしに目にはつくし、まだ年ごろの若い文官の少年……その片方の肩章を見れば立場もわかるので、「こんな遅くまで。伝書鳩はほんとうにご苦労さんだな」という、ハシュというよりは十月騎士団の伝達係に対して同情の目が向けられる。

 ハシュは伝書鳩としてすでに何度も五月騎士団を訪ねているので、顔を合わせれば挨拶ていどに覚えてくれた者もいるが、特定的に呼び止められるほどの顔馴染みはまだいないので、ハシュはある意味気楽に歩く。


 ――何せ、ここが十月騎士団であれば……。


 直截の上官をはじめ、数多の上官たちがハシュたち伝書鳩を見やるたびに「ついで」「ついで」といって用件をつぎからつぎへと頼み、押しつけてくるので、伝書鳩は敷地内でも呑気に歩くことができない。

 それを思うと、声のかからないこの道中は何て素敵なんだろう、と心底感動してしまう。

 その一方で――。

 ときどき……。

 五月騎士団に文官騎士として入団した同期たちを思い、元気だろうか、会えたらいいな、などと思うこともある。

 少年兵を育成する十二月騎士団を修了する際、ハシュのように武官を目指しながら文官に採用された者も当然いるが、剣技や武芸は不得意で、最初から文官気質だった者たちはそのほとんどが五月騎士団への採用が決まる。

 武官は六月、七月、八月、と入団先も別れるが、文官は圧倒的に五月、ごく一部が十月騎士団への入団が最初の所属となるため、ハシュの同期はここにゴロゴロといる。

 けれども、滅多なことでは会う機会がないだ。――不思議なことに。

 立ち話なんて贅沢な時間はいらないので、せめて顔を見合うすれ違いとか、あちらから見つけてもらい、「ハシュ!」なんて声をかけてもらい、手を振るだけの挨拶でもできたらなぁ、と顔ぶれを懐かしみ、そう思って尋ねるたびにときどき周囲を見やるのだが、――新人文官がどんな目に遭っているのか。自分の日々を思えば想像も容易。

 きっとすれ違いの偶然さえ、高望みなのだろう。


 ――え? 同期に会うって、そんなに贅沢なことだっけ?


 だとすると、先ほど親友のバティアに会えたのはとてつもない贅沢なのだろうか?

 ひょっとするとハシュは、ここ数年すべての幸運を使い果たしてしまったのかもしれない。そう思うと嬉しいようで虚しくもなるが、互いにがんばろう、と五月騎士団で奮闘している同期たちに心のなかで激励を贈り、ハシュはちがう視線で周囲を見やる。


「あとは、クレイドルさん――」


 ここまで来たのだ。

 書類の受け渡しを終えたら速攻でバティアの待つ十二月騎士団へ向かいたいのだが、国府である五月騎士団に所属する文官は、文官騎士で構成される騎士団のなかでは最大数を誇る。これを利用しない手はない。


「さすがにここまで来れば、ひとりやふたりぐらいに出会えるはず」


 そう。

 クレイドル、その名を持つ者に。

 出会えなければ、いよいよおかしい。

 今日のうちにどうしても五月騎士団を訪ねなければならなかったのは、当初より正式なる上官からの命令で書類の受け渡しを――つまり、通常業務――第一としているが、それと同等にあの七三眼鏡鬼畜……四月騎士団団長に突如として命じられた「クレイドル」探しにももってこいの場所だからだ。

 できることなら偶然を装い、馴染みのある同期を見つけてクレイドルについて情報が欲しいといって人海戦術を仕掛けたいところだが、同期に出会えない以上、どうもこの作戦は見込みが薄い。

 偶然、


『クレイドル? そのお名前だったら、僕の上官にいらっしゃるよ』

『ええ、ほんとう?』

『こっちにおいでよ。紹介するから』

『わぁい!』


 などと言った会話に出会うのは、虚しい妄想以下なのだろう。きっと。

 はは、とハシュは乾いた笑いをこぼす。

 だとしたら、贅沢は言わない。

 せめて手がかりでもいいから……。


「とりあえず、今日は手がかりが優先。情報があれば明日、その騎士団に向かえばいいんだし、いなくても――」


 いなくても……。

 いなくても――。

 二日待つ、と勝手に期限を決めた四月騎士団団長のもとを訪ねて、やることはやったと素直に結果を報告さえすれば……。

 きっと、さぞやお似合いの高圧的な態度を目前に罵詈雑言の集中砲火を受けるのは目に見えているが、それさえ耐え凌げばあの人との縁も切れるはず。

 所詮、ハシュは暇つぶしの種。いや、伝書鳩。

 役に立たないとわかってもらえれば、()()()()()()()()()()()()


 ――ああ、何て()()()()()なんだ!


 そう腹を括れば、何とも安い砲火だ。絶対に耐えてみせる!

 もう初対面ではないのだし、彼の性格も充分に身を持って知ったので、どんな理不尽も誹りを受けても意識を失うこともないだろう。――たぶん。

 でも――。

 ほんとうはどんな理不尽であろうと、依頼を受けた以上はどうにかして全うしたい。

 その無謀な気持ちは四月騎士団団長に対する恐怖からではなく、受けて立つぞ、と勝負に挑むという何かに似ている。

 そう。あまりにも一方的で、何ともばかげた勝負だが。

 遂行できなければ罵られ、達成したところで「ご苦労」のひと言で終わってしまう、あまりにも彼都合の勝負でしかないのだろうけど……。


 ――そうまでしてダシに使われる、クレイドルさん……。

 ――いったい、どんな人なんだろう?


 ハシュは馬番がいる騎馬待機場に栗毛色を預けると、


「このあともがんばってもらうので、おいしい水と餌をあげてください」


 と、馬番に頼み、


「それと――ちょっとだけ人探しをしたいんだ。ゆっくり待っていて」


 そう言って、ハシュは栗毛色の顔に自身の額をそっと当てる。

 ハシュから伝わるのは祈りのような気配だった。

 栗毛色は「行ってこい」と言いたげに、鼻先を動かしてハシュを押す。

 ハシュは頼りになる相棒に、あはは、と笑うのだった。

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