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そもそも、理想の「騎士」って何だろう?

 正直なところ、ハシュにとって女性の理想論も、男性の現実論もどうでもいい話でしかなかった。

 それでもたったひとつ共感できたのは、確かに自分もそんな現実のために「騎士」に憧れ、目指していたわけではないということ。


 ――そもそも、俺……。

 ――恋とか、そういうのは苦手というか……。


 ハシュはどうしてかその方面は奥手というよりは嫌悪に近く、そういった意味で恋や性に関する話が苦手だ。仲のいい同期たちと楽しく語り合っていても、その手の話題になってくるとハシュは自然とその輪から抜けてしまう。

 なぜなのかは自分でもよくわからないが、とにかくその手の話は好きになれそうもなかった。


 ――その一方で。


 これは社交性の問題や恋に関する意識の差なのかもしれないが、武官であれ、文官であれ、このトゥブアン皇国で「騎士」を目指す少年たちは例外なく十五歳のときから二年間の厳しい修練を必要とする、少年兵を育成する十二月騎士団への入団が必須。

 その間、おなじ年ごろの少女たちと話す機会は皆無だというのに――。

 十二月騎士団を修了し、晴れて新人騎士として各騎士団へ入団するや否や、年も近い直近の先輩や同期たちはいつの間にか少女……女性たちと親しくなる術を覚え、ときには理想の相手と巡り合い、ときには親しい仲、真剣に想い合う仲へと発展させて、それを語るようになってきた。

 みんなが楽しげに語るのはいいことだと思うが、ハシュは興味がないというか、あまり耳に入れたくはなかったので、同期たちの盛り上がりに水を差さないようふっとその輪から抜けてしまう。

 同期たちもハシュがそういう面に関しては潔癖だと知っているので、なるべくハシュの前では口にしないよう気をつけている。

 それでももう、年ごろだ。

 口は緩んでしまえば動いてしまう。


 ――みんな、どこでそういうことを習得してくるんだろう?


 ハシュにはそれが不思議でならない。


 ――それはともかく!


 ぐっと、ハシュは拳を握る。


「騎士って言ったら、やっぱりこうだよなぁ」


 ハシュは目を閉じて、ほわん、と脳裏に理想を浮かべる。

 このトゥブアン皇国の頂点におわす唯一皇帝をはじめ、国民のすべてに穢れなき忠義を誓い、高潔さを具現化するために己の心身を鍛えて、魂を磨き上げて、鎧甲冑よりも崇高な覇気を纏うのが騎士だと思う。

 勿論、見た目や体躯のよさも充分に必要だと思われるが、やはり騎士たる者、それは武官で、剣技が筆頭必須だと思う。

 そう、


 ――剣技、武芸を熟してこその騎士だ!


 たとえば……。


 どのような戦場だろうと勇猛果敢に剣を振るい、ときには多くの騎士たちを鼓舞するように統率と指導力でまとめて。

 勇ましい騎馬に跨り駆れば、疾風。

 鎧甲冑を纏い、武具を手にしていても爽快さは失われず、曇りなき眼で前を見据えて。

 何より、そんな彼らがいるからこそ人々は不安を覚えず、希望を失わず、光を手にすることができる――それを感じさせてくれる守り手の存在感が「騎士」というものだろう。


「女の人は顔だって言っているようだけど、騎士はやっぱり剣技だよ!」


 騎士に対する理想と憧れ、そして妄想ならハシュだって負けはしない!

 そして――。

 いつかそれを自分の姿にしてみせるのだ、と希望を捨てず、いまは最初に与えられたお役目である伝書鳩として、ハシュは十月騎士団に入団する新人騎士の文官が避けては通れぬ伝達係としてこの世の厳しさを日々学んでいる。

 これはこれで精神の苦行だが、いや、鍛錬だと思えば……と、ハシュはときどきくじけそうになる自分を鼓舞している。


 ――けれども、伝書鳩にもいい面はある。


 その最たるものが行動制限を受けることがないという面で、「決断の長」が座する十月騎士団が取り扱う書類の受け渡しという天下御免の職務のおかげで、ハシュたち伝書鳩はトゥブアン皇国に十二ある騎士団の敷地や庁舎に立ち入ることに制限を受けない。

 無論、先ほど訪ねた皇宮や、所属騎士以外に立ち入りを制限されている区域や建物には許可がなければ当然足を踏み入れることはできないが、一月騎士団の衛兵が教えてくれた、ハシュが軍装の片側だけに付けている一風変わった肩章さえあれば、「職務です」と言ってしまえば伝書鳩に向かえぬ場所はないのだ。


「ま……そのせいで、逆にこき使われる頻度も高いけど」


 そうやって各騎士団の敷地や庁舎を訪ねるようになって、ハシュは自身が憧れる武官たちを眼前で見ることができるようになったし、不慣れなことを尋ねたりして、顔見知りていどだが「よぉ、伝書鳩」と声をかけてもらえるようにもなってきた。

 それまでハシュの世界の顔見知りは少年兵時代を共にした同期だけだったが、ここでずいぶんと年齢層の幅が広がってきた。これは楽しくて、嬉しい。

 それに……。

 それに――ッ!

 ひとつだけ奇妙に確信できたのは、世の中の女性たちの稼業要求に近い理想を具現化している男性――「騎士」は、このトゥブアン皇国には存在しているということ。

 では、どこに?

 そう問われたら、ハシュは即座に、


 ――それは、皇宮に所属する武官の一月騎士団です!


 と、興奮の拳を両手に握って答えるだろう。

 これはハシュ個人の憧れが凝縮しているという評価だけではなくて、実際に一月騎士団に集うのは武官で構成された各騎士団から個人技に優れた者だけが入団を許される、いわばエリート集団で、どの武官も高貴高潔の魂に優れていて、容姿も見た目も端正優美。

 加えて、一月騎士団だけに許された白を基調とした軍装が何よりもカッコよくて、トゥブアン皇国でまず「騎士」を思い浮かべ、妄想爆発に憧れるとしたら、大多数の者が彼らを口にするだろう。

 ハシュが最初に武官を目指すきっかけになったのは、剣技の六月騎士団たちの武芸披露会を見て、それで完全に心を鷲掴みにされたのだが、それも含めて十二月騎士団に入団を決意する少年兵たちの最初の動機も、彼ら一月騎士団に対する敬慕からくる。

 それほどまでに、花形である一月騎士団への敬意と熱意、憧れは根強い。

 そう、騎士といえば剣技が筆頭に来る。

 ハシュは日ごろ、まだどこかで自身の任務である伝書鳩のことをどこか下働き、こき使われ放題などと思う節を払拭できないが、その伝書鳩最大の特典……もとい、職権ともいうべきなのが先ほどの皇宮でのことだ。

 まさかの、まさか。


 ――誰もが憧れる一月騎士団の武官役職のひとつ、衛兵をとなりに歩くことができたなんて!


 これは皇宮における警護護衛のひとつで、彼ら一月騎士団にしてみれば案内役という名目で外部からの来訪者を目付しているにすぎないのだが、ハシュを案内してくれた衛兵はハシュの名前を尋ねてくれて、早速「ハシュ、ハシュ」と呼んでくれるし、優美でスマートな立ち居振る舞い、会話には揶揄も含むが明るくて、とても気易かった。

 それに、


「か、可愛いって言われるなんて……」


 これは子どもっぽさが抜けていない。

 そういう意味だろうとハシュは捉えているが、ハシュの実際の容姿はそこそこ整っていて、おなじ年ごろの少女たちに興味を持ってもらうより、すこし年上の同性が好み、揶揄しながら近寄ってくる、そういう雰囲気がある。

 とくにまだ成人を迎えていないハシュは、子どもでも大人でもない、そんな危うい年ごろらしい気配をときおり無自覚に出しているのだ。


 ――俺、弟っぽく見えるのかな?


 実際、衛兵はハシュを贔屓にしてくれて、ハシュの容姿の最大の特徴のひとつである、左目もとのほくろを白手袋をはめた指先で、ちょん、と突いてきた。

 これは揶揄というより、大人の青年だというのに思いのほか茶目っ気がある人なんだな、と好意的に感じられて、ハシュは気恥ずかしく思うも傍にいても不安など何ひとつなかった。


「この安心感が騎士っていう感じがあって、俺も将来あんなふうになりたいなぁ」


 などと、ハシュの妄想は止まらない。


 ――だが、実際において。

 ――このトゥブアン皇国における「騎士」と言えば……。

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