唐突に、おじさん文官騎士たちはぼやきます
――世の男性、「騎士」たる者。
当然、見目麗しい容姿に越したことはないと思う。
性格は愛する者には情熱的で、一途であることに越したことはない。
優美風雅な振る舞いもいいが、勇猛果敢で迫力があるのも魅力的だろう。
愛想があって多弁もいいが、にぎやかすぎるのは困りもの。
だが道理をわきまえているのなら、多少強引でもかまいやしない。
一方で、普段は無口でも実直さがあるように感じられて、それはそれで好ましい。
ただ……そういう場合は愛想のひとつも欲しいところだが、そう思っている最中、ふと目もとを和ませて微笑んできたり、秘めた情熱をいまここでともに感じたいと情熱的に迫られでもしたら……ああ、この身はすっかり蕩けてしまうだろう。
スマートな身のこなしも素敵だが、鍛えられている身体にも目が奪われる。
――いつの世も……。
理想の男性に対して口を開いたら、頬を染めながら熱心に語る情勢たちの情熱を止めることなどもう不可能。
当人たちは軽やかに笑いながらあくまでも理想の男性像――「騎士」について語っているに過ぎないというだろうが、それにしては注文が具体的で細かすぎる。
「ああ、奥さん。愛しい奥さん……」
何も世の中の男性や騎士たちは女性の理想を具現化するために、日々心身を鍛えているわけではないのです。
そりゃあ、男だって、自分の見栄えがよければそれに越したことはない、そう思うこともございますよ?
ええ、こちらだって手には剣を、草原で外套をなびかせながら馬を駆り、大海原では軍船に乗って、敵影に向かって砲弾を撃ち込み、接近戦では直截敵軍船に乗り込み、海軍騎士唯一の業物、大剣の「蛮刀」をそりゃあ激しく振ってみたいと思い、十五歳のときに騎士になると誓いを立てて、少年兵を育成する十二月騎士団に入団しました。
二年間の厳しい修練は、ほんとうに厳しかったですよ?
でも、全寮制だからこそ同期や上級生、下級生とともに切磋琢磨した日々も人生の宝物となり、その縁はいまもつづいています。
「けれどね、奥さん?」
誰もが誰も、理想の武官騎士になれるわけではございません。
どうしたって剣技、武芸は実力主義ですからね。
身の丈合わなければ、夢と剣は手離さなければなりません。
最後は文官の騎士として、この愛するトゥブアン皇国に生涯の忠誠を立てるしかないのですよ?
それはいけないことでしょうか?
ええ、ええ。
文官はけっして勇ましくなんかありません。
日々、やることはひたすら魑魅魍魎のように跋扈する書類と戦うことです。
けれどもそれだって皇国を護り、担う、国事や国政をすすめる重要なお勤め。
けっして蔑ろにできる立場ではないのです。
ええ、ええ。
□ □
「いいかい、若者よ」
「男が大人になるということは、大人になって結婚するということは、そのじつとんでもないものを背負わされることになるんだよ」
ハシュは以前、休憩の合間に上官たちの会話……途端にはじまった私生活の愚痴こぼしに遭遇したことがある。
ハシュは年ごろに反して恋愛や性などには過剰なほど拒絶性があって、すぐさま脱兎で逃げようとしたが、上官たちの話はそんな色めいたものではなく、――すでに枯れすすき。
聞かないと何だか可哀そうになってきて、ハシュは逃げ場を失ったかわりに同情の席に腰を下ろして、愛想でうなずき返す。
「男は女の理想で生きているわけじゃないんだ。男は男なりに苦労を人生に練り込んで、そうやって生きていくものなんだ」
「……はぁ」
「どんな可憐な女性も結婚した瞬間にかかあ天下と化して、お気に入りのクッションを飾って、かわりに心底好いたはずの旦那を尻に敷くんだからなぁ」
「はぁ……」
「文官になったからって、好きで肥えてきたわけじゃない。おじさんだって、むか~しはスレンダーだったんだよ?」
「……はぁ」
「それを狸の腹鼓だなんて、酷いじゃあ~りませんか」
「はぁ……」
などと、すっかり冷めてしまったお茶のカップを手に、しみじみと男の人生論を歌謡のように語る上官たちに、
――何だかなぁ……。
と、思うことしかできないハシュがいた。
このときはまだ「大人になるのって大変なんだなぁ」などと、心底他人事のように思うことしかできなかった。
――理想の騎士、か。




