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四月騎士団団長はほんとうに鬼畜? それとも正論?

「――ロワ団長、さすがにご容赦くださいませ。確かにあの子は必要な手順を失念していましたが、あの子の視点では否定で刎ねるほどのまちがいでもありません」

「お約束は明日ですので、ロワ団長のことはいかようにも伏せますが、これではさすがに気の毒です」


 本来であれば――。

 皇宮諸事の一切を取り仕切る統括の長である四月騎士団団長に対して誰かが意見するなど、これはけっしてあり得ないことだった。

 ましてや唯我、独尊、尊大、傲慢、他者見下し、蔑視、軽視、嘲笑と……どれもがあまりにも似合いすぎる彼個人に対して、何かを言えば酷い返り討ちを食らうのは誰もが知っているため、普段であれば意見など恐ろしくて口だって開けない。

 でも、いまは……口を開かずにはいられない。

 四月騎士団庁舎の玄関ホールでハシュの一件を見てしまったら、我慢も恐怖も限界を超えてしまった。

 冷静に考えればハシュを庇う必要などないのだが、それでも彼ら文官はハシュの懸命さを見てあえて庇うことを選んだ。

 文官たちの足はつぎからつぎへと慈悲を求めて、普段であれば絶対に立ち入りたくもない四月騎士団団長執務室――いや、いまは応接室へと向かってしまう。


「せめて、あの子がロワ団長に手紙を渡せるよう手立てを」


 直截渡すと言った以上、不在相手にそれは通じないので、重要性のある手紙は本人以外受け取れない。

 それをハシュに厳しく説いたのは彼ら文官だが、それは統制を永く維持するための表面上の規定にすぎない。無論、哀れみが先立ったからといって蔑ろにするつもりはない。

 だが、いまはちがう。


 ――あの子を泣かせるつもりなどなかった。


 文官たちは内心でハシュに酷く詫びる。


 ――昨日……。


 ハシュが四月騎士団団長の執務室から出てきて、途方に暮れながら誰かの「名」を周囲に尋ねはじめたとき。

 それはその者に対する四月騎士団団長の暇潰しの虐め……ではなく、「探してこい」と命じられた相手に対する「何か」を見定めるために必要な、ある意味仕掛けがはじまった合図だった。

 そのからくりの末にある答えは四月騎士団団長のみが知ることになるが、そうやって試すに値する選定がはじまった以上、文官たちはその「名」がどこの誰であるのか、知っていても安易に口にすることができない。

 それはあくまでも、仕掛けられた対象者が必死になって探さなければならない「名」なのだから。

 四月騎士団の文官たちにとって、これは知らないふりに徹するのが暗黙のルールだった。


 ――つまり!


 彼らは昨日、ハシュが最初に尋ねた時点ですぐにどこの誰を指すのか、ほとんど正確な見当がついていた。

 だから今日、ハシュがその名を持つ「クレイドル」に会うためには四月騎士団団長の許可が必要で、そのために訪ねてきたのは理解している。


 ――まったく、この伝書鳩は……。


 昨日のうちに目途どころか正確な答えに辿り着くなんて、どんな機動力を持っているのだろう?

 昨日の今日で達するとは、これまでの対象者……いや、犠牲者のなかでは最速だ。それには驚嘆するし、ハシュを見ればどれだけ懸命にここまでたどり着いたのかは瞭然。とても好ましい。

 そのまっすぐな姿勢に、誰もが協力してやりたいと自然と心を動かされていた。

 それだけにハシュが泣いてしまった瞬間……。

 どれほど追い込まれていたのか、その心情が痛いほど伝わるだけに申し訳なさでいっぱいだった。


 ――誰もが知っていて、十七歳の少年を泣かせるなんて……。

 ――これではまるで、四月騎士団が虐めの総本山ではないか!


 その被害者はいまも玄関ホールにうずくまったまま泣いている。

 よほど辛く、張り詰めていた恐怖と緊張が切れてしまったのだろう。

 もう周囲も放っておくことができず、幾人も傍らにしゃがみこんで「大丈夫だから」と優しく背を撫でて落ち着かせようとしている。


 ――ロワ団長の気質は骨身に滲みて存じ上げている。


 だが、「何か」を見極めるために対象者をとことん追い詰めるのは、ほんとうに正しい選定の在り方なのだろうか?

 いままで何度も思ってきたが、その疑問はついに不愉快に変わり、文官たちは慈悲を求める。

 その一方で……。



□ □



「――それがどうした?」


 四月騎士団団長の第一声は、極めて日常的なものだった。

 当然、何を聞かされてもその声音には一片の情もない。


 ――まさか、昨日のうちに無理難題の答えに辿り着くとは……。


 その点に関しては見上げた根性だと褒めてはやるが、だからといって今日、会えなかったというだけでなぜ泣く必要がある?

 これでも充分に慈悲は向けている。

 ハシュが伝書鳩という文官のなかでも特異な立場のため、その特性を生かしつつも日々の奔走に留意して、わざわざ時限まできちんと与えた。

 そこに解釈ちがいをはじめて周囲を巻き込み、勝手に勇み足を踏んだ自分に恥じて泣いているだけだというのに、


「なぜ、伝書鳩に情けをかける必要がある?」

「……」

「お前たちは四月騎士団の文官だ。なぜ、陳情を申し立ててくる?」

「……」

「ここはどこだ? お前たちの最優先は何だ?」

「そ、それは……」


 四月騎士団団長は応接室のソファに腰を下ろして尊大げに足を組み、唯我のように腕を組んで言う。

 まぁ、私も「人」だ。

 あるていどなら耳も塞ぐが、ここをどこだと心得る?

 静寂あっての皇宮。聞こえていいのは、唯一皇帝が静かに書物を読むときにページをめくる、そのささやかのみ。

 なのに、聞こえてくるのは伝書鳩の号泣、耳汚し。


「まったく……」


 周囲の文官も文官だ。

 四月騎士団の本分を一時の情で緩和しようとは、おこがましい。

 その四月騎士団庁舎にある応接室で、四月騎士団団長は久しぶりに頭痛を覚えた。

 今日も前髪を七三調にきっちりと分け、黒縁眼鏡の奥にある眼を苦々しく歪め、ソファのひじ掛けに立てている腕の先でまだ衰えのない露わな額を押さえる。


「追い返せ」


 先ほどから命じているのに、誰もそれに従おうとしない。

 むしろ、慈悲を求める声でどんどん溢れてくる。

 貴様らは水鳥か?

 ああ、口やかましくてかなわない。

 そう――。


 ――四月騎士団団長は、最初からこの庁舎にいた。


 今日はどこにも出かける予定などはなく、唯一自ら立てた予定は朝から来訪者を迎え、懇談すること。

 それはいまもつづいて、昼食を取ったあともともに応接室で過ごしている。


 ――その間、彼は一度も不在になったことはない。


 ただ、今日の来訪者とは今後の国事に関わる重大な話を語るため、今日は誰も寄せつけるなと厳命している。

 そのため四月騎士団の文官たちも忠実に守り、あえてハシュには不在だと告げていた。

 これに関して文句はない。

 立場ある来訪者がわざわざ遠回しの伝令で現れたのだから、この話し合いは充実に、確実に行ってほしいと思っている。


 ――だからといって……。


 口もとを相当に歪ませている四月騎士団団長の機嫌を見れば近づきたくもないが、それでも文官たちは怯むことができなかった。

 ここがもっとも純正な空間でなければならない皇宮というのは承知している。

 四月騎士団はそれを支えるためだけに存在する。

 だが、いまはおなじくらいに護りたいものがある。

 四月騎士団団長は恐ろしいが、あんなにも懸命な伝書鳩を庇わず、自分の保身を優先するのは――文官であろうとさすがに「騎士」の名折れだ。

 不思議なことになぜかあの伝書鳩には護ってやりたい、そういう気持ちになってしまうのだ。


「いま、伝書鳩は案内役の一月騎士団の衛兵に連れられて、こちらを後にしました。泣き止まないのですこし落ち着かせる――そう言っていたので、たぶん彼らの詰め所で休ませると思います。なので、皇宮を出るにはしばらく時間もあると思います」

「――で?」

「その……差し出がましく口を開きつづけて申し訳ございませんが、ロワ団長はたったいま、公務を終えて帰庁。ただ面会の時間はないので、手紙だけを受け取る――そういう体裁だけでもお作りいただけないでしょうか?」

「――なぜ、だ?」

「なぜと申されましても……」


 この体裁案なら、文官たちはハシュが渡したがっていた手紙を間接に受け取ることができる。

 だが、四月騎士団団長はかるく鼻を鳴らすだけだった。


「今日というこの日。来るな、とは言っていない。だが、会う、とも言っていない。あれが勝手に押しかけ、会えないとわかった途端に勝手に泣いただけ。――私があやす必要がどこにある?」

「……」


 確かにそれも一理ある正論だが、相手はまだ少年だ。

 嘲笑したければご自由にだが、まずはここまでたどり着くまでの苦労を酌み、がんばって用意したのだろう手紙くらい受け取ってもいいのではないか?

 文官たちはついに落胆のため息を漏らしてしまう。

 ため息、そのものをはじめて四月騎士団団長の前で吐いてしまった。

 その音に四月騎士団団長は思いのほか柳眉をぴくりと動かしたが、これを咎めるつもりはない。ただ、聞き流す。

 彼はこのように凄まじく他人に容赦はないが、それでも適材適所を見極める公平性には優れていて、その経緯は端々まで自身の目で量っている。外したことがないだけに周囲も彼の普段に異論はないが……。


 ――この鬼畜め。


 誰もが危うく口に出しかける。

 このようすでは、明日、正式に訪ねてくる伝書鳩は泣きながら現れるのだろう。

 いまだって酷く泣いているのに、この上……。

 それは思うだけでいたたまれない。

 どうにかならないものかと思い、文官たちは四月騎士団団長が座る向かいのソファに腰を下ろす柔和な老爺――十二月騎士団に所属する教免の長を見やる。


「学長……」

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