表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/12

第9話 答え合わせ(後編) 鷲那豊樹の場合

スクリーンが淡い光を放ち、物語は始まった。


一人の女性が歳下の、物静かで優しい男性に恋をするところから。


だが、その恋は叶わない。


男性は別の女性と結ばれてしまい、彼女は深く深く悲しんだ。


それを慰めたのはかつて同級生だった、太陽のような男性だった。


ある時同窓会で再会した二人は、互いに惹かれ合いやがて結ばれた。


穏やかで、幸せな日々。


男性からのプロポーズ。


もうすぐ、結婚するはずだった。


その矢先に男性は不慮の事故に巻き込まれ、帰らぬ人となってしまう。


女性は嘆き、家に引きこもる。


訪れるはずだった彼との幸せな結婚生活の幻を、ただひたすらに思い描いて日々を過ごしていく。


やがて周囲の人々の温かさに支えられ、彼女は少しずつ社会復帰していく。


そしてお世話になった人々一人ひとりに、お礼を言って回る。


物語の最後。


全てを終えた彼女は、


『これでようやく最期に、会うべきあの人のところへいける』


そう一枚の手紙を残して、失踪した。


やがて発見された彼女は車の中で、練炭を焚いて亡くなっていた。


その顔はまるで、寝顔と見まがうほど安らかだった。


そして彼女の左手の薬指には、彼から贈られた婚約指輪が静かに輝いていた。




……やっぱり、そうだ。


エンドロールが流れる中、僕は涙が止まらなかった。


それは物語に感動したから、というのとは少し違う。


僕はもう、この人に会えることはないのだと分かってしまったからだ。


先輩はきっと、もう……。


「先輩!」


僕は隣の席にいる、その人を呼んだ。


「先輩はもしかして、この後……!」


僕がそう言いかけたところで、彼は静かに僕の言葉を遮った。


「鷲那、その話をする時間は残念だがない。それよりもお前がしたいと言う話をしてくれ。」


「でも!」


僕が食い下がろうとすると、先輩はただ黙って僕の目を見つめた。


その、凪いだ湖のような瞳。


その奥に、揺るぎない決意の色が見えた。


もう僕では、止められない。


僕は、それを悟った。


そしてずっと話したかった、話さなければならなかった、過去の話を始めた。




僕が関東に来ることになったのは、親父殿の意向だった。


一番は許嫁との結婚に向けて、関係を構築するためだったらしい。


親父殿に与えられたマンションの一室で、まるで籠の鳥のように管理されながら日々を過ごしていた。


そんな親父殿に強く反発していた僕だったが、やがて関東に二人のかけがえのない人ができた。


一人は先輩。


関東に来てすぐの頃、慣れない僕の唯一の味方になってくれた大事な人。


そしてもう一人は、許嫁。


最初は親父殿が用意した女なんて、と思って反発していた。


でもやがて、彼女の境遇は自分と何ら変わらないのだと気がつく。


僕は許嫁を生涯の伴侶として、そして先輩を生涯の友として生きていきたい。


そう思った。


でも先輩は、その関係を望んでいないことに気付いてしまったんです。


「……どういう意味だ?」


「先輩はあの頃……本当に僕と友だちで、良かったんですか?」


僕の問いに、先輩は静かに呟く。


「……あの頃は、お前といられるのが幸せだった。道を歩くときに触れてしまったり映画館で隣に座った時の肩越しに体温を感じたり。そのたびに俺はドキドキしてばかりだったよ。」


そして息を吐いてから、


「……いつから、気づいていたんだ?」


そう僕に尋ねた。


「文化祭の、劇の時です。」


僕は答える。


「先輩が女装した時です、…………僕が『正直、女装してる先輩なら俺、抱けますよ!』って、そう言った時の先輩の顔を見て確信しました。」


あの時先輩は一瞬だけ目を見開いて、フッて息を吐くと、


『馬鹿じゃねーの。』


と呆れているように、そして悲しそうに笑ったのだった。


「先輩と友だちでいるためには、先輩が僕以外の他の誰かを好きになって結ばれれば良いと思ったんです。」


「……それで修学旅行で『大鷲の間』で俺と山手を2人きりにした、というわけか。」


先輩が、納得したように呟いた。


「先輩が芝浦先輩と結ばれて僕は許嫁と結ばれれば、僕は二人との関係を続けられる。……無駄に自信家だった僕は、きっと僕ならそれができると、馬鹿な僕はそう考えてしまったんです。」


本当に笑ってしまう。


あの頃あった自信や万能感はどこから来て、いったいどこへ行ってしまったのだろうか。


「それで芝浦先輩を時には邪魔したり手助けしたりして、散々煽ったわけですよ。」


そう言って笑う僕を、先輩は黙って見つめている。


その表情からは感情が読み取れない。


「でも許嫁を妊娠させた僕は、焦って更に芝浦先輩を焚きつけたんです。そして夢の国で先輩と鉢合わせてしまい、先輩とは疎遠になってしまいました。策士策に溺れるとはこのことですね、許嫁だけでも失わずに済んだと僕は溜飲を下げることにしました。」


「そうだったのか……。」


沈黙が訪れた、先輩は何も言わない。


「そう言えば先輩、お体は大丈夫ですか?今でも気を失うことはあるんですか?」


その沈黙を破るように、僕は声を掛ける。


「そう言えば、最近は無いな。」


僕は続けた。


「先輩、最初に気を失ったのはいつか覚えていますか?」


「確か……高2の体育祭か。」


「先輩が初めて気を失ったのは、本当は先輩が高2の時の体育祭ではないんですよ。」


「え?」


先輩は不思議そうにしている。


「本当は僕が中2で先輩が中3の夏、僕と夏祭りのオバケ屋敷に行った時です。覚えてますか?出口で糸が切れたみたいに倒れて……自分が苦手なものを我慢してまで僕の我儘を、願いを叶えてくれた。……だから僕は、この人を傷つけたくない。そう、思っていたのに。」


僕は。


僕はこんな結末、望んでいなかったのに……!


嗚咽が漏れる。


涙で先輩の顔が滲んで見える。


そんな僕に先輩は、ふっと本当に穏やかにほほ笑んだ。


「そうか……でも別に、お前が悪いわけじゃない。」


「いや!僕が悪いんです! 先輩どうか、また……!」


言いかけた僕の言葉を、先輩は静かに遮った。


「鷲那、時間だ。」


先輩は笑っていた。


「それじゃあ。」


そう一言だけ言って、彼は席を立った。


『さようなら』でも、『またな』でもなく。


ただそれだけを言い残して、先輩は暗い劇場から一人去っていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ