第4章「29歳彼女いない歴=年齢の真性童貞がバイト先の女の子にアタックしてみた」②
毎日更新します。
非モテ童貞の生々しい内面と足掻きをコメディタッチで描いていきます。
日曜日はいつも峰岸さんとシフトが同じなので休憩時間によく雑談をした。
俺の中で峰岸さんとの他愛のないやり取りは生活の中の唯一の楽しみになっていた。
それはじょうろから注がれる水のようだった。
俺という花に潤いを与える恵だった。
ささやかだけれど、こんなことで人は毎日を頑張ろうと思えるのだ。
俺はアプリ、ナンパと失敗続きだったので、もう手詰まりを感じていた。
もうこうなったらリアルのコミュニティで見つけるしかないのでは? と思っていた。
せっかくこんなに若くてカワイイ女の子の多い環境に身を置いているのだから、そのアドバンテージを活かさないのはもったいない。
俺はずっとコミュニティ内恋愛に憧れていた。
こう見えても小学生の頃はイケイケドンドンだった。
女子と日常的に遊んでいたし、高学年の頃には告白を受けたこともある。
だけど、俺の人生は中学で落ちぶれてしまった。
思春期真っ只中ということもあり、人格形成に躓いてしまったのである。
それ以降、俺は日陰者であり続けた。
高校は男子校、大学は文系だったけど7割型男の学科。
入っていたサークルも男所帯ばかり。
このままではマズいと思い、女子の多いサークルに入ったこともあったが、陽キャ達が女を独占していて冴えない男達は陽キャどもの戯れをひたすら見せつけられただけだった。
大学を卒業してからは男ばかりのバイトで糊口を凌ぐ日々。
そうこうしている内に29歳。
あぁ、彼女って何もしないと本当にできないんだな、と痛感した。
ここまでコミュニティ内恋愛での成功例ゼロの俺だが、アプリやナンパはやっぱり出会いの場としてあまりに「不自然」で間違っていると思う。
出会いというのは、意図して探すのではなく、偶然、見つかるものだろう。
それが人間本来の出会いの形のはずだ。
そういうわけなので、俺は峰岸さんにアプローチすることにした。
俺は結構身なりには気を遣っているし、ここだけの話、友達から「イケメン」と評されることもある。
年の差が気になるとはいえ、お互い20代だ。
まぁギリギリセーフ。
これもみんな大好き「多様性」である。
とはいえ、俺もバカじゃない。
いきなり告白するようなヘマはしない。
まずは峰岸さんに彼氏がいるかどうか、そこを確かめなければならない。
だが、どうやって?
まさか直接聞くわけにはいくまい。
いや、ここで働いている経験豊富な陽キャ大学生達はストレートに聞けてしまうのだろうが、俺のような29歳彼女いない歴=年齢の真性童貞には到底無理な話だ。
こういう時に手っ取り早いのは休日の過ごし方を聞くことだ。
ネットに書いてあった。
もし彼氏がいれば「彼氏と一緒にいます」とか、そういう匂わせをしてくるはずだ。
まずはジャブを打つ。
「峰岸さんは休みの日は何してるの?」
「家で本を読んだり、友達と遊びに行ったりしてます!」
「あ、そうなんだ。……他には?」
「大学の課題やったり、家でゴロゴロしたりしてます! あと犬の散歩!」
「へぇ、そう……」
「はい!」
「山田さんは?」
「あ、うん、俺もそんな感じ……。まぁ、犬は飼ってないケド……」
無理だ。
匂わせすらしてこない。
もしや本当に彼氏がいないのでは……?
いやいやそんなことはあるまい。
こんなに可愛くて明るくて優しい子に彼氏がいないわけがない。
いや、彼氏がいたらそれはそれで困るのだが。
あぁ!
どうすればいいんだ!
峰岸さんには彼氏がいるのかいないのか!
はっきりさせてくれ!
こういう時、素直に聞くことができない俺の陰キャ根性が本当に悔しい。
ここからどう話を展開させていこうか迷っていると、控室の扉が開いて陽キャ大学生達が入ってきた。
「おつかれ~っす」
「おつかれー」
一人は金髪、もう一人はサラサラの黒髪を揺らす優男。
どちらも悔しいがイケメンである。
「おつかれっ」
峰岸さんは俺との会話を中断し、二人の陽キャ大学生の方を向いた。
俺は手持ち無沙汰となり、咄嗟にポケットからスマホを取り出し理由もなくラインを開いて誰かと連絡するフリをした。
虚しいなぁ。
しかも今開いてるの、keepメモじゃん。
「結衣、来週の飲みだけど、セイヤも来るってさ」
金髪は俺の知らない飲み会の話を始めた。
セイヤ……聞かない名前だ。
多分、バイト外のコミュニティがあるのだろう。
「え~! セイヤ久しぶりだから楽しみ~!」
峰岸さんは「セイヤ」と久しぶりに会うらしく、嬉しそうだった。
俺は俯いてラインのkeepメモに意味のない文字を入力しているため峰岸さんの顔は見ていないが、彼女の声は弾んでいた。
こんなイキイキとした声、俺の前では一度も聞かせてくれなかった。
多分、輝くような笑顔を浮かべているのだろう。
セイヤ……峰岸さんとは一体どんな関係なのか喉から手が出るほど気になる。
「マキとユウカにも声かけといてくれない?」
動くたびにサラッサラでツヤッツヤの黒髪がユッサユサと揺れ動く優男が言った。
「おっけ~!」
峰岸さん、またもや元気ハツラツな返事。
俺は峰岸さんの明るい声を横で聴くたびにエネルギーが奪われていく。
「あぁ~、明日一限だわ~。サボろうかな~」
金髪が間延びした声でボヤいた。
「いや、お前もうすぐ4欠だろ? そろそろヤバいだろ」
優男が突っ込む。
こいつらはどうやら同じ大学のようだ。
というか、まだそこで会話続けるの?
俺と峰岸さんの時間は?
俺、いつまでkeepメモで意味不明な文字を入力してなきゃいけないの?
ていうか、会話しているこいつら二人が立ってて蚊帳の外に追いやられた俺が椅子に座ってるのもなんか気まずいんだが。
だからといって他に行くところなどないので縮こまりながらスマホをいじり続けるしかなかった。
なんだこの地獄。
イライラと悶々が加速する。
「そもそも明日ヒロト発表じゃん」
確定だ。
峰岸さんもこいつら二人と同じ大学なんだ。
ということはこいつらも日本文学科なのか?
いや、優男の方はまだ分かるんだが、いかにも軽薄そうな金髪野郎も日本文学科なのか?
いや、これはあくまで一般教養科目の話であって学部は違うのかもしれない。
でも、3年生にもなったら普通は殆どパンキョーなどないはずだ。
いや、俺は単位を落としまくってたから留年した5年目でもバリバリにパンキョー取っていたけれども。
というか、そんな話はどうでもいい!
とにかくこの地獄の時間を早く終わらせてくれ!
15分の休憩時間が無限に思えた。
結局、陽キャ大学生達は15分間峰岸さんと喋り続けた。
俺はもう休憩時間が終わるので椅子から立ち上がり、そそくさと仕事場に戻った。
峰岸さんの顔は見られなかった。
悔しくてその日の夜はしっとりと枕を濡らした。
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