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第3章「29歳彼女いない歴=年齢の真性童貞がナンパをしてみた」②

毎日更新します。

非モテ童貞の生々しい内面と足掻きをコメディタッチで描いていきます。

俺は絶望した。

ミユキちゃんはとんでもないブスだった。


実は、今まで説明を省いていたが、ミユキちゃんはグリ下での会話中、ずっとマスクをつけていた。

俺達が紙コップに注いで渡したワインも全く口をつけなかったから、居酒屋に入って彼女がマスクを外すまで彼女の顔の全貌が分からなかったのだ。


それでもミユキちゃんはマスク越しではかなりの美人だった。

小顔だし目がパッチリしていたし髪の毛も綺麗だったし、声もよかった。

そして、胸も大きかった。


だからまんまと騙されてしまったのだ。

まさかマスクを外すとここまでのブスだったとは夢にも思わなかった。

明石家さんまのモノマネをする原口あきまさのあの出っ歯を5倍くらい膨張させたような口だった。

尋常じゃないくらいの出っ歯で、さんまのモノマネをする原口あきまさのモノマネをしているだけなんじゃないかと一瞬本気で疑ってしまったレベルだった。


ところがどっこい。

紛れもない本物だった。

口元以外は完璧なだけに、余計そのギャップが際立ち、口裂け女のような恐ろしさを醸し出していた。


しかも、これまたマスクを外して初めて気づいたのだが、口がものすごく臭かった。

ゆうに3年は歯を磨いていないのではないかと思うほどの激臭だった。

その証拠に歯は真っ黒で何本か欠けていた。


なぜ口元以外の手入れは芸能人並みと言ってもいいくらいなのに口元だけモンスター級なのか理解に苦しむ。

まるで異形のモノを目の前にした時のような強烈な違和感が俺達を襲った。

これはなにか現代社会の病理を象徴するアート作品かなにかだと言われたら完全に納得してしまうような、もうそういうレベルの怪異だった。


しかし、ここまで誘っておいて急に掌を返すわけにもいかなかった。

向こうは興が乗ってきたのかご機嫌だし、ここでやっぱ帰りますとは言えない。

俺は中嶋に目配せして会議を開いた。


「どうするよ、コレ」


俺は眉間に皺を寄せた険しい目つきでアイコンタクトした。


「とりあえずこの場はやり過ごすしかねぇよ」


中嶋は表情筋を駆使した複雑な表情でジェスチャーした。

中嶋は変に誠実なタイプなのでこういう時も安易に逃げ出そうとはしないのだ。

流石にこれは今すぐ尻尾を巻いて逃げるべき案件なのだが、中嶋がああ言う以上、この場だけはなんとかやり過ごすしかなさそうだ。


不本意ながら方針は決まったので、とりあえず俺達は無難なやり取りの中でたまに笑いを誘うトークをかまし、ほどほどにミユキちゃんに楽しい時間を提供した。

ミユキちゃんが笑うたびに激臭が流れてくるので俺は敢えて面白い話を封印して無難な話しかしなかった。 


こんな相手でも愛想笑いを浮かべ、小粋なトークで笑いを提供する中嶋は流石だと思った。

相手によって露骨に態度を変えることなく接する。

だからこいつはモテるんだと思った。


29歳彼女いない歴=年齢の真正童貞としては見習う点が多々あると思うも、今だけは勘弁してほしかった。

お前の軽快なトークのおかげで激臭が蔓延してるんだよ。



会計を済まし店を出た俺達は、駅の改札前にいた。

俺は、ライン交換でお茶を濁してさっさと解散、と考えていた。

だが、俺の予想に反した事態が発生していた。

何故ミユキちゃんは俺に熱い視線を送っている? 


おかしい。

どう考えてもおかしい。

だって居酒屋では中嶋が圧倒的に喋っていたし、場も和ませていた。

俺はというとあからさまにテンションが低く具合の悪そうな(実際気持ちが悪くなった)渋い顔をして殆ど話さなかったのに、何故中嶋ではなく俺をそんな目で見つめてくる? 


そんな俺の視線に気づいたミユキちゃんは中嶋に内緒話をするように何事かを話した。

至近距離で激臭を受けて明らかにダメージを負っているはずの中嶋が平然とした顔でこちらに近づいてきた。

そして今度は俺に、ミユキちゃんの激臭の残り香を纏いながら内緒話をするように言った。


「ミユキちゃん、お前に気があるみたいだぞ」


死刑宣告だった。

渦を巻いた奈落の底に落とされたような激しい眩暈に襲われた。

何故なんだ? 

何故俺なんだ? 


俺の言動にミスはなかったはずだ。

嫌われるように徹底して素っ気なく接したはずだ。

それなのに、何故? 

29歳彼女いない歴=年齢の真正童貞の繰り出す最大級の非モテムーブが通用しなかっただと? 

目の前の現実(リアル)が信じられなかった。


「俺は帰るぞ……」


俺は中嶋にだけ聞こえるように言った。


「お前バカか? あの子は本気だぜ。本気でお前のことが好きなんだよ」


中嶋が真剣な表情で言った。

いや、真面目な顔で何を言ってるんだこいつは。


「バカはお前だ! お前は俺に、あんなバケモノで童貞卒業しろって言うのか!」


「いいじゃないか。お前の童貞なんて取っておく価値はないんだから、さっさと捨てちまえよ。お前、そのために今日ナンパしたんだろ?」


「だからって誰でもいいわけないだろ! 冗談じゃねぇよ全く! バカなこと言ってないでお前も帰るぞ!」


改札へ向かおうとする俺の肩を中嶋が掴んだ。


「待てよ!」


「うるせぇ! 離せ!」


「この野郎!」


俺は中嶋の手を振り解いてパスモで改札を通ろうとした。

すると中嶋はパスモの入った俺の財布を奪い取り、中からパスモを抜き取ると、ベキッ! と真っ二つに折ってしまった。


「あぁっ!」


俺は叫んだ。


「なにしてんだバカ野郎! どうしてくれんだよ俺のパスモ!」


俺は中嶋の胸倉に掴みかかった。

今にも殴り飛ばしそうな勢いだった。


「ほらよ!」


すると中嶋は自分の財布から3万円を取り出すと俺に無造作に渡してきた。


「これでも足りなきゃ今度また渡すよ。だから今は帰らないでくれ」


「なんだよこれ! 金出しゃいいわけじゃねぇだろ!」


「パスモを折ったのは悪かった。あとでまた謝るよ。とにかく今はミユキちゃんのところに行ってあげてくれ!」


正気とは思えなかった。

酒が入っているとはいえ、今の中嶋は明らかに常軌を逸していた。


俺は訳が分からなかった。

頭が状況を理解することを拒んでいた。

俺が状況の整理がつかず錯乱している間に中嶋はこちらを心配そうに見つめていたミユキちゃんのところへ駆け寄り、二言三言話すと、再びこちらへ戻ってきた。


「……わかったよ。今日はもう解散だ」


「解散って……俺らもう電車ないんだぞ。どうすんだよ」


そう、こうやって揉めている内に中嶋の家までの終電は無くなっていた。

解散しても行く宛てなんかない。


「とりあえず、俺達のことは後にして、ミユキちゃんを家まで送り届けよう」


「送るって……近所なのか?」


「あぁ、車で5分もすれば着くらしいから、タクシーを呼んでおいた」


「タクシーだと? タクシー代なんて俺は出さねぇぞ」


「分かってるさ。そこは全部俺が出す」


そうこうしている内に中嶋の呼んだタクシーが来た。

中嶋がミユキちゃんを乗せて運転手に行き先を伝えていた。

俺はそれをやや離れた位置から見ていた。


はぁ、やっとあの女から解放される。

今日は散々な一日だった……。

と思っていたら、中嶋が俺の方にやってきてこう言った。


「二人でミユキちゃんを送るからお前も乗れよ。お前の分の料金も全部俺が払うから安心しろ」


何でそんな意味のないことを? と不審に思いつつも、これを拒んだらまたうるさいだろうから俺は仕方なくタクシーに同乗した。

どうせタクシー代はこいつが出すんだし、まぁそれくらいいいか。


タクシーが出発した。中嶋が助手席に座り、俺とミユキちゃんは後部座席に座った。

俺はもうミユキちゃんの姿を見たくなかったから窓の外の夜景を眺めていた。


5分後、タクシーが目的地に到着した。

中嶋は3人分の料金を運転手に支払い、俺達は車を降りた。

すると目の前には信じられない光景が広がっていた。


「おい、どうなってんだよこれ……」


俺の目の前に聳え立っていたのは、ラブホテルだった。

完全に騙された。

中嶋のヤツ、ミユキちゃんを家まで送り届けると俺に嘘をついていたのだ。

そこまでして俺をミユキちゃんと交わらせたいのかと恐怖を超えて驚愕した。


しかしどれだけお膳立てされようとも俺の意思は揺るがない。

あんなバケモノとやるくらいなら一生童貞のほうがマシだ。


「ほら、一発やってこいよ。ラブホ代も出すからよ」


今度はうって変わってニコニコしながら中嶋が言った。俺はもちろん断った。


「俺は絶対にやらないからな!」


「なんでだよ! 童貞卒業するまたとないチャンスだぞ! ミユキちゃんもめちゃくちゃやる気なんだぞ! お前ここまで女の子に好かれたこと29年の人生で一度だってないだろ!? これを逃したら一生童貞だぞ!」


「うるせぇ! 大きなお世話だ! あんな女とやるくらいなら一生童貞貫いてやらぁ!」


俺達は再び揉め始めた。

ミユキちゃんは心配そうな表情で俺達を見ている。


お前もいい加減状況察しろよ! 

俺はお前のせいで散々振り回されてんだよ! 

と言ってやりたかった。


「いいからホテル行ってこいよ!」


「意味わかんねぇこと言ってんじゃねぇよ! お前が行けよ!」


ついに俺達はミユキちゃんの押し付け合いを始めてしまった。


「そんなにミユキちゃんが気になるなら、お前があの女とやればいいんだよ! それで丸く収まるだろうが」


「だからミユキちゃんはお前のことが好きなんだよ! お前がやんなきゃ意味ないんだよ!」


「ふざけんな! 俺はやりたくねぇって言ってんだろ!」


「じゃあ分かったよ! 3Pしよう!」


「ハァ!?」


もう良いとか悪いとか、そういった次元を優に越えていた。

中嶋のその一言は、完全に俺の脳では処理ができなかった。

俺は声を荒げることをやめ、数秒間フリーズしてしまった。 


3P? 

3Pってなんだ? 

スマブラの3人対戦か? 

それともマリオカート? 


でも3Pだと一人足りないからもう一人はCPUになっちゃうな……。

でもなんで、ゲームするのにラブホなんて行かなきゃなんないんだ? 

3P、ラブホ、女……? ……ああああっ!


「ふ、ふざけんなよお前! 3Pなんかできるわけねぇだろ! 頭おかしいんじゃねぇのか!」


ようやく正常な思考能力を取り戻した俺は中嶋を怒鳴りつけた。

3Pだと? 

いい加減にしろよ! 


2Pだって嫌なのになんで3Pなんかしなきゃならないんだ! 

なんでお前と一緒に全裸になってこのバケモノ女とセックスしなきゃならねぇんだよ! 

ここは地獄か!? 

そうなのか!?


「なぁ頼むよ! 俺と3Pしようぜ? なぁ!?」


中嶋は俺の肩を揺すって涙ぐみながら懇願してきた。

こいつはもう人間じゃない。

そこにいるバケモノ女を超えるバケモノになってしまった。

俺は生命(いのち)の危険を感じたので中嶋の手を振り払って走り出した。

すると中嶋は、


「待てやコラぁ!」


と怒鳴り散らしながら追いかけてきた。


俺は、


「うわぁぁぁ!!!」


と断末魔の叫びを上げて全速力で逃げた。


「山田ァァァ!!!」


中嶋は鬼のような形相で俺の名前を叫んで追いかけてくる。

深夜のホテル街をゴミ箱を蹴散らしながら走り回った。

中嶋をまくために右へ左へ曲がりくねり、ビルとビルの間の狭い路地を駆け抜けた。


一体どれだけの時間走り回っただろうか。

いつの間にか中嶋の姿が見えなくなった。

俺は念のためもうしばらくクネクネと何度も路地を曲がると、ようやく足を止めた。


助かった。

緊張が解けると、激しく息が上がった。

ドッと疲労が押し寄せ、俺はその場でへたり込んだ。

真夜中の鬼ごっこが終わった。

お読みいただきありがとうございました。

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