9話 防衛設備・見直し
さて、流れ着いたお嬢様を手込めにして色々とわからせた後。
俺は島を一通り回って作業が滞りなく続いている事と異常がない事を確認してから島の防衛能力の向上に努める事にした。
どっちが来るかは判らないが、こうなった以上捜索が来ることは必然。
それは俺が死ぬことを意味している。
だからこそ、死人に口なし、を地で行ってもらうしかない。
ほどなく、射石砲群の改装が終わった。
オートローダーを設置して発射間隔を現在の30秒/発から25秒/発に改善。
最善はカートリッジ方式ではあるんだが、正直こいつに使えるカートリッジと言うのが想像つかない。
その代わり、装填してあるのは全て燃料気化爆発を付与してある。
これで痛手を与える事はできなくとも足止めくらいはできるだろう。
試射の結果は上々、問題なく砲撃をする事ができた。
他に中口径射石砲をいくつか設置……これは近づかれた時上陸部隊が乗ってくるボートなんかを狙うものだ。
機械弓や投石機も増設。こいつらは降りてきた兵隊なんかのソフトターゲットを狙う。
大陸との橋になってしまっている浅瀬は、機械的に一部を深く掘り下げて落とし穴にした。
海の中なので落ちはしないだろうが、浅瀬が続くと油断して進んでくるならいくらかは足を滑らせて溺れるはずだ。
「なんとも、蟻一匹寄せ付けぬ防備だね」
「まだ気休め程度だ」
背後からフレーアルがそんな間の抜けた事を言ってきたので事実を叩きつけてやる。
実際、この程度で油断をしていたら寝首をかかれる。
「もはや偏執的と言っても良いと思うんだが……何故そこまでここを見た相手を生かして帰さない事に執着するんだい?」
「別に執着はしていない、もっとスマートなやり方……喋れないように呪いをかけるとか、そういう事が出来るならそっちの方が良いに決まってる」
「いやそっちも殺す気マンマンだからね?……それで、なんでなんだい?」
「目立ちたくない、俺はどこにでもいるありふれた、つまらん世捨て人として誰からも知られずに死んでいきたいんだ、ここを目撃され、その情報を持ち帰られる事はそれが不可能になる事を意味する」
「矛盾してるね、だったら、そもそもこんな強大な要塞を作り上げる必要がない、こいつは目立って目立って、自分の縄張りを主張して、その中に踏み入ったものを排除して、外敵と思っている全てに“警告”するための物だ、そしてそれは、目立たなければ意味がない」
「専守防衛だ、こっちから攻めてる訳じゃない」
「そうかい?まぁ武装していようがいまいが、自分の縄張りに掠る程度に入られた事を、攻撃されたと表現するならそうなんだろうね」
煩い。
正直こいつと禅問答する気はさらさらないのだが……。
「大体、こんな真似しようとしても出来るはずのない近代兵器の真似事、バレた所でどう再現しろと言うんだい?」
「ここで使える技術だけで再現したんだ、再現自体はエンチャンターなら誰でも可能、という事を忘れてはだめだ」
「君の作り出したものの一番簡単で単純なものでさえ、天に愛されたレベルで才能を持つ者が寿命で死ぬ直前まで努力したとしてようやく成功できるかどうか、というものなんだけどね」
また嘘を言う。
ただ回転するだけのゴーレムを動力とする、なんて今日日子供でも思い浮かぶぞ。
「つまりその発想が無いんだよ、ゴーレムとは人型に近い形をした使い魔、あるいは人造生命体であって、動力ではない、というのがこの世界の常識で認識だ」
「現物を見ればそんなものは簡単に塗り替わる」
江戸時代の終わりに西洋文明と接触した日本が、そこから一気に近代国家へと駆け上がっていったように、道具はそれを理解できなくても使えるし、使っていれば理解してくるものだ
俺は人間の適応性というものを、舐めては居ない。
そして強い武器、という道具を手に入れた人間が、弱い相手にそれを振るって遊ぶという欲求に、驚くほど弱いという事も知っている。
俺はそうならないように常に努力し、身の程を弁えて押さえているが、他の人間全てがそうであるとは思っていない。
寧ろ他の人間は力を手に入れたら嬉々としてそれを振るうだろう。
だから、この島の技術は俺と共に消えるべきものであり、この島の存在を知ったものはこの世から消え去らねばならない。
死ぬまで、ここで過ごすか、死んで秘密を守るか、だ。
他の選択肢はない。
「真面目だねぇ、使えそうな訳の分からない技術を手に入れたからって、安易に兵器転用、軍事力強化……その結果滅びたとしてもそれは自業自得だろ?」
フレーアルの言う通りではあるのだろう。
道具は道具、法則は法則であり、それが人を害するわけではない。
包丁を使って人を刺し殺した奴が居たからと包丁を責める奴が居ないのと同じ事だ。
「まぁ、建前で……それでこっちに注目が集まるのを避けたい」
「あぁ、そう」
そう言うと、ため息をつきながらフレーアルはどっかに歩き去っていった。
ほんとなんなんだあいつは。
***
数日は、静かだった。
防備を固め、不具合を調整し、時折ミリシアとリーザが来るので抱いて。
……どうやら洗脳的なものは定期的に彼女らを抱かないと継続されないらしい。
そしてその日、射石砲が再び超水平線射撃を行っていた。
水平線の向こうにいくつものきのこ雲が湧き上がる。
あの雲の下は、燃料気化爆発で地獄と化しているはずだ。
本当に、あの雲の真下には居たくないと心の底から思う。
領海に足を踏み入れたバカがどこの誰なのかは、漂着物で判断がつくだろう。
「ご主人様」
背後から控えめに声をかけられる、振り向くと、メイド服に身を包んだミリシアが立っていた。
短く切りそろえた紺色の髪が風にゆれ、銀の瞳が真っ直ぐに俺を見つめてくる。
「なにをしてらっしゃるのですか?」
「海の向こうを見てる」
はぁ……と言いながら俺と同じ方を見たミリシアは首をかしげる。
「不思議な形の雲が出てますね……荒れる予兆でしょうか」
「かも、な」
流石にあれの正体を語る訳にはいかないので適当に会話を濁しておく。
ロングスカートのエプロンドレスが隣に並び、控えめに俺の腕に抱き着いて、身を寄せてくる。
「雨が……」
小さく呟かれた言葉は、どこか照れたような響きを持って
「雨が、降る前に……その、二人きり、ですから……」
ミリシアが、恥ずかしそうに上目遣いで、言う。
「……ご主人様が、欲しいです……」
「……」
まぁ、良いか。
水平線の向こうからなんらかの残骸が流れてくるまで、半日はかかる。
おおよそ12時間、その内何時間かをこいつの洗脳強化に使っても大きな損にはならないだろう。
「判った、ミリシア……服を脱げ」
「はい、ご主人様……」
うっとりとした艶っぽい声で答えながら、ミリシアは自身の身に纏う服のボタンに手をかけた。