6話 工業化と防衛能力
面倒くさい。
なにが面倒くさいってあの元アメーバだ。
隙あらばこっちの効率を下げようとしてくる、主に食事と睡眠で。
正直前科があるから強く出れない俺も俺なのだが……もう時効じゃね?
「何言ってんだ、あの手の事でこと君を警戒しない訳がないだろう」
「いや言ってないんだが……いや悪いとは思ってるぞ?だから非効率的なりに食事は取ってるだろ」
「毎度毎度、ゆっくりよく噛んで食べろと言ってるんだがね、流し込んで即仕事ではまたぶっ倒れるよ」
メイド服の裾を押さえながら座ると、ジト目で説教垂れてくるフレーアル。
「今だって時間のかけすぎだ、これ以上の時間の浪費は……」
「きちんと食べる事、眠る事は体の正常な機能を保つ基本だと言っているだろう」
「そんなものは根性で……」
「どうにかなる物なら過労死と言う言葉は生まれてないよ」
「……ぐぬ」
「大体、そこはあまりにも君らしくない、根性論など、効率から最も離れた言葉だろう」
相変わらずジト目のフレーアルがそんな事を言い出した。
判っていない、こいつは何もわかっていない。
根性論と精神論を否定する事は労働と奉仕を基幹とする社会の根底を否定するという事だ。
人はいかに安く、効率よく、高品質な労働力を休みなく長時間提供できるかによってその価値が決まる。
前世の俺はそこがダメだった。だから今度は上手く……いや、間違えないようにやる。
ただそれだけの事なのに、何が違うというんだ。
「なるほど、労働者が無能な経営者のやり方を学んで、クソ真面目に実行し続けた訳か」
「なんだと!?」
「無能な経営者が忘れている、というか意図的に見ないようにしている事がある、人間は有限だし働ける人間はさらに少ない、という事だ。それを使い捨て前提で動かして居れば、崩壊は訪れて当然だ」
はぁ……
やめだ、こいつ相手に常識をぶつけあっても絶対に理解はされない。
「判った、お前に常識を問うのはやめる」
「それは君の方が非常識だと何度も……まぁいいさ、不毛な口喧嘩はしたくない」
常識のない奴はこれだから困る。
俺は大きくため息を吐くと、改めて今後の計画を練り直す事にした。
まず防衛、以前植えた謎植物は今は海上にうっそうと茂る森と化していた。
複雑に絡み合った木々が訳の分からん生物たちの住処となり、それがこちらに押し寄せてくる危険性まで秘めるようになってしまったのは想定外だ。
これに対する防備の構想はできている。
要するにこの森の前に巨大で分厚い壁を作ってやればいい、生物に対する防壁になり、いずれ攻めてくるであろう辺境伯の軍に対する防備に使える。
15歳となり、身長もそれなりに伸びて運べる量も増えたとはいえ、一々石切り場と建築現場を往復していては時間がかかりすぎる。1往復で日が暮れるからな。
とりあえず反重力を付与して重さを疑似的にキャンセルした5m×3m×2mの建築用の石を高さ1kmまで積み上げて運ぶ。
不便だ。
しかして動力もない石を山の石切り場から海沿いの建築現場まで持って行くには……
そこでふと思い出す。
そう言えば、摩擦を無効にした物体は延々と等速直線運動してた。
「あ、そか」
思い立ったので行動に移す。
これまで石を背負って歩いていた道を徹底的に整地し、平らにならす。
小石や何かまで全て砕き、徹底的に平らにしたコースに、石が変な方向に行かないよう頑丈な防壁を立てる。
「付与、摩擦無効」
そして、コース上の摩擦を全て0に。
重さを消した状態で石をコース上に置き、全力で押す。
動き出すと同時に付与を解除するように仕込まれていた付与が発動し、石は自分の重さで摩擦0のコース上をミニ四駆の様に滑っていく。
コーナーでは壁にぶつかりながら曲がり、直線では勢いを落とすことなく石が走り続け、ゴール地点の建設現場で砂山にぶつかって止まる。
「ま、なんとか及第点だな」
途中で石も割れていないし、躓く事もなかった。
大甘に甘く見積もって60点と言った所だろう。
さて、ここからだ。
***
「ご主人様、君は一体何をしているんだ」
「判るだろ、ベルトコンベア作ってんだよ」
石の受け口に、摩擦係数20を付与した木の板を張り付け、そこで石が止まる様にしてから、木の板そのものを持ち上げて、石をベルトコンベアに乗せる。
それを組み合わせることで、建材を乗せる位置まで全自動で運ぶという訳だ。
機械は良い、人間と違って文句は言わない、効率的だし昼夜も関係なく、休みなど必要なく働く。
石の据え付けに関しては、俺の描いた設計図通りに組み上げられるよう、ゴーレムを作り上げた。
こいつは魔法でいくらでも作り出せる、優秀な重機だ。
完全に人の形を捨て、建築に特化する事でその性能は最大まで発揮される。
コンベアで運んできた石は、こいつが持ち上げて所定の場所に配置するという訳だ。
問題は動力をどうするか、だったが、こいつも付与で解決できた。
摩擦を無くした歯車を、二つ繋いで回転させる。この回転の動力にもゴーレムが役立った。
一定の速度で回転する事に特化したゴーレムを作り出し、さっき作った歯車につなげる。
それだけで動力は確保できた。
コンベアがカタカタと問題なく回る事を確認すると、適当に石を一つ置いてみる。
果たして、石はゆっくりと角度のついたコンベアを登り始める。
「よし、良い感じだな」
「……なにかい?君はこの世界に工業化MODでも入れようってのかい?」
フレーアルが呆れ切った声で尋ねてくる。
「悪いか?」
「呆れて物も言えないとはこの事を言うんだよ、剣と魔法のファンタジーだいなしじゃないか、誰が異世界をブラック企業化RTAしろ言ったか」
ブラックとは失礼な。
労管に目ぇ付けられなきゃそこはホワイトなんだぞ
そう言うと、フレーアルは何故か大きくため息を一つついて、その場を去っていった。
まったく判らん、あいつが何を考えているか。
***
それから数か月後、城壁は見事に完成した。
「ひとこと言わせてもらうと、島の周囲一帯を囲むほどの拡張が本当に必要だったのか?って所だけどね」
「そこは当然必要だ、争いになったら島嶼ほど守りにくい所はないんだぞ」
島全体を囲む分厚い城壁と、その上に互いをカバーする様に配置された自動照準、自動索敵、自律可動の対城弩群と対人用の連発式弩
そして、船や大型の魔物に対抗するための対城射石砲(勿論全自動)
まだ最低限にも満たないが、とりあえず形だけの防備は出来た、と思うべき所だろう。
「君の偏執的な所に何か言うのは疲れたのでスルー出来ない所だけ聞くけれど、あの射石砲の弾丸になる石、核爆発がエンチャントしてあるのはどういう事だい?」
「見たとおりだ、ただ石を打ちだすだけなんて何の意味もない、その点核攻撃なら広範囲に対する致命的な打撃が望める」
「自分の暮らす世界を自分で破壊しようとするんじゃない!!」
怒鳴られた。
なんでだ。
侃々諤々の言い合いの結果、なんとか燃料気化爆発で威力を維持する事ができたが、これは大幅な、どころではない戦力低下だ。
ちょっとばかり本腰を入れて相手が攻めてきたら、こんな城砦は10秒と持たないだろう。
もっと強力な武装と、強靭な防御を兼ね備えた拠点にしなければ。
***
という訳で、命中率に難のありまくる射石砲の精度を上げるために砲身を付けて見た。
撃つたびに砲身が割れたり、弾丸が中で擦れて射撃が安定しなかったりと苦労したが、どうにか射程距離25㎞での射撃を可能にした。
最も、最大スペックを出すためにはレーダーを高い位置に設置する必要があったが。
フレーアルからこの世界も球体だと聞いておいてよかった。後平方根の計算方法も覚えていて良かった。
超水平線射撃ができるという事はやはり安心感が違う。
相手に対してアウトレンジで攻撃できるというのは戦う上での基本だからだ。
そしてこの世界の標準的な艦載砲の射程はおおよそ150m
まぁまぁ安心できる射程の差がある。
一番安心できるのは航空攻撃で確実に沈める事だが、こればっかりは無い物ねだりだ。
そんな事をフレーアルに話したら蹴られた。
解せぬ。