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5話 元アメーバ、怒る


 作業用の衣服に「空腹感無効」「口渇感無効」「睡眠時間超短縮」の3つを付与。

 作業効率は格段に上がった。0時から作業を始めて現在16時、空腹感も喉の渇きも感じない。その分作業に時間をさける。

 大陸とつながってしまっている浅瀬部分には、マングローブによく似た生態のの苗木を植えておくことにする。成長促進の付与も付けておいたので、5年もすれば通るのも困難な森になるはずだ。


 防備についてはこれから追い追い考えていくとして、次の問題は石材やら金属の確保だ。

 基本的に何をするにも金属は必要になる。

 しかしそのためにはまずこの島に鉱脈があるかどうかを調べなければならない、ので今は後回し。


 石材は大量にあって困るものでもない、というか当面の防衛の観点からして大量に使うのでとにかく確保は必須。

 幸いにして切り出せそうな箇所はいくつかあるので、緒音波手刀の要領で超音波振動させた木刀である程度切り出す。

 それを適当に積み上げて、石の炉を作る。



 えぇと……



 あ、そうだ、炉を組み上げたら河口で粘土があるか……



 あ、やべ……これ





 あかんやつ


***


 ふと気づくと、日が傾いていた。

 どうやら疲労と空腹が限界に達していたらしい、この体はまだ5歳だという事を忘れていた。

 元アメーバだけでなく、自分の体にまで足を引っ張られるとは、

 幸いにして元アメーバには見つかっていないようだ、とりあえず水を一口、木の実を一つ口にすると、改めて対策を考える。


「あぁ、空腹感、口渇感だから駄目だったのか」


 普段の感覚で考えていたからそういう字体になったが、空腹「感」と口渇「感」じゃ感じないだけで腹も減るし喉も乾く、非効率的だ。

 そもそもこうやってぶっ倒れること自体が非効率の極みだ。体調維持は社会人の基本も基本だというのに、飛んだ凡ミスで時間をロスしてしまった。


「とりあえず、書き換えだな」


 作業着に付けたエンチャントから、感の一文字を取り除き、他も少し改良、追加する。

 これでエンチャントは「空腹無効」「口渇無効」「睡眠無効」「常時体力完全回復」「常時精神力完全回復」となる。


 よし、作業再開だ。


***


「……ご主人様、君は一体今までどこで何をしていたんだ」

「石の切り出し、炉の作成、粘土の採取、可食生物の調査、防衛要塞の土台作り……」

「たかが2日でやり終えていい作業量ではないと気づいているかい?しかも忘れているようだから言うが、今のご主人様はまだ5歳だ、本来はしっかり食べ、よく眠り、体を成長させる事を第一に……」

「それは違うぞ、フレーアル、大人とか子供とかではなく、俺は労働力だ、そこに貧富も貴賤も大人子供も性別もない」

「そういう事を言ってるんじゃない!ご主人様、君は労働と言う主人の忠実にして勤勉だが愚かな奴隷だよ」

「ありがとう、そう言ってくれるとは思わなかった」


 前の世界ではどれほど頑張ったとしても絶対に褒められることは無かった。

 まさか異世界に転生して、労働の奴隷と言う最高の賛辞を受ける事ができるとは!


「……全エンチャント強制解除」


 不意に強烈に襲い掛かる疲労と、飢餓感。

 猛烈な眠気と不調を訴える体。


「……それが、ご主人様の今の()()()()()だ、十分死んでいてもおかしくない状況なんだよ?」

「まだ……だ……」


 まだ、休めない、休むなんて贅沢は、できない。

 できないのに、体がいう事を聞かない。


「死は……労働をやめる……理由には、なら……ない」


 そう、死は労働をやめる理由にはならない。労働とは、それほど犯されざる聖域にして如何なる者もそれを穢してはならない聖地なのだ。


「……そう、か、ご主人様はそこまで壊されていたんだね」


 壊れてなどいない、そう言いたいのに声が出ない。


「いいんだ、自分を磨り潰して、犠牲にして、ただ他人にいい思いさせる為だけに苦しむ必要なんてもう無いんだよ」


 フレーアルに抱き上げられて、初めて自分の体の軽さ、小ささを理解した。

 こんな細身の女の子に軽々と持ち上げられるほど、俺は軽い。

 150センチは超えていないと言い切れる身長の女の子に抱き上げられて、地に足がつかないほど、俺は小さい。


「私には判った、今のご主人様に必要なのは、甘やかされる事だ、休む事だ、欲しいだけ食べて、眠りたいだけ眠る事だ」


 ちがう、そんな堕落した生活はダメだ。

 徹底的に律し、鞭を振るわなければ、人間は楽な方に流れる。

 苦痛と痛み、激しい労働だけが、そんな人間をまともにする。

 休むの等、死んだ後で良い。

 楽しむ?それは労働力でしかない人間には贅沢すぎる、考える事すら許されざる悪だ。


「心の方はどうしようもない、けど、体の方は、どんな手段を使ってでも、休んでもらうよ」


 言いながら、フレーアルが手に魔力を集める。


「スリープ」


 トドメの様に押し寄せる強烈な眠気。


「……疑似人格付与、記憶状況のフィードバック構築……」


 遠くに、フレーアルの声が続く。

 理解できない、止めなきゃ不味いのに、止められない。


 ひどく……眠い、眠いんだ……

 寝てる暇なんて無いんだ……


***


 酷く燦燦たる気分と共に、意識が戻ってきた。


「やぁ、気分はどうだい?ご主人様」

「良いわけがないだろ」


 全身が痛む中、いい笑顔でひらひらと手を振っている元アメーバを思いっきり睨みつける。


「睨みつけたいのはこっちさ、無茶なんて可愛いレベルじゃない事を体が動くようになってから只管やってきたみたいじゃないか」

「必要な事の最低限にも満たない、とにかくもっと、遅れを取り戻して万全を期さないと」

「前々から聞きたいとは思っていたが、ご主人様は何に怯えて何に備えようとしてるんだい?まさかこの世を襲うありとあらゆる災害、ありとあらゆる災厄とか言わないよね?」

「……何が言いたい」


 肩をすくめて、やれやれと頭を振るフレーアルにイライラしながら、俺は話を続けるよう促す。

 ……それにしたって、なんかさっきから声が低いような?


「ご主人様が何をそれほど恐れているのかは、知らない、けれど、ありもしないものを怖がり過ぎだ、と言ってるんだ」

「不測の事態に備える事の何が悪い?」

「それがやりすぎだと言っている、仮にありとあらゆる全てのものから身を守る事のできる城砦を作り出す事ができたとして、そこに入る前に主が死んでいては元も子もない」


 生意気な事を言う……お前なんかに何が「判らないし判りたくもない」


「いいかい?ここはご主人様が生きてきたあの世界とは違うんだ、ブラック企業なんかどこにも存在しないし、自分の限界をはるかに超えた「最低限」を保持し続けなければ許されないような社会情勢も存在しない」


 ぐい、と下から睨みつける視線と表情で、そう言い切られた。


「いいかい?ここはそんな“個人の自己犠牲と奉仕の精神を利用して徹底的に絞り取らなきゃ生きていけない”様な狂った世界じゃないんだ、身を護る術と力を望むことを否定はしないけど、今生きている場所を、甘く見るもんじゃない」

「ふぅ……判ったよ、だが、他の人間とはかかわりを持たない、これは最低条件だ」


 実際、そういう事なら、最初から関りを持たない事が、互いのリスクを最低まで減らす最良の方法だ。


「個人の関わりの範囲まで口出しはしないさ、自分を大事にしてくれるならそれでいい……さて、状況を説明するよ?ご主人様、君の体を正常な状態に戻すまでに、10年の時間を費やした、やはり危ない所だったよ、君はぶっ壊れて死ぬ寸前だった」

「たかがあの程度で大げさな」

「5歳の体で、現役軍人でも逃げ出すような重労働を一日二十四時間休みなしのフル稼働でしていたんだぞ?それも、5歳になるまでもだいぶ無茶をしただろう?本当に生きているのが不思議なレベルで、魂ごと壊れかけていたんだ、それを治すのに、10年じゃ短すぎる位さ」


 本気のジト目をしながら、フレーアルがそう続ける。


「あぁ、判った判った……それで、結局どうなってるんだ?」

「はぁ……まずは、見てみると良い、少なくとも、身体能力的にはギリギリのラインまで鍛えてある」


 言いながら、フレーアルが腕を振ると、その先に魔力の鏡が浮かび上がる。

 そこは……。


 手入れもしていない真っ白な髪を肩まで垂らした


 いわいる細マッチョの青年の姿が映っていた。


「細すぎる」

「何を訳の分からない事を言ってるんだい、体幹はしっかり鍛えてあるからそれでいいんだよ」


 体を動かすのに特に問題はない、という所は流石神様クオリティと言った所か。

 しかし体の方は良いんだ、別に。問題は設備だ。

 10年。それだけの時間があったにもかかわらず状況は眠らされる前と大して変わっていない。


「有益と有用しか求めないからだよ、君には“遊び”がなさすぎる」

「遊んでいる余裕など」

「この場合の遊びは、遊ぶ事じゃなくて“ゆとり”“余裕”“冗長性”の事だよ」

「現状それを求める段階にはないだろ、今は冗長性よりも効率と性能を」

「そこだ、最初の二つ、ゆとりと余裕をあえて無視してるよね?」

「それこそ今は無い物だろ、無い物ねだりをしても仕方がない」


 本当に何を言ってるんだ此奴は。

 判らない、言葉は判るのに会話が通じていない。


「詰まる所、君の思考と精神は安全装置の組み込まれていない機械だ、この10年でようやくそれだけは判った」

「それの何が」

「別に悪くはないし、こういう所で一人でいるなら何の問題もない、だからそれ自体は問題視していないよ、問題点は生命として当然あるべき自己防衛機構まで効率と能率で切り貼りしようって所だ」


 言いながら、フレーアルが俺の頬に手を当てる。

 近い。


「いいかい?何度でも言おう、“君は機械でなければ会社を儲けさせるための使い捨ての道具でもない” それを目的として生かされていた男は死んだ、今の君は、レムナントというまっさらな人間だ」


 言い返そうとして、声が出なかった。

 こいつ頬に当てた手を喉まで下げて首絞めてやがる


「君が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 いやだから……



 くるし……



 も、ダメ……

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