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28話 滅びを撒く島 ~魔王視点~


 人族の軍が独自に動き、魔の島へ向かっているという。

 その情報を私が得た時、事は既にどうしようもない所まで来ていた。

 軍を率いているのは天剣の勇者。

 それを聞いたとき疑念は確信へと変わった。

 彼は強く、勇者と呼ばれるにふさわしい人だが、こと政治には恐ろしいほど向いていない。

 真っ直ぐな人間と言うのは、扱いやすいのだ。

 そう、誰にとっても。


「ことこの段階に至って勇者すら権力争いのコマにするとはな」


 魔の島から、救い出せるだけの人を救い出し……幸いにも、そのほとんどは戦闘が始まった時点で後退しており、平民を主体とする戦力のほとんどは無事に後退ができた。

 人族の間では、早速貴族達を中心に勇者を責め立てて責任を取らせようという動きが出ているようだが。正直それはどうでもいい。

 問題は、魔の島の主がどういう理屈かは知らないが、スキルを持ったゴーレムを作り出す事が出来るという事。

 しかもそのスキルは天級、というから破格だ。

 平たく言えば、歴史に残る勇者を量産できる、という事で……特に人族の貴族たちはその技術の確保をしたいと躍起になっているようだ。


 強いスキルのみがあっても、それを扱う者に相応の心が無ければ、力に飲まれた愚か者を量産するだけだというのに……。

 

「おそらく、我々に対抗する手段がない、と焦っているのでしょう……人族は、その最大の利点である数で、既に我々に劣りますからな」

「数で決して勝てない者が過剰な質を手に入れようとするのは道理か」


 そこへ行くと、魔の島の主はその究極だろう。

 彼はたった独りで世界を敵にし、渡り合っているのだから。


「……魔王様」

「どうした、ラーグ」


 背後からかけられた声に振り返ると、ラーグが臣下の礼を取っていた。

 かの絢爛なる淫魔の女王も今は動きやすい質素な服装に身を包み、重傷者の看護に奔走している。


「……人族が二人、魔の島からやってきた、と言う者が」

「なに!?」


 それを聞き、私は内心の動揺を隠す事が出来なかった。


「直ぐに合う!少し待っていてもらってくれ!」

「そうと思って、謁見の準備はしております……ただ……」


 彼女は、表情を曇らせると、次のように続けた。


「決して、お心を乱さぬようお願いします……魔の島の主、あるいは我々が想像する以上の悪かもしれません」


***


 ラーグと共に、応接間に入ると、そこには二人の女性が居た。

 彼女らは、私を見ると立ち上がり、優雅に一礼する。


「お初にお目にかかります、サンベルタ皇国王女、リーザ・ヴェル・サンベルタと申します」

「その従者、ミリシアと申します」


 スカートの裾を摘み、腰を落として礼をする二人に、私も礼を返す。


「よくぞ、あの島から無事に戻られた……当代の魔王、ウィーレアという……貴女方が生きて魔の島から出られた事を嬉しく思う……そして、私はとても辛い話を、あなた方に伝えねばならない」

「……父が、亡くなったのでしょう?ラーグ様からおおよそのお話はお聞きしました」


 ラーグに視線を向けると、そのラーグが深々と頭を下げた。


「出すぎた事を致しました、しかし、私が適任である事に間違いはないかと」

「あぁ、その判断は正しい……私では上手く落ち着けさせられるとは思えないからな」


 そんな事を話しながら、彼女らの魔力の流れを見る。

 ……果たして、彼女らの魔力は、一度ずたずたに引き裂かれたかのような歪な流れをしていた。

 まるで、誰かに都合のいい玩具としてのみ存在できるように、改造された跡がまだ癒えていない、と言っても良いかもしれない。


「ところで、貴女方はどのようにしてあの島から逃げ出す事ができたのだ?認めるのは癪だが、あの島の防衛は鉄壁だ」

「……あの島の主は、天剣の勇者を仕留めそこなった事を知ると、すぐに私とお嬢様を解放したのです……私たちの身体に、勇者様と出会い、安堵すると魔力が暴走し、爆発する付与を仕込んで」


 その言葉に、私は息をのむ。

 生きている人間を爆発物として扱うなど、魔の島の主は本当に人なのか?

 欠片ほどでも、人の心を持っているのか?


「ですが、安心してください、既にそれは取り除かれています……魔の島の主の観察者である女性の協力で」


 それを聞き、私は安堵と共に疑問を感じる。


「観察者?」

「ご本人はそう仰っていました、魔の島の主のやる事に感想と意見はしても、協力はしていなかったので、その意味で観察者、なのかと」


 先ほどからてきぱきと私の質問に答えるミリシアと言う名の狼人の女性に、理解したと伝えるために深く頷いて見せる。


「その観察者とは一体……?」

「判りません、尋ねても、答えてはくれませんでした」


 注意すべき相手なのか、協力できる相手なのか……願わくば、後者であって欲しいものだ。


***


「ええと……リーザ様?」

「はい?」


 話の区切りがついた所で、ラーグが赤髪の令嬢に声をかける。


「聞くところによると、国家間の安寧の為、勇者様の元へ輿入れに向かう途中だったとか」

「はい……ですが……」


 悲しみに沈んだ顔で、俯く。

 魔の島の主に何をされていたか、考えるまでもなく想像は付く。

 それだけ美しく、愛らしい……魅力を感じる女性だ。


「大丈夫、あの御仁は貴女を嫌ったりしませんわ」


 ラーグが、その小さな体と腕を精一杯に伸ばして、リーザ嬢の頬を撫でる。


「……そうでしょうか?他の男に穢された女など……」

「国として、貴族として、政略結婚の道具としてはそうでしょう」


 きっぱりと言い切るラーグ、それに対して口を開こうとしたところで、更にラーグは続ける。


「しかし、一人の女性として……彼が求めているのは貴女である事に間違いはありません」


 驚きの表情を見せるリーザ嬢に、ラーグは微笑んで見せる。


「私たち淫魔は人の心を見て、寄り添う事ができる……でなければ、人の精をいただく事などできませんからね?……その上で、彼は私たちがお慰めするのを、固辞されているのですよ?あなたに申し訳が立たないからって」


 それを聞き、リーザ嬢は顔面どころか耳の端まで真っ赤になる。


「今は負傷で臥せっていらっしゃいますが……堅苦しい会見はこれ位にして、会って差し上げてくださいな、それが、彼にとって一番の治療でしょうから」

「……はい」


 その、蚊の鳴くような小さな声に、驚きと、喜びと、恥ずかしさが溢れんばかりに乗っていたのを、その場の誰もが気づいていただろう。

 ラーグに連れられて、リーザ嬢とミリシア嬢が勇者に会いに向かう。


 ……魔の島の主よ、誰かを愛する人間は、強く、しぶといぞ?

 翻ってお前はどうだ?己一人しかいない小さな世界を守る事に固執するお前は……

 その強さを、理解できるのか?


 胸の内で、魔の島の主に問いかけ、私は徒歩で執務室へと戻る事にする。

 勇者と、彼を愛する女性の逢瀬に魔王が同席するなど、ヤボの極みだろうから。


 リーザ嬢達の引率を終えたラーグも、少しの時間を開けて恋人たちの逢瀬の場から離れた様だ。


「まぁ、ちょっとお節介はしてきましたけれどね」


 そんな事を言っていたが……多分、一晩は誰も勇者の所に近寄らないようにしておいた方が良いだろう。

 どこまでも終わったとしか思えない世界だが、私は、ごく小さな希望を、見出したような気がしていた。


***


 崩壊は、突如として訪れた。

 なんらかの巨大な物が落ちてくるような風切り音。

 何事かと空を見上げた私の目には、無数の巨岩が降り注ぐ光景が映っていた。

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