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25話 牙を剥く病 ~魔王視点~


 交渉が決裂した後、世界的な偉業が成し遂げられた。

 人と魔の和解と協調。

 一人の人間との交渉すら盛大に失敗した魔王だが、その部下は粘り強く、辛抱強くより多くの人との縁を結ぶ事に成功した。


 全く、王などと祭り上げられて、これが良い所だ。


「……あんたが、魔王か」


 自嘲的に笑っていると、背後から声を掛けられる。

 振り向くと、そこには見事な騎士鎧に身を包んだ青年が一人、立っていた。


「そうだが、貴君は?」

「天剣の勇者、そう言えば、さっしは付くだろう?」


 我知らず、表情に出ていたようで、彼は苦笑する。


「そう硬くなるよな、本来はどうあれ、今は一度に一人の病人しか運べないただの男さ」

「お互い、不思議な状況になったものだな」


 本来なら敵として相対するはずの勇者と、廓を並べるという事に改めて世界の不思議を感じる。

 あぁ、本当に……世界とは、運命とは不思議なものだ。


「……もし」

「?」

「もし、勇者と語る事ができるなら、酒でも酌み交わして話したいと思っていた……まさか叶うかもしれない日が来るとは」

「あぁ、あんたとなら、面白く酒が飲めそうだ」


 私の言に、勇者は笑いながらそう言った。

 私はこの時、確かに手ごたえを感じたのだ。

 やはり人と魔は、互いに手を取って生きていく事が出来ると。


***


 大戦士オルムが死んだ。

 その報が衝撃と共に陣内を駆け巡る。


「……間違い、ないのだな?」

「は……両の足と腕を撃ち抜かれ、動けなくなり……何とか助けようとしたのですが、あの謎の樹海に住まう正体不明の化け物に襲われて……」

「…判った、仔細を伝えてくれたこと、感謝する」


 オルムの副官であった男から報告を受け、周りに人が居なくなったことを確認してから

 私は、呆然としていたに違いない。

 彼は間違いなく、優秀な戦士であり、真に強さというものを知っている男だった。

 誇りというものを、体現している男だった。

 間違いなく粗野な男ではあったが、卑怯卑劣という言葉からあれほどかけ離れた男を、私は見た事がない。

 それが、そのような……誇りも何もない……


「魔王様」

「バエル……すまないが、今は……」


 だが、時と状況は私に立ち止まる事を許してはくれなかった。

 バエルのもたらした報告は、更なる絶望の色をしていたのだ。


「……火急の事態です、かの死病によって死んだ者が、動く死体となって蘇っているとの事」


 今度こそ、私は絶望というものがどんなものかを叩き込まれることになった。

 先の会談以降、南にある「魔の島」と呼ばれる島に面した大陸の海岸は、絶えず爆発に晒されている。

 明確な敵がそこに居ると判りながら、排除に向かうことができない。

 あそこが、残された唯一の土地だというのに……。


 死病は恐ろしいほどの速度で世界を席巻し、最早人は元よりあらゆる生物がその毒牙に掛かる事となった。

 山野で獣や鳥によって媒介され、これまで死病に犯されていなかった場所が次々と死病に埋め尽くされていく。

 そして、それらの病で死んだ死体が、動き出した。

 まるで生きているかのように徘徊し、生きているものを襲う。

 不思議と、死病に感染した者、同じ動き出した死体には反応せず、生きている生物だけを襲って、数を増やし続けている。

 魔力で作り出されたリビングデッドという訳ではないから、ネクロマンシーでの操作も当然できない。

 いや、全力疾走し、小さな障害物ならば飛び越え、迂回し、罠を張り……下手に魔法で作った動く死体よりもよほどよく動き、狡猾だ。

 そんなものが、世界中で増え始めた。

 当然、動く死体に襲われた者は死病に掛かり、それで死んだ者が動く死体となる。

 先に送り出した調査隊が、動く死体の群れに襲われ、海岸まで逃げた所で、魔の島からの攻撃で動く死体ともども殺されたとの報告が、添えられていた。


「……なんとも、どうにもならんとはこの事だな」

「弱気になるのも良いですが、現実的な対応をせねばなりません」


 誰もが、己の無力を噛み締めながら成すべき事を成している。

 私だけが嘆いている訳にはいかない。


「……あの笛、と言ったか……あれの訓練はどうなっている?」

「数度触れた程度の者がほとんどですが、あれはまっこと恐ろしい武器です、戦場の主力となるには十分な力を持っており、戦争は変わるでしょう」


 人軍の使っている射撃武装、それを我々魔族も使う様に訓練している。

 ほぼ全ての歩兵が、槍よりも遠い距離から騎兵を撃ち殺せる存在となってしまい、騎兵隊がとても複雑な表情をしていた。

 実際、馬や地走竜の死体を撃ったものを検分した所、一撃でこれだけのダメージを受けるならば行動不能になるだろう、と言えるだけの損傷を受けていた。

 騎兵用の鎧も撃ち抜かれ、貫通していたというからその威力たるや、と言った所か。


「この笛は、更に強化、高性能化が行われているとか」

「名もなき付与師が基礎を作ったとの事だが……我々は、付与というものを限りなく甘く見ていたのかも知れんな」

「竜の仔と蜥蜴を混同するのは愚かな事である、ですか」

「弱い力の集合を侮っていた、特に、我々魔族はそれをよく知っているというのにな」


 世界史を紐解けば、魔族による人族への攻撃は数百から数千年に一度の頻度で行われている。

 そしてその都度、魔族は人族の「集い、手を取り合う力」に敗れてきた。

 人は、個の力では決して魔族に勝てない。

 しかし、手を取り合い協力する事で、強大な敵である魔族に抵抗してきたのだ。


「……あるいは、魔の島の主がしている事もこれなのかもな」


 私が発した言葉は、誰にも聞かれずに消えていったに違いない。

 もしも、そうだとしたら……


 それはあまりにも悲しいではないか。



 共に手を取り合えば、世界すら動かせる力で、敵を傷つける事しかできないとは……。

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