17話 魔王起つ
アクレピオスに更なる病の調査を命じると、私は他の幹部たちと共に更なる対応を考えなければならなかった。
各国に私の名で送った使者は、結局のところ恐怖された以上の事は出来なかった。
これがただ、私が世界を滅ぼすための前座、という事ならばそれで良いのだが、今回はあまりにも状況が違う。
友好を結ぶための使者として送り出して、この有様だ。
筋違いだと判っていても、大暴れして伝説にまでなった前の魔王を張り倒したくなる。
「……まぁ、当然と言えば当然の結果だ、責を負うべきは私であり他の誰でもない」
「しかし、予測できた事とは言え、こちらの話に耳を貸そうという者たちが恐ろしいほどに居りませんな」
「そもそもが人間からすれば“世界の破壊者”として現れる魔王だ、そうなるのも致し方ないし、この病が我々のもたらしたものだ、という話も既にたっておる」
「……疲れて笑いも出ないとは、この事を指して言う言葉ですな」
醜悪な老人の顔に重苦しいまでの疲労を浮かべて、バール・バエルが会話を締める。
実際の所、彼の負担も相当なものだろう、多少なりとも軽減させてやれればいいのだが、いかんせんこちらも負担は似たり寄ったりだ。
「あまり老人扱いされても困りますな、これでもまだまだ若い者には負けんつもりですぞ?」
「それがほとんどそのまま老人の言だと言っているんだ」
「はっはっは、年を取ると笑いのネタもあまり凝ったものは胃にもたれますでな、するりと飲み込める位で丁度いい」
全く持って、洒落っ気の抜けない老人だ。
そんな意味を込めて苦笑しつつ肩をすくめて見せる。
***
無駄と判りつつ、各国に親書と使者を送り出す日々に、一つの変化があったのはそれから暫くしてだった。
「魔王様、人間の国から、魔王様とお話がしたいと返答が」
「なに!?」
驚きのあまり、手に持った軽食を危うく決済書類の上に落としそうになる。
……あぁ、驚きのあまり握りしめちゃったからソースが……
「……些細なことにこだわっている場合ではないな」
「全くその通りですが何故指先に付いたのを舐めとりながら言いますか」
もったいないじゃないか、まぁ無意識だったが。
「それで、どこだ」
「サンベルタ皇国、この大陸と対になる様に存在する大陸で覇を唱える大国です」
「……何か裏がある、そう思うが」
「その余裕はないでしょう、サンベルタでは現在、国内の主要都市すべてで同時多発的に病が発生し、一気に主要都市全てで罹患者が発生しておりますので」
「噂を真に受けて病を止めるよう懇願でもしたい、という事か」
「でなければ、魔王様を仕留めれば病が収まる、と思っての行動でしょう」
「……無駄な事を」
しかし、対話の第一歩にはなるだろう。
私とて、初めから協力が得られるなどと思ってはいない。
互いが互いの意志を示し、利を擦り合わせてから初めて、協力できるかどうかを考えるのだから。
だから、行ってみなければ始まらない。
相手の誠意を引き出す唯一の方法は、己の誠意を見せる事なのだから。
***
サンベルタ皇国首都サンベルタ。
いまのこの都市を一言で言い表すならば、地獄だった。
「アクレピオス、可能な限りで良い、助けられるものを助けてほしい」
「御意に」
大賢者、アクレピオスの指示のもと、防護の魔法に守られた魔人達が病に倒れ伏す人々の元へと向かう。
私はそれを見届けると、首都を見下ろす丘の上に建つ城へと歩を進めた。
「……偽善だと思うか?」
「はい、しかしその偽善、より大きな正義の為でございます」
私の自嘲的な言葉に、バール・バエルが真顔で答える。
あぁ、偽善だ。世界を滅ぼす者を自称しながら世界を救おうとしているのだから、それを偽善と言わずになんという。
「世界の為の善である、と嘯いて何もせぬ輩よりも、魔王様の行いは善でありましょう、偽物が本物を超えてはいかん、という法はありませんぞ?」
バエルとは逆側に控える大魔導、バフォメットが笑いながら言う。
「お前にしては、随分と力づくな言葉だな、バフォメット」
「あぁ、俺の言じゃない、オルムの受け売りだ」
魔族である事を隠そうともしない山羊頭の屈強な魔術師は、それこそ天地を貫くような大笑いで答えて見せる。
そんな二人のやり取りで、心が軽くなる。
いかんな、どうにも弱気になってしまう。
「では、大戦士オルムには何か褒賞を取らせねばならんな」
そんな事を言いながら、城門へと進む。
誰何の声の一つくらいはあっても良いようなものだが、門はあけ放たれたまま、出迎えが出てくるような様子もない。
「魔王様を前に出迎えの一つも無いとは……」
「良い、この状況だ、あちらも余裕など無いのだろう」
それに、案内が居なくとも、城の構造などどこも変わらない。
果たして謁見の間には、病に苦しみながらそれでも忽然と立つ一人の人間がいた。
「……魔王と聞いて、世にも恐ろしい怪物ではと考えていたが、まるで戯画から出て来たかのような美男子ではないか」
「魔王様を前に、無礼な」
「良い、バエル……お初にお目にかかる、サンベルタ公皇」
「お互い王だ、上下は無い……ざっくばらんに行こう」
苦しんでいるのだろう、息は荒く、時折ふらつく王を前に、私は何もしない。配下の二人も、何もしない。
ここで無償で手を差し伸べる事は、魔王を前に屹然とあろうとするこの男の想いを踏み躙る事になる。
「病か」
「あぁ……高熱と嘔吐、咳が百日続き、全身の穴と言う穴から血を吹き出して、死ぬ」
あの赤黒く染まった王の衣装は、つまりそういう事なのだろう。
「……出来る事はあるか?」
「魔王様!?」
私の口をついた言葉に、バエルが声を上げる。
それを意に介さず……その余裕がないだけかもしれないが、サンベルタ公皇が続ける。
「私は放っておいても死ぬ、助命の嘆願はせんよ……それよりも、お前にこの国を頼みたい」
「なに?」
バエルが眉根をしかめ、バフォメットがふむ、と腕を組む。
「民を守る事もできぬ国の名など、歴史に残る価値もない……だが、ここまで来ることのできたお前達なら、歴史に残る価値のある国家を、この地に作る事ができるのだろう?……だからこそ、伏して頼む、民を、この病の災禍から救ってほしい」
公皇の眦からこぼれる血涙は、決して病が原因なだけのものではないだろう。
血を吐きながら、魔王に頭は下げず、民を救う物に伏して民を救う事を願う。
それを真の王と言わずになんというのか。
少なくとも私は、それ以外に今の彼を表す言葉を持たない。
「私にも、この病を収める事が出来ると約束はできない……だが、出来る範囲の事を、出来るだけの事をしよう、貴殿が願う様に、民を一人でも多く守っていこう、誠の王よ」
「……まことの王、か……貴殿に言われるならば、この上もないというものだ」
ふぅ、と息を吐く。
それと一緒に、サンベルタ公皇は膝を付き、倒れる。
「公皇!」
「良い……もう助からん者を助けようとは、しない事だぞ……年若い魔王」
にやりと、笑みを浮かべて……。
彼はそのまま息を引き取る。
「魔王様、使い魔共が仔細調べてまいりました……この城に息のある者は、もう……」
「……判った、結界を張り、この城に火を掛けろ……ここに巣食う病の源を、根絶やしにしろ」
その命令は、私が発したとは思えないほど、酷く沈んだ声で伝えられた。
かくて、サンベルタ皇国は滅び、私が支配する魔国の旗が、この地に翻る事となる。





