16話 来たる者~魔王の記録~
深い闇を抜け、私はこの大地に降り立った。
そう、生まれたのではない、降り立った。
私は、人々が魔王と呼ぶもの。
世界に恐怖を撒き、滅びを与える事が我が使命。
人々よ、どうか、無駄な抵抗はせず、滅びを受け入れてくれ……。
どうか、世界に再生の機会を与えてやってくれ……。
どうか……
願いながら、私が最初に見たものは……。
今まさに、流行り病で最後の一人が息絶えようとしている村だった。
「お、おい!どうした!しっかりしろ!!」
慌ててその一人……まだ小さな子供に駆け寄り、抱きかかえる。
「だめ……だよ、ごほっ……びょうきが、うつ……って……」
「大丈夫だ、私は並の病気には負けん、それよりも待っていろ、今治療をしてやる!」
私の腕の中で、呼吸は浅く、弱くなり、この小さな命は今まさに消え去ろうとしている。
認められぬ、認められるものか。
目の前の小さな命一つ救えぬものが、どうして魔王などと名乗れよう!
「はぁ……はぁ……」
「くそ……!高位の治癒術なのだぞ!何故全く効果が現れんのだ……!」
しかし……
あぁ、私は……
「あり……がとう……」
「小僧!しっかりしろ!諦めるな!」
私は、これほどの力を持ちながら……
「……」
「小僧……!くぅっ……!!」
腕の中の小さな命が、病に打ち消される所を、見ている事しかできなかった。
「……誇るがいい、お前は、立派に戦った……力及ばず敗れはしたが、その戦いを穢す者は、我が名において打ち滅ぼすと誓おう……我が腕の中で息絶える事を、栄誉として逝くがいい」
***
私が埋葬を終え立ち上がると、背後から気配が一つ近づいてくるのが判った。
「小さな村一つとはいえ、これほどに速く滅ぼされる、お見事に御座います、魔王様」
「……私が何かした訳ではない、初めから流行り病で滅んでいた」
「なんと」
背後に立っていたのは矮躯の老人の姿をした、我が配下。
私も人の事は言えないが中々に醜悪なツラをした陰謀屋だ。
「この村、いえ、この地自体から良からぬ気配が強くいたします。我々には今の所害は薄いようですが、早めにこの地を御離れになるのがよろしいかと」
「そうだな、ここで最後に息絶えた村人が、流行り病にやられたと言っていた……念には念を入れておくか」
私は空中に退避すると、腕を伸ばし呪文を詠唱する。
「地の底に眠る灼熱たる炎よ、我が力となりて滅びを浄化せよ」
魔力が円弧を描き、始点と終点が重なって完全な円となる。
そのまま手を握りしめ、張り巡らせた魔力の糸を掴むと、ぐんと引き上げる。
普段は地の底に埋もれている、溶けた岩石の塊が引き上げられ、全てを溶かし、焼き尽くす。
所詮私は、こうする事でしか守ることは出来ない。
「バール・バエル」
「は」
私の背後に控えたままの参謀に、静かに命じる。
「世界全てをくまなく調べよ、勇者云々ではない、今この世界に何が起きているかをだ」
「……よろしいので?」
「もしも私が聞いたことが事実だとするなら、事は勇者だの魔王だのと言っていられる状況ではない」
「承りました、魔王様」
この時、何故私はもっと踏み込んだ行動をしなかったのか。
今でも、後悔している。
***
世界は、その病に静かに侵され始めていた。
明確な死病、まるで人間を殺す事に最適化したかのような病は、まるで風邪の様に街一つに広がり、恐ろしいまでの速度で人を死に至らしめた。
「……そうか、我々の力を持ってしても、見抜く事は不可能と」
「申し訳ありません、力及ばず……」
「良い、そもそも完全に未知のものを既存の知識だけで見抜けと言った私が愚かなだけだ、お前たちには何の咎もない」
このままでは、我々が人を滅ぼす前に人が滅びてしまう。
それを結果として目的が達せられるのだから良い、という者は我が配下には居なかった。
私は、それこそを誇りに思う。
「……この病、あるいは元になるモノは我々の手には余るやもしれません」
「どういう事だ」
こちらに召喚してから、ずっと病の解析に当たらせていた幹部の一人、大賢者アクレピオスが渋面を隠そうともせずに言う。
「昨日まで効いていた薬や魔法が今日には効かない、などという可愛らしい物ではありません、一度でも効果のあった対処法は、数分経てば全く効果がなくなります」
「なんだと……!?」
バカな、病気が自らを変化させているとでもいうのか!?
狼狽が辺りを支配する、その中で、アクレピオスが更に言葉を続ける。
「この病は、目にも見えないような極々小さな生物が生命体の体内に入り込む事で引き起こされると言う事を、我々は解明いたしました、しかし、この小さな生物というのが問題だったのです」
誰も何も言わない、私を含め、誰もがアクレピオスの次の言葉を待っている。
「この生物は、生命体としてはとても原始的で、とてもとても繁殖が速く、変化しやすいのです」
「……弱くて繁殖がはえぇからって、なんだってんだ?」
幹部の一人、赤龍のオルムが心底疑問に思ったように言う。
彼は決して賢くはないが素直だ、判らない事をそのまま判らないという、こんな簡単な事を、私も含めできないものが多い中、それをやってくれる。
「1匹が体内に入れば一晩で数千兆匹に増える、目に見えない生命体です、考えたくもない事ですが、もし、この生命体が生物の体に入ってから、その生物を殺すのに十分な毒素を生み出せる数になるまでは大人しくしており、十分な数が揃えば突如牙をむく……という動きをしているとしたら、どうなるでしょう?」
「……まるで伏兵じゃねぇか」
オルムが愕然としたかのように呟く。
彼は賢くはない、しかし愚かという訳でもない。
時として、誰よりも素直に、本質をつく事がある。
「そう、そしてこの生物によって病に侵された生物が咳をしたり、排泄、嘔吐をしたりすると、それらに乗ってこの生物が体外へ放出され、極々微細な塵と一緒に空気に流され、何かに付着します、それに触れた別の生物が、その手で食べ物を食べたり、目を擦ったり、という事をすると……」
「その生物を体内に取り入れる事になる、か」
「その通りです」
そして別の誰かの中で生物は増え、病が広がる。
それが一人一人順番にではなく、同時多発で何十人、何百人の度合いで起こるとなれば……。
「対策は、どうすれば良い」
「完全に対策するのであれば、全身の毛を刈り、薬品を使って全身を徹底的に洗い流した後、決して外気に触れないように清浄化された空気のみが入っている密室に居る事です」
「……現実的な範囲では?」
「基本になりますが、手洗い、うがいを徹底すべきかと……しかし、この生物の変化する速度が速度ですから」
それすらも、確実であるとは間違っても言えない。
果たして何をどうすればいいのか……いずれにせよ、のんびりと世界の敵として君臨しているような余裕がない事は間違いなかった。
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