11話 その頃・後編~アルフレッド視点~
それから数日、俺は再び船上の人となっている。
前回と同じ戦列艦に乗り込み、今度は艦艇の数も大きく増えた、対艦隊の即応戦力として整備された艦隊に。
「サンベルタの艦隊とやり合うかもしれぬ艦隊に乗り込みとは、辺境伯様も素晴らしく運がありませんな」
「このくらいで無いと言われる程度の運なら、無い方が寧ろせいせいするさ」
提督の軽口にこちらも軽口を返す。
「隣は、同型か」
「えぇ、こいつの姉妹艦ですよ、我が国きっての新鋭艦二隻を投入、という訳です」
「そいつは、万一にも沈められないな」
「ま、そこは私の腕の見せ所、という奴です。純粋に生き残れるかは、艦長次第ですな」
口でこう言いながら、最新鋭の戦列艦を2隻投入、他の艦も、種々多様な改装を終え、その戦闘能力を高めた艦がほとんどだ。
本当に、これで万が一何かあったら洒落にならんな。
ふと、背筋をおぞけにも似た何かが走った。
もしも、皇族の行方不明までもが計算の上で行われた罠だとしたら?
サンベルタは船数隻と皇族の端くれ一人の犠牲でこちらの艦隊の足止めに成功している。
そこからもう一歩進めて、こちらを殲滅する何らかの方法があるのだとしたら?
「……まさかな」
自分の考えながら失笑ものだ、少々臆病が過ぎるかもしれない。
「どうかされましたか?」
「いや、何でもない」
提督に言葉を返し、規定に従って出港していく艦隊を見渡す。
大丈夫、皆無事に帰ってこれる。
今はそれを信じる他ない。
***
航海それ自体は、順調だった。
作戦海域に近づくほどに、艦内がピリピリとしてきたが、それでも艦隊を展開して直ぐにドンパチが始まる状況ではないため、若干の余裕さえもあったりした。
ビスケットと塩漬け肉の食事には少々閉口するが、士官にはわずかながら野菜が付くのが救いだろう。
野菜と言っても、士官室のプランターで当初観賞用に育てられていたトルムの実程度だが、有ると無いでは大違いだ。
こいつが食えると判明した上、多少痩せた土でも問題なく育つと判ったのは、艦艇の航続距離が大きく伸びた事で得られた最大の利益だろう。
しかし、この真っ赤で熟すと中身がぐじゅぐじゅになる果実を、最初に食べた奴はどんな気分だったのだろうか。
腹が減ってそれどころでは無かったのかもしれない。
「実際、敵中で迷子、食料は底を付き、分捕った敵艦からまずは食料を奪ってる状況でしたからな、あの時は」
最初にコレ食ったの、提督だった。
その状況下で生き抜いてきたのだから、彼の悪運は間違いなく本物だろう。
カリスマのある者、艦隊指揮において無敗を誇る者、それらを差し置いて兵が名将と仰ぐのは、運のある提督だ。
こればかりは誰にもどうしようもない、どれほど神算鬼謀を巡らせようと、誰もが呆れるような偶然の幸運で全てがひっくり返る事は、間違いなくあるのだから。
「その災難は、今度酒の肴に聞かせて貰うとしよう……で、現状だが……」
「ここまで進んで会敵しないとなると、相手は既に罠を張っているものとして行動すべきでしょう」
各艦ともに間隔を広く取り、各個撃破されない程度には距離を詰める。
数時間は、何事もなくただ風の音が聞こえていた。
「水平線上に船影多数!」
「旗印は……サンベルタ第2艦隊!」
マスト上の水兵から、大声が響いた。
持ち場で警戒していた水兵たちが一気に臨戦態勢に移行し、船尾楼に詰めていた艦のお偉方……まぁ俺たちの事だが、が各々望遠鏡を構える。
果たして、拡大された視野の中にはサンベルタの旗を掲げた大船団が待ち構えていた。
「信号旗上げ!青3黒1赤1!」
艦長の号令に従い、旗艦に信号旗が上がる。
「さぁ、艦長、提督、君たちの腕前を見せてもらう」
「少なくとも、退屈はさせませんよ、辺境伯様と言えどもキリキリ働いてもらいます」
「素晴らしい、で、さしあたり何をすればいいかね?」
「艦内の砲甲板にて弾丸の補給の手伝いを」
「アイアイ・サー!」
軍仕込みの大声で答えて見せると、提督と艦長が一瞬顔を見合わせにやりと笑う。
「頼むぞ、砲手のやる気は君の両肩にかかっている!」
わざわざ、周囲に聞こえるように艦長がそう場をしめた。
***
砲甲板では多くの水兵が第一射の準備の為走り回っていた。
俺も水兵たちに混じって弾丸を運び、装填の手が足りない所を手伝う。
装填の済んだ砲は砲撃用の窓から砲口を突き出し、砲撃開始の合図を待つ。
窓から外を見れば、隣を走る2番艦も同じように砲撃窓を開き、攻撃準備を整えていた。
「報告!本艦は敵艦に向け直進!左舷射撃用意!」
伝令から敵の来る方向が告げられる。
全体に緊張が走るのが判る。誰もが息をのみ、そのタイミングを待つ。
ぐっと甲板が傾き、船が右へ曲がっているのが判る。
艦長は機先を取る事にしたらしい、
砲の狙いが付けられ、発射の為のロープが握られる。
「よぉーーーーーい……」
甲板長の合図を待ち、静まり返る甲板。
ふと、そこに何かの音が聞こえてきた。
何か、巨大なものが高い場所から落ちてくるような風切り音。
次の瞬間、船が大きく揺らぎ、砲撃窓から熱風が躍り込んでくる。
一拍遅れて、耳をつんざくような爆音。
すさまじい衝撃が、戦列艦を横転寸前まで傾ける。
俺は無事で済んだが、砲が完全にあらぬ方向へ暴れまわり、何人もの水兵が砲に押しつぶされ、崩れた砲弾に飲み込まれた。
甲板長は俺の目の前で押し流されてきた砲の群れに飲み込まれ、死んだ。
「くそっ!甲板長が死んだ!次席は誰だ!」
混乱が生まれる前に声を出す。
「自分が甲板手です!」
「よし!現状を取りまとめてくれ!君に従う!」
俺の声に反応したのは、同じ年齢位の甲板手だった。
生き残りは彼だけだったようで、他の水夫達が指示を求めてやってくる。
「判りました、辺境伯様は……」
「状況がそれどころじゃない、アルフレッドで良い、敬語もいらん」
「判った、アルフレッド、君は船尾楼で高級将校の無事を確認して、指揮をとれる者をこっちに回せるか確認してくれ!各砲毎に集まり状況報告!階級が同じなら年嵩の者でいい、確認急げ!」
「アイ・サー!」
俺は直ぐに来た道を駆け戻る。
船内は有り体に言って酷い有様だった、左舷がまるまる吹っ飛んだのではないか、と言いたくなりそうな大穴が開いており、この艦が浮いている事はもはや奇跡に近い。
指揮系統など考える事もおこがましい、とはこの事だろう。
船尾楼へ向けて甲板に出ると、惨状が目の前に広がっていた。
敵味方問わず、ほぼ全ての船が炎上し、小型の物は転覆している。
大波に煽られ、竜骨をへし折られて今まさに沈んでいくキャラックが何隻もあった。
「あぁ、畜生!」
炎が燻る甲板を、船尾楼へ向けて走りながら口走る。
「ウォル!トーマス!ゲイブ!!誰か生きぎたなくも生き残ってる奴は居ないのか!?」
共に船に乗り込んでいた家臣団の名前を叫びながら、提督たちが詰めていた士官室の扉を開ける。
果たして、そこに俺の予想していた光景は無かった。
扉の向こうには、海が広がっていたのだから。
「まさか……艦長!提督!!」
悪運強くどこかに引っかかっては居ないかとあたりを探すが、焼け落ちた跡の他に見つかるものは何もなかった。
そしてまた響いてくる風切り音。
上を見上げると、無数の岩が艦隊上空に降り注ぎ……その岩が、次々と爆発していく。
一度の爆発の度に、戦列艦が大きく傾き、その傾斜が戻る前に次の爆発がより強い傾斜を付ける。
「なんなんだ……なんなんだこれは!!」
俺の言葉に答えたのは、さらなる爆発音だけだった。





