10話その頃・前編~アルフレッド視点~
俺はアルフレッド、伝統あるグリューネベルグ領辺境の辺境伯だ。
我がグリューネベルグは先祖代々王国の盾としてサンベルタに対する第一の防衛、そして交渉の窓口としての役割を任ぜられてきた。
今、我が王国とサンベルタは開戦やむなしの雰囲気が漂っている。
その原因は、この海の向こう、サンベルタとの丁度真ん中に浮かび上がってきた島だ。
本当にギリギリのラインで、どちらの領海にも引っかからない位置に浮かんできた、港湾都市を作ってなお釣りの来る土地、と言ったら多少学のある者ならどれだけの価値があるかは想像は付くだろう。
商業的にも、軍事的にも、ここを押さえる事はすさまじいまでの有利になる、が、抑えられれば考えたくもないほどの苦境に立たされることになるのだ。
「ふん、サンベルタの姫君、とやらとの婚姻か」
「お気に召しませんか?辺境伯様」
「当たり前だ、船出までその事すら伝えられていないんだぞ……個人の感情と家の事柄、政治は別の事だからと言って、理解はできても納得など」
傍仕えの男の言葉に、鼻を鳴らして答えると、なんとも複雑そうな表情が返ってきた。
「まして純粋培養のお姫様なぞ、こっちの日常生活に耐えられるとも思えん」
「まぁ皇族の生活に比べれば、天と地の違いでしょうな、しかし地の生活にも慣れてもらわねばなりません」
「個人の思惟はどうあれ、家の為、国の為、か」
はぁ、とため息をついて空を見る。青空を、鳥が一羽羽ばたいていた。
「鳥は良いな、どこまでも自由だ」
「その鳥も鳥かごの鳥を羨みましょう、寝る場所も、食べ物も心配する必要がない、と」
「判ってるよ、愚痴だ、大目に見ろ」
隣で一々物言いをつけてくる傍仕えに一言言ってから、再び空に目を向ける。
鳥はどこかに行ってしまったようで、ただ青い空が広がっていた。
「レムナント……」
ふと、5歳の頃にいきなり出奔していった双子の弟を思い出す。
思えば、最初からおかしい奴だった。
辺境伯と言う、決して小さくはない、というより大きい地位には目もくれず、寧ろ邪魔だから俺に押し付けようとしていた節も、今ならば判る。
あるいは、地位を巡る数多の問題を先手を打って回避していたのでは、と今なら思える。
僅か5歳でそれだけの思慮……果たして今居てくれれば、もう一人の俺としてどれだけ頼りになってくれたか……
……いや、居ない者に頼ろうとするとは、俺の父に似た悪い所だ。
どれだけ聡い奴だったとしても、たった5歳の子供が生きていけるほど、この世界は優しくはない。
「なぁ、レムナント……お前が生きていてくれていれば、俺の状況は、少しは違ったのか? 」
スキルが「付与」だから、なんだというんだ。
俺の「天剣」だって、切った張ったの場以外では何の役にも立たない。
そして多くの戦いは、戦場よりも会議室でその優劣が決まるんだ。
狐狸妖怪の跋扈する政治の場で、お前の知恵は、確かな武器になっただろう。
俺が外征、お前が内政できっとここはもっと上手く回っていたはずだ。
「ふぅ……居ない者が居てくれたら、等と……俺もだいぶ参っているようだ」
「いずれにせよ、お休みになられるべきですな」
傍仕えの言葉に頷くと、俺は割り当てられた部屋に戻る。
水兵たちと一緒で良いと言ったのだが、正直個室が与えられて有難いと今は思っている。
見せられない書類がこんなにあるとは思っていなかった。
他者の目がないその部屋で、それに関する報告書を読んで一人頭を抱える。
南方で他国との戦闘に使われた、単装小型の手持ち砲についての報告書だ。
「悪魔の笛」と呼ばれているそれは、重装歩兵を軽々と壊滅させ、軽騎兵にも致命打を与え、戦場を支配する活躍を見せた、と書かれている。
なにより恐ろしいのは、軍事訓練を受けた事のない庶民であっても、簡単な訓練だけで熟練兵さながらの結果を出しているという事だ。
噂によると、それは一人の無名のエンチャンターが基本構造を作り上げ、さらにそれを量産可能にしたらしい。
庶民が、杖の様な笛を持ち、遠距離から重装歩兵すら倒す戦士に一瞬で変わる……。
天剣のスキルなど、最早何の役にも立たないのではないか。
俺は、その不安を頭から追い出す。
今日は休もう、あまり根を詰めるのもよくない。
***
今日はサンベルタの艦隊と合流予定の日だ。
しかし、予定海域には船の一艘も見当たらない。
「風向きで少し遅れているのかもしれません、投錨し、暫く待つべきかと」
「そうだな……だが、万一の事もある、スループを何隻か、偵察に向かわせてくれ」
俺の言葉に提督が頷き、部下に素早く指示を出している。
ほどなく、艦隊から8隻のスループ船が離れ、偵察に向かった。
主力となるガレオンが円陣を取り中央にこの戦列艦が位置する、防御主体の陣形を取り、サンベルタ艦隊を待つ事となる。
偵察は、どんなに遅くとも夕方には帰ってくるだろう。
それまでは、まず主力艦隊の水兵から休みを取らせる。
偵察艦がサンベルタ艦隊を発見、合流で来ていればそれで良い。
それくらいの積りでいた、
その甘い予測は、夕方には完全に打ち壊された。
***
「……すまない、もう一度聞かせてもらっても良いか?」
報告を受けた俺と提督は、顔を見合わせると再度の報告を求めた。
「ここより東、おおよそ半日進んだ所で、サンベルタのものと思われる艦艇の残骸を発見しました、国旗が流れていましたので、ほぼ間違いないかと思われます、ほんの数名ですが生存者を救助いたしました、しかし、現在到底話が出来る状況にはなく……」
「いや、十分だ、ありがとう……それで、一緒に居るはずの御令嬢は?」
提督の言葉に、スループの艦長は静かに首を左右に振る。
「……提督、案がある、可否を教えてくれ」
「賜りました、辺境伯様」
俺の言葉に、提督が頷く。
「一案、主力艦がこの場に残り、スループを中心とした快速艦隊が一度帰還、補給艦を用立ててその後は半交代で捜索をする……二案、一度生存者を連れて全艦隊帰還、確たる情報を得られてから、再度この海域の探索を行う」
「当職としては、二案を推奨します」
素早くこたえる提督に、顔を向ける。
「……読んでいたような速さだな?」
「海上補給は難事ですし、一両日中には荒れる気配もしてきています、今逃げたいのは船乗りの本音ですよ」
「そのカン、信じよう、全艦隊は一度帰還、準備を整えてから、再度ここを調査しよう」
その場の全員が頷き、艦隊は岐路に付いた。
かくて、この混乱は始まったのだ。
***
艦隊が戻った時、俺たちはその情報を驚愕と共に与えられた。
サンベルタから、今回のサンベルタ艦隊の遭難はこちらの不手際によるものであり、説明と謝罪を求める、という抗議文が届けられていたのだ。
「これは……嵌められた、とみるべきかな」
「いえ、海上で見つけた国旗は本物でした、不確定要素が重なった結果、優位に立てるように相手が駒を打ってきた、と捉えるべきかと。」
「提督、可能ならば貴官にも同道して欲しいと心から思っているよ」
「艦隊の取り纏めに、私が居なければ文字通り山を登ってしまいますからな」
飄々と逃げられた。
ため息をつきつつ、今回同道してくれた家臣たちに振り返る。
「すまない、皆、荒事は避けられないにしても一幕か二幕は噛ませてやるつもりだ」
「何を仰います、今はたまたま先手を取られただけの事、後の先を取るというのがどういう事か、教え込んでやりましょう」
少年の頃からの付き合いで束ねた家臣団だが、その分互いに連携は取りやすい。
こいつらが居なければ、俺は辺境のクソガキで終わっていただろう。
「そうだな、派手に空振りしたがまだ次がある……以前、ここに良い店があると聞いた、払いは俺が持つ、皆英気を養ってくれ」
わっと喜びの声を上げる家臣団、こういう所は子供の頃から変わらない。
まぁ、海上に居る間男祭りだったからな……俺も色々と処理してしまいたい。
***
「ねぇ、辺境伯様?」
その後、事を済ませた後、相手をしてくれていた遊女が髪を梳かしながら訪ねてきた。
「あなたは何故、貴族向けのお店じゃなく、ここを?」
「ん?……あぁ、ここに居る何人かが好みだった」
なぁに、それ?と隣に座った遊女が興味深げに寄ってくる。
「何件か回って、貴族向けの方も見ては見たが……好みの子が居なくてね、ウチの連中は性欲旺盛だが女の子の好みは雑だから、必然俺が店を選ぶことになる、だったら、その特権は徹底的に利用させてもらうさ」
「あら、悪い主様ね」
くすくすと笑いながら、プラチナブロンドの髪を梳く。
髪で隠れていた乳房が、わずかに見えた。
「それで、好みの子ってのは、誰だったのかしら?」
流し目で、誘う様にいう彼女を。
「それは、実地で教えよう」
「きゃっ……もぅ♪」
俺は、欲求のままに押し倒した。





