1話 無敵の人の末路
俺は社会と時代に全てを奪われた。
奴らは正義面して俺から俺の全てを奪っていった。
俺の生活
俺の幸福
俺の人生
俺から奪っていった奴らはのうのうと嗤いながら、「あいつが落ちぶれたのはあいつ自身の努力不足だ、自己責任だ」と言い放つ。
知った風な事をぬけぬけと。
偉そうにどの口がほざくんだ。
バブル・団塊の世代は自分たちの世話をする奴隷が欲しかった。
不況によって業績の下がっていた企業は人件費を削って業績を確保したかった。
二つの悪意でできた歯車が、最悪に噛み合った。
そしてそこに、「情報化社会で若い奴らも真実を知る機会が増えた」という現実をスパイスとして振りかけた結果、介護以外の求人倍率0.48以下、介護だけは48倍という究極の超就職氷河期が訪れた。
努力をしてない?ふざけるな。
毎日毎日足を棒にして歩き回った。
書いたESは500枚を超えた所で数えるのをやめた。
あくまでも俺が悪い、という前提で考えるなら……俺が人間である事を絶対にやめようとしなかったのが、悪いのだろう。
老人介護だの障害者福祉だのなんて、一応仕事という体を取っていたとしても、違う。
あんなのは、まともな人間のやる事じゃない。
よく「介護をやる人は本当にすごい、普通の人にはできない」という奴がいる。
そいつが言ってるのは「介護なんて老害のクソ小便に塗れて安月給とかwwwそんなん俺みたいな一般人には絶対無縁のものだはwwwwww無能乙wwwwwwwww」という事だ。
大抵そういう事に関して口を開く時には、テレビカメラかマイクが近くにあるから、よく見られようとして言い方を考えているに過ぎない。
だから俺は、そういう簡単な方には逃げなかった。
どこまでも戦った、戦い抜いた。
精神を病んで、靴が擦り切れるまで歩いて……
結局、就職先には恵まれずに、37まで過ぎる事になった。
そして俺は悟った。
社会が俺を排除するなら、俺が社会を排除しても文句を言われる筋は無い。
先に攻撃してきたのは、奴らなのだから。
周りから奪ってこなければ、俺は幸せにはなれない。
周りは、俺から奪って幸せになっているのだから。
ともあれ、社会に対して一個人が反逆したって、たかが知れている。
それでも、暴力は何かを変える事が出来る。
東京の街中で、個人が12人を殺傷した事件の後、派遣の扱いは圧倒的に、格段に良くなった。
それまで格差解消を求めてなんども平和的なデモが行われ、暴力を伴わない話し合いが何度もされたにも関わらず、状況は変わる気配すら見せなかったのに。
一個人が引き起こした暴力による事件が、一夜で社会を変えた。
幸い、燃料で商売するならともかく、燃料を買う事に関してこの国は緩い。
混合ガソリン式のバイクでも持っていれば、それだけで燃料缶を抱えてガソリンスタンドに行く理由になる。
塩素ガスを発生させる危険な組み合わせの洗剤や薬品には、わざわざ「まぜるな危険」と注意書きを入れてくれるほどだ。
仮に酸素系のものが見つからなくとも、酢があれば塩素ガスは生まれるのだから、これも手に入れやすい武器だと言える。
しっかりと口を広げたコンドームの中に酢を入れてその中に塩素系漂白剤とドライアイスを入れてしっかり口を縛った風船を入れ、コンドームの口も縛る。
人生で唯一買った避妊具の使用法がこれか、とつい口から皮肉を込めた笑いが漏れた。
テストは成功
ドライアイスで膨れ上がった風船は割れ、中の液体が混ざって塩素ガスが発生した。
……笑ってる?
そうか、俺は笑ってるのか。
笑ったのなんて、何年ぶりだろう……
十年は間違いなく過ぎていたと思うけれど。
「思った以上に醜悪だが……笑ってた……んだな」
口の端を歪めたのは、本当にいつぶりだろう。
「はは……こうやって笑えるって事は、まだ戦う意志は残ってるって事だ」
鏡の中の笑みが、酷く醜悪で歪んだそれが、俺に戦う意志と力を与えてくれた。
いや、まだそれが残っていることに気付かせてくれた。
翌朝……
数年ぶりに、いい気分で目が覚めた。
今日俺は、歴史を変える。そう考えると気分が逸る。
しかしここで焦ってはだめだ、周到に用意した計画ほど、つまらないミスでダメになるのだから。
怪しまれないように、作った「爆弾」をコンビニ袋に詰めて、俺は駅に向かった。
これは時間との勝負だ。
人ごみにごった返す駅構内、そこに誰かがコンビニ袋を捨てたってだれも気付かない。
北口、南口に2つずつ。
東口は改修工事で閉鎖中。
こんな広い空間で少量の塩素ガスを発生させたって、致死量にはほど遠いだろう。
しかし、これを吸う事で体の不調を訴えて動けなくなる奴は必ずでる。
後は、炎が清めてくれる。
そうして、俺は俺を取り戻す。
俺の人生。
俺の幸せ。
俺の生活。
俺の誇り……。
ガソリンを撒いて、火を着けて、どれだけの有象無象を攻撃したかは覚えていない。
けど、終わった。
周りで、動くものは何もない。
警報と火災報知器がうるさく騒ぎ立て続けている。
足元には、血の河
俺は、屍の山の上
あぁ、いい気分だ
満たされる
救われる
これが、俺の人生の意味
俺の、喜び。
ともあれ、最終的に俺は自分の喉を裂き、腹を裂いて炎の中に飛び込み
死んだ。
***
『痛みに耐えてよく頑張った!感動した!!』
「は?」
意識を失った直後、俺の目の前に正体不明の何かが居た。
最も近いものを上げるなら、原生生物のアメーバとかそういう奴だろうか。
「ちょっとまて、アメーバ」
『いんや私ゃ神様だ』
「いやどう見てもアメーバだろ、そんな事より、何が起こったんだよ、俺死んだんだぞ?」
なんというか、死んだらアメーバに褒められるというのも訳が分からない。
「いやホント何が起こってどうなってるのか判らないから!?」
『それは奇遇だ、私も君がなぜあのような凶行に走ったのかがまるで判らないんだ』
は?
『私の見た所、君は、まぁそれなりにサイコパスの素養はあるが、言ってしまえばそれだけだ、きちんと理性でブレーキをかけられるし、大量殺人のデメリットも理解できている』
うじゅうじゅと偽足を動かし、空中を這いまわるそれが、少なくともこの世のものではない事は間違いない。最も、こいつの言葉を信じるなら俺自身が既にこの世のもんじゃない訳だが。
『だというのに、君はあれだけの事をやってのけた、私はその行動力は賞賛されるべきだと思う。した事の是非は兎も角ね』
何を言ってるんだ此奴は
「殺人なんて神様が最も嫌うものの一つだと思ってたけど」
『一人殺せば犯罪者、百人殺せば英傑、千人殺せば英雄と言うだろう?人間一人一人の死は死んだ者に関わっていた者には悲劇には違いないが、より多くの無関係な人間にとっては統計上の問題に過ぎないのだよ』
うにうにと偽足が蠢く。
『だからと言って、それを実際にやってのける事ができる者も、また希少だ、人の言葉で言えばレアだ、超レアだ、SSRだ』
「SSR」
ガチャ扱いかよ。
『だから、だ……私に君を理解させてくれ』
理解ってどうするんだ、このまま無意味な問答続けるつもりか?
『ははは、時間は無限にあるのだから、それでも良いがね?君が疲れるだろう』
心まで読んできた。いよいよ超常的な何かである事は間違いない。
『君の記憶と知識を少々コピーさせてくれ、なに、上辺を軽くなぞるだけだ、痛みもない』
偽足をうにうにとさせながら、そう言い放つアメーバ。
「好きにしろよ」
『では、遠慮なく』
そう言った瞬間、俺はアメーバに取り込まれた。
一瞬体を何かが包む感触があった……そう思った次の瞬間、アメーバは拒絶反応でも起こしたかのように俺から離れる。
「お、おい!?」
アメーバの細胞膜が破れ、細胞質が流れ出る。
謎粘液に濡れた核らしきものを残し、アメーバはどろどろに溶けて無くなってしまった。
なにが一体どうなってるんだ。
***
そんな事を考えている最中、核が急に光輝きながら形を変え始めた。
その強い光に、俺は腕で目を庇う。
その光が収まった時、アメーバの核はどこにも存在せず……細胞質でぐちょぐちょのどろどろになった女の子が一人、倒れていた。
お尻の下まで伸びる、透明感すら感じさせる青い髪
柔らかさを想像させながらも引き締まったお尻。
うつぶせでありながらはっきりとその大きさを主張する胸。
「そして顔面はニコラス・ケイジ」
「やめんか」
変な状況描写を追加するんじゃない。普通に美少女なんだから。
そんな事を思っていると、彼女はぬめりと粘液の糸を引きながら立ち上がる。
全裸だというのに体を隠そうとする様子は一切ない。そんな状況に逆に自分がなんとなく目をそらしてしまう。
「いや、まさかこれほどの闇を独りの人間が抱え込んでいるとは、想定外にも程がある……」
頭痛でも抑えるかのように、彼女が額に手をやって俯きながら頭を左右に振る。
一緒に大きな胸も左右に揺れる。
なんというか、とても目のやり場に困る。
「……君は一体どんな状況で生きて……いや、生存してきたんだ」
「面白くもない状況、とだけ言っておくよ」
ふむ、と顎に手を当てて考える元アメーバ。どうでも良いけどいい加減服位着てくれませんかね?
「そうか、これは……実に君に興味がわいたよ、ご主人様」
「……は?」
唐突な二人称に思考がフリーズする俺。
「ちょっと待て?ご主人様って……?」
「おや、気に入らないかな?なんだかそう言うのがとてもしっくりくると思ったんだ」
ふふ、と軽く笑みを浮かべて、口を開こうとした俺の唇に指を当てると、そのまま、その指を自分の唇に当てる。
「細かい事抜きで、神様を従者にできるなんてそうある事じゃない、楽しみたまえよ、ご主人様」
そいつは、微笑んでそう言った。
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