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昔の約束

 泣いている従兄を見て、リーンは呆れたようにため息をついた。遊びに行くといつもこうだ。リーンはアイヴァンに駆け寄り、その華奢な肩に手を置いた。


「どうしたの?」

「うっ……うえっ……殴られたぁ……」


 綺麗な顔が台無しだ。二の腕が青く腫れている。見えにくいところを殴るなんて性格が悪い。それにしたって、泣き過ぎだとも思う。たぶん、他の貴族の息子か誰かに殴られたのだろう。

 十歳のリーンは、アイヴァンの目の前にしゃがみ込むと、しっかり目線を合わせて言った。


「そんなにすぐ泣いちゃうからよ。弱いって思われたくなかったら、頑張るしかないのよ」

「……僕が、こんな顔だから……」


 ぐずぐず言うアイヴァンに、リーンは柔らかく笑いかけた。アイヴァンの方が二つ年上のはずなのだが、いつもリーンの方が年上な気分になる。


「綺麗な顔なんだから、そんなこと言っちゃ勿体ないわ」

「そう……かな」

「そうよ」


 丸く開かれた目は美しい水晶みたいだ。見るたびに、リーンは羨ましくなる。赤い目は怖がられると、リーンは嫌と言うほど知っていた。それに、つやつやした黒髪だって櫛を通したみたいにさらさらだ。癖毛のリーンに譲ってほしいと思う。


「……女みたいだって」

「私は好きよ、アイヴァンの顔」


 アイヴァンの白い頬がほんのり赤らむ。自然と涙は止まっていて、ほっとしてリーンは笑った。


「今度は殴り返してやるのよ。むかつくでしょ」

「……それはちょっと」


 若干引いたような顔でアイヴァンは苦笑した。リーンなら絶対にやり返す。そういう性分だからだ。


「やり返したいとか、思わないの?」

「……痛いのは、みんな嫌でしょう」


 アイヴァンの言葉に、リーンはぱちぱち瞬きし、それから声を上げて笑った。きょとんとしたようにリーンを見るアイヴァンに向かって言う。


「アイヴァンらしいわ。優しいのね」


 すごいわ、と本心から言った。攻撃されればやり返す。そもそも攻撃されないように、気を抜かず、弱いところは見せない。そういうやり方しか知らないリーンには、アイヴァンはすごいことを言っているように思えた。

 涙に濡れた頬をそっと拭うと、アイヴァンは嬉しそうに笑った。


「ふふ。リーンがいるから、痛くてもいい」

「何言ってるのよ」

「リーンが来ると、痛くなくなるから」


 そんなばかなこと無い、と思ったが、リーンは言わずに口を噤む。嬉しそうに笑っているアイヴァンに水を差すような真似はしたくなかった。


「リーンは、泣かないよね」

「そうね」


 そう決めたからだ。人前では絶対に泣かない。そういう自分が好きだから、そう決めた。


「もしリーンが泣いても、僕がいるからね」


 頬を拭う手を握られて、リーンはきょとんとしてアイヴァンを見る。アイヴァンはふわふわした笑みを浮かべていたが、目は真剣だった。


「僕が支えるから、大丈夫だよ」

「……アイヴァン、支える前に折れちゃいそう」


 正直に言えば、頼りない。ショックを受けたように項垂れたアイヴァンを見て、慌ててリーンは言った。


「いいの、アイヴァンはそんなこと考えなくて。私は大丈夫だから」

「じゃあ、リーンは誰に頼るの?」

「え……」


 潤んだ水晶のような瞳。じっと見つめられて、リーンは言葉を失くす。


 誰にも頼らないと思う、と言おうとした。でも、それは言えなかった。


「僕がリーンを支えないといけないって、思っちゃだめ?」

「それは――」


 なかなか返事をしないリーンを見て、アイヴァンは苦笑いする。その表情だけは、年上らしかった。


「分かったよ。頑張るから」


 約束するから見ていて、と言われた。意味はよく分からなかったが、リーンは少し気圧されて、頷いた。

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