突然の訪問2
お茶をお持ちしました、と言いながらやって来たゼンは、ソファに座るアイヴァンとリーンを見て一瞬固まる。
リーンは跳び上がるように立ち上がると、逃げるように向かいの椅子に座った。顔が火照る。
ゼンには、見られたくなかった。
アイヴァンを睨むと、ソファで涼しげな顔をしている。本当に、あの顔面を殴りたい。
「えー……レモンパイです」
挙動不審なゼンは、いつにないほど素早く給仕をする。リーンの方は見ない。
「……ごゆっくりして――」
「うん。あと、誰も入れないでもらえると助かるかな」
「承知いたしました」
ゼンはそう言って頭を下げた。助けを求めるリーンの視線に気づいていないわけがない。
「……ゼン」
小さな声で呼ぶと、一瞬ゼンはびくりと肩を震わせて、リーンを見た。
琥珀色の目が途方に暮れている。ゼンは申し訳なさげな顔をした。そのまま、部屋を出て行く。
無情に閉められた扉を見て、リーンは初めて、ゼンのことも殴りたいと思った。
***
「……すごくよそよそしい気がするんだけど」
「気にしないでくださいませ」
リーンは拗ねていた。ゼンがあっさりアイヴァンの言うことを聞いたのが気に喰わない。分かりやすくいじけているリーンを見て、アイヴァンは苦笑いをする。
「リーンは変わらないとか言ったけど、やっぱり昔とは違うね」
「そうですか?」
「口調とか。昔はもっと気安かったのに」
一応礼儀を弁えて気を遣ってやっているというのに、その言い草は何なのだろう。
「おいで」
「はい?」
「ここ」
膝をぽんぽん叩いている。誰が行くか。
あからさまに嫌そうな顔をするリーンを見て、アイヴァンは諦めたのか、肩をすくめる。
「そんなにあの執事に見られるの、嫌だった?」
「……恥ずかしいって言いましたよね」
「そういうことじゃなくて」
「うるさいですわ」
むっとするリーンを見て、アイヴァンは笑う。
「そういう顔は変わらないよね。可愛い」
「アイヴァンはいつからそんなに軽薄におなりになったんですか」
「君にしか言ってないよ」
「そういう言葉が軽薄だって言うんです」
「だめかなー」
「前も言いましたけど、無理してそんな風に振る舞わなくてもいいですから」
アイヴァンは黙って笑う。立ち上がると、リーンの座る椅子の前に立つ。見下ろされて、リーンは顔を上げた。
「ねえ、本気で好きだって言ったら信じますか?」
「ご冗談を」
ひどいな、と笑いまじりに、アイヴァンは手を伸ばす。三つ編みを結う緑のリボンに触れた。
「このリボン、君の趣味だっけ?」
「これは……」
途端に頬を赤く染めたリーンを見て、アイヴァンは眉をひそめた。そのままリボンを引っ張る。するするリボンは解けていく。
「あっ」
茫然として、リーンはそれを見ていた。
――ひどい。
でも、アイヴァンに文句を言うわけにもいかない。どうしてそんなにこだわるんだと聞かれても答えられない。でも、悲しい。
みるみる青ざめていくリーンの顔を見て、アイヴァンはすぐに後悔したような顔になると、言った。
「……結び直してあげる。少し歪んでたんだ」
「そうなんですか」
そのままリボンを取り上げられるのかと思った。そうしそうな雰囲気が、アイヴァンにはあった。
ほっとしたように力を抜き、ふわっと笑顔を浮かべるリーンを、アイヴァンは微妙な表情で見下ろしていた。