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空回り

 前までどうやって振舞っていたのか、さっぱり分からなくなっていた。


 アイヴァンの前に出るとどうしても挙動不審になってしまう。視線が合うだけで辛かった。触れられると身体が強張る。緊張して、心臓が痛くて、堪らない。


 恋ってこんなものだっただろうか。ゼンに感じていたのは淡い憧れのようなものであって、こんな、死の危険を感じるような感情では無かったはずだ。


 自然、アイヴァンを避けるようになった。一緒に居たいと思うのに、一緒にいると辛くて堪らない。どうしていいか全く分からなくなって、リーンは自室に閉じこもることが増えた。


「リーン様、ずいぶん不器用ですねえ」

「うるさい。分かってるわよ」

「両想いってことなんじゃないですか? 何をそんなに悩んでるんだか分かりませんよ私には」

「……だって」


 今まで、こんな風になるなんてありえないと思っていた相手なのだ。恋を自覚すると、いっそう、自分がアイヴァンに釣り合わないのだと痛感した。そして、不安でたまらなくなる。アイヴァンがああやってリーンに好きだと言ってくれるのだって、ほんの一時のことなのかもしれない。リーンより素敵な人はたくさんいて、リーンはしかも、今までアイヴァンにずいぶんな仕打ちをだいぶやってきた。愛想を尽かされていないのが不思議で仕方ない。

 そう言うと、カルアは納得したように頷いた。


「リーン様の自信の無さが悪い方向に全面的に出てらっしゃいますね。アイヴァン様に愛されていることに関しては、全力で自信持ってくださいよ。私が妬いちゃうくらいですから」

「妬いてるの?」

「そんな顔しないでくださいませ。アイヴァン様にリーン様取られるみたいで、私はアイヴァン様に妬いてるんです」

「別に、取られるなんて……」

「いや、だいぶ見せつけられてるんですけど」


 カルアが小声で言ったことは気にしないようにして、リーンはまだ不安な顔で膝を抱えた。


「だってこんな……可愛げなんて無いし」

「ならもっと可愛くしましょ。今度夜会に招待されたんですよね?」

「ああ、そうだった……」

「うんと綺麗にするんですよ。可愛いって言ってもらえれば自信つきますよね?」

「アイヴァンは何でもそう言うわよ」

「うわっのろけですけどそれ」

「違う!」


 クッションを投げられ、カルアは軽やかに避ける。


「前から勿体ないと思ってました。もっとごてごて飾り付けたっていいのに」

「そういうの嫌なのよ」

「もうちょっとだけ! 私に任せてくださいませ! 絶対に後悔はさせませんから」


 拝まれて、リーンは気圧されるようにして小さく頷いてしまった。許可を取れたと知って、カルアはにやっと笑う。

 とんでもないことを許可してしまったんじゃないだろうかと思って、リーンはますます夜会が憂鬱になった。



 ***



 すっかりやる気を出してしまったカルアから逃げる為に、リーンは部屋から出た。とはいっても特に行くところは無い。庭でも散策しようかとぼんやり考えていると、気づけば普段入らないようなところまで入り込んでしまった。


 屋敷は広すぎて、今だにリーンは全体像を掴めていない。そもそも部屋に閉じこもりがちで、あまり歩き回ったことも無かった。執事かメイドか捜して場所を訊かないといけない。それを考えて気分が暗くなる。どうにか馴染もうとは思っているのだが、さりげなく拒絶されるたびに、リーンは自信を失っていった。きっとカルアにも迷惑を掛けているはずだ。

 リーンのことを言っている陰口を聞くたびに、怖気づく。それでも傷ついた顔をしないから、冷酷だとか何だとか言われるわけだ。いっそ泣いてやろうかと思うが、それはリーンの矜持が許さなかった。


「――か! どうしてこんなことするのよ!」


 突然怒鳴る声が聞こえてきて、リーンは目を見開く。少し先の廊下の曲がり角からだろう。同時に、ぱちんと乾いた音も響いた。その後で、泣き声混じりに謝るくぐもった声が聞こえた。


「勝手に持ち出すなんて信じられないわ! あんたの食べるものじゃないのよ!」

「ごめ……ごめんなさい」


 リーンはそっと近づいて覗く。メイド長と数人が、リーンより年下に見えるメイドの少女を取り囲んでいた。少女は泣いていて、手にはタルトの乗った皿を持っていた。


「今日の夕飯は無しよ。反省なさい」

「そんな」


 絶望したような顔をした少女を、メイド長はもう一度平手打ちにする。赤く腫れた頬を押さえて、それでも懸命に訴えた。


「昨日も、食べてないんです……!」

「それはあんたが掃除をサボってどこかへ行ったからでしょう。自業自得よ」

「それは……」


 少女はちらちら、メイド長とは別の方に視線を遣っていた。その視線の先には年かさのメイドの一人がいて、メイド長に同調するように頷いている。少女の視線に気づいたのか、彼女はきつく少女を睨んだ。


 何となく状況が分かって、リーンは小さくため息をついた。ままあることだ。リーンは背筋を伸ばすと、頬を軽くたたいて表情を取り繕った。


「――遅いと思ったら、こんなところにいたの」


 我ながらだいぶ冷たい声が出た。冷や水を浴びたような顔で、少女はリーンを見た。弾かれたように、メイド長たちもリーンを見る。

 リーンは薄く笑った。冷たい美しい笑み。威圧的――つまり、性格が悪そうな笑みだ。


「ここのメイドは仕事が遅いわね? それ、ずいぶん前に持ってくるように頼んだのに」


 タルトを指差すと、少女ははっとしたように目を瞬いた。縋るようにリーンを見る。メイド長は胡散臭げにリーンを見た。


「なんでお嬢様がこの子に頼むんです。私に言ってくだされば」

「あなたが私とあまり話したくないようだから」


 ああ、また嫌われる、とリーンは心の中で嘆く。メイド長は絶句して、取り巻きたちも唖然としてリーンを見た。


「文句を言うなら私に言いなさい。どうなっても知らないけど」


 アイヴァンに言うぞ、という脅しを察して、メイド長たちは唇を噛んで俯いた。リーンは立ち尽くす少女を見ると、冷ややかに言った。


「さっさと持って来てちょうだい。早く」

「あ……は、はい!」


 少女はメイド長に一礼すると、リーンについてその場を離れた。

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