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休日

 一緒にいよう、という言葉通り、休日は一緒に過ごすことになった。アイヴァンの部屋でだらだら喋るだけだが、久しぶりにリーンは落ち着けて楽しかった。


「リーン、好きなお菓子ある?」

「甘いものならなんでも」

「じゃあ欲しいものとか」

「……特にありませんわ。あと下ろしてくださる?」

「やだ」


 予想していた返事とはいえ、リーンは思わず顔をしかめた。アイヴァンの膝の上に抱え上げられて、座り心地ははなはだ悪い。いや、それ以前の問題なのだが――。


「指一本超えてますわよ」

「服越しだし」

「……」


 沈黙したリーンを見て面白そうな顔をすると、アイヴァンはリーンの肩に頭をぐりぐり擦りつけた。


「休日だし、甘えていい?」

「許容範囲というものがあります」

「僕は仕事で疲れてるんだけど」

「……そう言うの、ずるいですわ」

「じゃあお願いします。抱きしめてくれる?」

「ご自慢のお綺麗な顔がどうなってもよろしいの?」

「……本気で殴りそうだよね、リーンは」


 だめかな、と哀しそうに眉尻を下げている。そういう顔をすれば大体の女は許してくれると知っているのだ。リーンは睨んだ。


「……君には効かないか」

「いつそんなの覚えたんです」


 そういえば、女性の扱いも慣れていると思った。やっぱり軽薄男だ、と胡乱な目で見るリーンに、言い訳のようにアイヴァンは言った。


「いや、不毛だから諦めようって色々やったんだけど」

「……色々」

「不道徳なことはしてないから! 大体君が分かりやすく僕のこと邪険にするし何やっても見てくれないし」


 だいぶ心折れそうだった、とアイヴァンは小さく言った。私のせいなのだろうか、とリーンは複雑な思いで色々なことを思い返した。


 ……まあ、何度か殴ろうと思っていたし、よく諦めなかったなとも思う。


 でも、それとこれとは別問題だ。


 何人泣かしたのだろうと思ってアイヴァンの綺麗な顔を見ていると、アイヴァンは気まずそうに目を逸らした。アイヴァンも十九の青年なのだ、とリーンは妙なところで実感した。


「でも、君以外好きになれなかった」

「上手く誤魔化しましたわね」

「誤魔化しじゃないって! 普通の女の子なら喜ぶって!」

「何人の方に同じことおっしゃったんです」

「だから、君にしか言ってないって……」


 弱ったようにそう言うアイヴァンに、少し勝ったような気分になった。ここに来てからずっと、リーンはアイヴァンに振り回されっぱなしなのだ。ちょっと得意そうにリーンは笑った。


「ちょっとは慎むことですわ」

「えー……じゃあ、名前呼んでくれる?」

「名前?」


 呼んでるじゃないですか、と言うと、何度呼ばれてもいい、とアイヴァンは言った。


「そういうものなんですか?」

「そういうものですよ。君だってあの執事に名前呼ばれて嬉しそうな顔してたくせに」


 仕返しとばかりに言われて、リーンはむっとした顔をする。だが、甘やかされている引け目もあるから、大人しく「アイヴァン」と言った。


「……よく考えたら、アイヴァン様の方がよろしいかしら。昔のまま呼び捨てだったけれど」

「呼び捨てでいいよ。そっちの方が好き」

「そうですか?」

「なんならそんな丁寧に喋らなくてもいいよ。時々地出てるし」

「地を出させるアイヴァンが悪いんです」

「拗ねた顔もかわいい」

「口を縫って差し上げます」


 睨むと、ちっとも応えていないようにでれでれアイヴァンは目を細めた。


「ねえ知ってる?」

「はい?」

「僕がどんくらい幸せか」

「……幸せですか?」

「幸せ。もう十分幸せ」


 肩に感じる重みで、息が詰まった。


 幸せ。好き。リーンはひどいことをしているのだろうに、そう言ってくれる。たぶん、リーンに気を遣っているのだと思う。重い雰囲気にならないように、そうやって。


「もう十分。だから、思いつめなくていいよ。折り合いつけようとか、そういうの、無理にやろうとしたって出来ないと思うし」

「……思いつめてなんて」

「嘘つけ。顔に出てる」

「そう――ですか」

「リーンのことならよく分かる。もっと我儘言ってもいいのに」

「……私も、十分です」


 結局、ちゃんとした婚約者になれていない。そんな不十分な女に、優しくする必要なんてない。


「……ればいいのに」


 思わずという風に零れたアイヴァンの言葉は、聞こえなかったふりをした。


 ――僕を、好きになればいいのに。


 自分の心は、自分でもよく分からなかった。

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